4-2.竜樹の守り人
雨はだいぶ弱まっていた。苔を踏んで軽く沈み込む。それが楽しくてアルバは歩を進める。
その斜め後ろ、クロエドに向かって毛玉は喋り続けていた。根をよじ登り、苔に足を取られながらもせかせかと足を動かす。
「ここの広場な、人間の拠点なんだ。ほら見ろよだんな、放置してったゴミたち。どんだけ無遠慮に人間がこの樹海を踏み荒らしてるか、分かってくれるよな。樹海の魔物はすっかり怯えて奥へ奥へと逃げてって――」
広場というほど広くもないが……刃こぼれした斧に大量の木材、木箱の底に火の魔石のかけら。人間が持ち込んだ道具が散乱している。樹海を開拓する人間がいるのだろうか。
「こっから先は人間にとっては未開なんだ。だからというか、まだ惑わしの魔法が機能してるんだよ」
「惑わし……」
「ま、人間はどうしたって樹海の核には辿り着けないんだけど。招待されない限りね」
「樹海の主のもとへは……まだかかりそうだな」
クロエドは魔石のかけらをつまむアルバの背中に視線を送った。
樹海の空気に含まれる魔素は通常考えられないほどに濃い。上等な魔素に満ちみちている。あてられることもあるだろう。
(アルバも多少回復したとはいえ、本調子には……それにここには長くいない方がいい)
未開の地は鬱蒼としていて、足を踏み入れる者を抱き込んで永遠に隠してしまいそうだ。点描魔鼠たちの姿は見えないものの、木陰や草むら、わずかな影から、見られているような気配がある。至る所から死の香りがした。
「うんにゃ、そんなにかからない」
こっち、こっちと魔鼠は誘う。適当な茂みに頭から突っ込んでいった。小さい足がバタつく。アルバも同じようにして彼に続く。クロエドも意を決して追いかけた。
長く暗い道なき道。濡れた草木を掻き分けて、ようやく光が見えた。
「――は?」
後ろからクロエドの素っ頓狂な声。アルバは透き通った空気が鼻の奥を通るのを感じた。
太陽の光が小雨を照らす。
優しい雨の恵みを一身にあびる大樹が、視界いっぱいに広がっていた。何十人が手を繋いでも囲いきれないほどの太い幹。太陽を透いて光をおとす、みずみずしい葉。真下では光が反射して緑がかった青い泉が輝く。風が吹いて森の記憶を運んだ。
「あ……」
アルバの横に並ぶクロエド。
アルバには、彼の姿が黒竜に見えた。泉が反射させた光と、彼の緑瞳とが重なった。
「――竜?」
女性の声がした。アルバがハッと気づいた時には、いつも通りのクロエドが隣にいた。そればかりか、
(幻覚……だった?)
初めに見た大樹と泉すらも、もはやそこにはなかった。さほど大きくもなく、美しくもない。
その泉の中心……太陽光の目眩しの向こうに、女の人がいるのが見える。
「樹海の……主……?」
水を何枚も重ねたかのような透明な布が肌にはりついていた。髪の毛の薄緑色は泉を思わせる。瞳は、光の反射で何色にも見える。とても人間とは思えない。
彼女がなめらかに泉から陸に上がる。
「ああ……本物なの? 母が私に遣わしたの?」
か細いがよく聞こえる、芯の通った鈴色の声。
「もっとよくみせて――」
「魔物か?」
「ちょっクロ兄!?」
クロエドが剣を向ける。女性との間にアルバは割って入った。
「何してんの、結構人っぽいよ!?」
「……足を見て」
促されるままに彼女のさぞたおやかだろう足を注視する。
「人と魔を見分けるのに、一番雄弁なのが足だ」
彼女に足先は存在しなかった。
水がゆっくり染み込んでいくように、からだが足先から土に染みて沈んでゆくのが分かった。
「……!」
「違う!!スープは魔物なんかじゃない!」
魔鼠の体躯はいつのまにか幾分も大きくなっていた。アルバの腰まではある背丈だ。
「その子は妖精!! 水の精霊……その樹の守り人だよ……!」
*
妖精は樹にもたれかかる。下半身は泉の水に浸らせ、慈しむ手つきで幹に両手を添えていた。
「樹の守り人って?」
魔鼠は深緑の瓶から木の器に透明な液体を注いだ。それをアルバに手渡す時、瓶の口から水滴が垂れた。泉のほとりの草むらを彩る小花に落ちる。
「この樹はスープが育ててきた大事な竜樹なんだ」
「竜樹?」
「むかしむかし竜が棲んだ樹。きれいだろ。ツィアリカっておれが名付けた」
故郷にあった御神木と似ているが、比べてみると幼い。きっとツィアリカは幼樹なのだろう。
「樹海の主ってのが、その泉の妖精さん?」
「それはツィアリカのほう。あ、でもスープはツィアリカの意思を汲む存在だから、結局同じようなものかな……」
魔鼠は木の器をかかげて妖精を呼んだ。
「スープ! おれの手下が南の方でとってきてくれたんだ」
妖精はむっとして泉に全身を沈める。と思いきや、すぐそこに顔を出した。器を取って泉に沈めて口をつけた。
「二人がボクを呼んだってこと?」
「そう思ったんだけどなぁ」
妖精の興味はアルバではなく、脇で雨を吸った外套を絞るクロエドに注がれていた。アルバは妖精に話しかける。
「えーと、スープ?って名前なの?」
「……」
「変な名前だね」
「変じゃないっ!! いつ何時も飢えないようにと願いを込めた素晴らしい名前だろ!」
スープの代わりに魔鼠がほえた。スープはアルバと目を合わせながらも黙りこくっている。
「なんだ、名付けたの君か。そういえば名前聞いてなかったっけ。ボク、アルバっていうんだ。君の名前は?」
「……パン」
「……! 変な名前だね」
「変じゃないわ! いつ何時も飢えないようにと祈りを込めた素晴らしい名前なの」
今度はスープの方が口を出す。彼女はアルバにずいっと顔を寄せた。
つい先程まで得体の知れない存在だった彼女が、いきなり人間になった気がした。
「あなた、よく分からない色をしてる……私があなたを呼んだのはそのせい。もっとよくみせて」
妖精のからだは流れる水でできていた。その虹色の瞳だけが滞っていて……渦巻く水でできていた。奥にいるのは……?
「やっぱり、あの時の――」
ひゅんっと何かが風を斬って、アルバの前髪の表面だけ浮かせる。目の前の剣の腹に、自分の黒い瞳が映っていた。
「あぶなあぁい!」
「魔物と見つめ合わない。もう行くよ」
「ちょっと待っ」
「待って……! お願い、私たちを助けて。このままじゃみんな……」
スープが泉から這い出てクロエドを呼び止めるが、彼は背を向けたまま――
「みんな魔女に殺されてしまう」
その一言が彼の足を止めた。
「……魔女?」
『魔女を殺して』。やはり樹海の入り口でアルバの意識を奪った女は彼女なのだろうか。
「魔女って、扉の魔女?」
「分からない……」
アルバの問いにスープは首を振る。
「私のツィアリカが、魔女に狙われているの……ツィアリカはまだ幼くて力もない。私も魔女を樹海から拒むのが精一杯……このままでは、まもなく魔女はこの森を侵し滅ぼす」
「ありふれた魔女被害だ。教会にでも泣きつけばいい。俺には関係ない」
「クロ兄!」
アルバは咎める気だったが、気に留めず歩みを再開するクロエドの背に臆した。
「魔……女って? 何なの?」
「……邪教の女魔法使いだ。扉の魔女とは根本から違うものだよ。分かったらもう行こう。できることなんてない」
「あなたにしかできないわ。ツィアリカに竜の血を分けてほしいの」
「血……?」
アルバはスープの要求を気色悪いと思った。
「竜の血があれば、ツィアリカはおとなになれる。強力な結界を自分で張れるようになるの、だから……」
「断る。お前は人を何だと思ってる?血は誇りそのものだ。お前のような魔女に、くれてやれる代物じゃないんだよ」
スープは彼の皮肉にショックを受けたのか、恥ずかしそうに弾けて花畑に降り注いだ。花弁に落ちた水滴が輝く。
クロエドはそんなことには目もくれず、茂みを掻き分けて行ってしまう。慌ててアルバは立ち上がった。
「ごめん、ああいう人だから」
「まあ待ってって」
「置いてかれちゃうから」
「かならず戻ってくるから。ここにいたほうがいいんだ」
パンは涼しげな顔をして、瓶をいくつか並べて吟味しはじめた。
(ハクア……どうしよう?)
アルバはハクアに聞いてみた。樹海に目に入った頃からずっとハクアの姿が見えないが、すぐそばにいるのは何となく分かっていた。しかし、返事はない。
アルバは少し様子を見ることにした。
「あのさ……なんで魔女に狙われてるの?」
パンの返事の代わりに、砂利を勢いよく踏み締める音が向こうから聞こえた。
樹の根で組まれたアーチの下に、クロエドがいた。最初、二人が泉に辿り着いた時と同じ場所……先ほどクロエドが進んでいった方向とはてんで違うところだ。
「クロ兄? なんでそんなとこから」
つかつかと距離を詰める彼は、つい先ほど別れた時の様子と違った。何日も彷徨ったようなげっそりとした疲れを纏っていた。
「おつかれ! 古今東西の名水だぞ。どれがいい?」
不敵に笑うパンが一列に並べた瓶。クロエドは適当に引っ掴んで飲み干した。
「それは大雪漠の雪解け水、お味まろやか」
「三日三晩だ」
「……けっこう意志が固いんだな」
「どういうつもりだ……?」
瓶はクロエドの片手の握力で砕かれた。
「かっ簡単な話だよ! ツィアリカが怒ったんだ。スープの言うこと聞かないからっ……三日三晩はだんなが諦めて戻るだろうってツィアリカが定めた目安!」
「みっか……って何のこと? クロ兄がいなくなってからまだ二分も経ってないのに」
クロエドはアルバの言葉を聞いて、長く息を吐いて座り込んだ。髪から煙草の臭いがした。
「樹海は時間と空間が歪んでるんだ。正しい道は森だけが知っている」
「半分重なってるの」
妖精が首から上を泉から出して言った。
「樹海を抜けて向こう側へ行きたいのでしょう?できるだけ早く」
「……そんなことスープに言ったっけ?」
「昔から樹海を訪れるひとは大体そう」
「……」
「ほんの数日、少しずつでいいの……ふかふかの苔の寝床、好きに使っていいわ。毎日赤い木の実のソテーを食べさせてあげる」
「それおれがつくるんだよな」
「最後は私の魔法であなたを向こうまで送るわ。 それまでここにいる間、私があなたのやすらぎを守ってあげる。時の水車を押しとどめてでも」
「殺す」
「え……な、なんて?」
アルバとパンは同時に聞き返した。
「いっそ魔女を殺してくる」
「お、大口を叩いたな。や、でも案外……?」
「なっ……!なんでわざわざ!?」
「……ごめんね、アルバ。 脅威がなくなればそれで構わないんだろ」
アルバには理解できなかった。面倒で危険で、何より時間がかかる。顎に皺がよった。
「殺してくれるならこんなにありがたい話はない!おれは協力するよ」
「いいの? パン……」
「一晩泊まって休んでいきなよ。どうせ町を素通りしてきたんだろ、案内してやる。アルバ、北西一の……」
「いらない。すぐに発つ」
クロエドが無下に断る。
「……そっそうか? でもだんな、あんたはいいかもだけど、アルバは……」
「ボクは大丈夫!」
「アルバはここで待ってていいよ。何も俺に付き合うことはない」
クロエドはしゃがんでアルバに小声で言い聞かせた。
「ここの方が魔女のいる町よりよっぽど安全だ。休んでいて」
「でも……」
「大丈夫。すぐに戻るから」
*
「それでなぁ、スープは何でも食べるんだけど熱いのが苦手で……」
泉から離れた場所にある小屋の中、パンはアルバが抱えた箱に次々に食べ物を投げ入れていく。
アルバは夕食の準備に張り切るパンの手伝いをさせられていた。どこから仕入れたのか、小屋にはパンとスープ二人で消費するには多すぎる量の食べ物が仕舞われていた。
「じっと冷めるのを待ってるんだけど、それがぁよだれを垂らすんで……」
ブロック肉、果物、液体のつまったボトル、野菜……普通なら虫でもわいてすぐさま腐りそうな保管状態だが、不思議と新鮮味を保っている。
「なあ、アルバは何が好きだ? 作れそうなもんなら作ってやるよ」
パンがアルバの浮かない顔を見て言った。
「何でもいいよ。食べるの自体、そんなに得意じゃないし」
「育ち盛りなのに。だからチビなんじゃないか」
「いいですよ、チビのままで。この方が都合がいいこともありますし」
「かわいくない! これだから昨今のガキは」
夕日の影が長く伸びる。雨は上がっていた。
箱から溢れそうな食べ物がアルバの視界を遮っていた。三人分には多すぎる。スープの、下腹の柔らかそうな豊満な体つきはきっと彼のせいなのだろう。
「あーあ、クロ兄大丈夫かなあ」
「そんなについていきたかったのか?」
「違うよ!ただ……あーもお、おかしくない?」
アルバはどんな思いでここまで辿り着いたか愚痴った。
パンは泉のほとりで手際よく料理を進めながら、適当に相槌を打つ。火にかけた鍋をかき混ぜる横で、アルバは短剣で野菜の皮を剥いていく。
「だってさあ、すごい急いでるんだもん。理由も教えてくれないし。でも頑張ってついてきたの! こっちは歩幅半分なんだよ? へとへとだし、硬い土の上で寝て身体中痛いのに。それなのに時間の貯金がここにきてぱーだよ、ぱー!」
「言えばよかったのに」
「……言えないよ!」
「なんで」
アルバはだって、と反芻する。
旅に出てからどこか冷たくなったクロエドの態度。避けられているのか、体力温存のためか、第三者がいなければ二人の間に会話はない。ついていけなければ、置いていかれる。そう思ってしまうほどには冷めた雰囲気……だけど、時折優しく目線を合わせ庇ってくれる。気まぐれな彼が、アルバにとってたった一人の庇護者なのだった。
「だんなはアルバの言うこと聞くと思うけどなあ。なんだかんだ根はお人よしそうだし」
「あれがぁっ!?」
アルバは勢いあまって、短剣で指の皮まで剥いてしまった。
「いたァ!」
「あちゃ!待ってな傷薬があったから」
よいせ、と立ち上がってパンは森の奥へ向かう。
割と深めに指の腹は裂けていた。じんじんとした痛みに生理的な涙が滲んだ。
「アルバ、アルバ……こっちへおいで」
泉のへりで両腕を組んだスープが呼んでいた。
アルバが近づいてスープの前に膝をつくと、彼女はアルバの手を取って指を口に含んだ。冷たい水流が包む感触が心地いい。
「……血って美味しかったりする?」
「さあ……味って感じたことない」
スープが舐めとったあとも、血はぷつぷつと溢れる。血で赤みがかった水が泉に混じる。
「え? でもパンは……」
「言えないことだってある……私もね、ほんとは何も食べなくていい。でもああしてパンがいろんなものを集めてくれる。私が元気になるようにって」
スープが舌で撫でると、傷は綺麗さっぱりなくなっていた。
「だから言わないの」
戻ってきたパンは、スープが魔法を使ったことを心配しつつも、「しょーがないな」と嬉しそうに呆れていた。
パンが差し出した熱いスープの湯気にあてられて、彼女の表面が溶け出す。それがよだれを垂らしているように見えた。
大きな葉を屋根に、アルバは柔らかい苔の上に寝転んだ。澄んだ夜の星空をゆっくり見上げるのは、故郷を出て以来だった。
焚き火の隣でパンが鍋を磨く。泉が波立ち、水の跳ねる音が時折静かに響いていた。
妖精はとっくに眠っていた。なんでも太陽が沈むとともに、妖精も沈むらしい。
ふと、光の玉が泉の方へ浮遊するのを目の端にとらえ、アルバは体を起こす。
「あれなに?」
「ああ……このへんに棲んでる蟲だよ。夜になると集まってくるんだ」
いくつもの光の玉が泉の周りに浮かんでいた。アルバは泉の水面に反射する光の玉……その一つに違和感を覚えて腕を突っ込んだ。
「底で光ってる」
水底の石をわけて、それを掴み取った。
円錐、菱形に近い形の石……魔石だろうか。緻密な金属の装飾が上部を覆う。鎖をつまんで、吊り下がって振れる白い石。優しい色に点滅した。
「あんまり水を騒がすなよ。スープが起きるだろ」
パンはあくびをした。
アルバが見つけたものに特に触れてこないあたり、彼は目が悪いのかもしれない。アルバは何となく、石を懐に仕舞い込んだ。
「ねえ、スープとはどうやって出会ったの? 長く一緒にいるんでしょ?」
「うんにゃ……実はそうでもない。おれは数ヶ月前、よそからやってきたんだ。樹海に迷い込んで、おなかがすいて、死にそうで……もうだめだって時に、スープが助けてくれた」
「え、パンよそからきたの?」
「そーだよ! おれは北東の出だ。群れから逸れて、いつのまにかこんなとこまで。昔のおれは信じないだろうな……」
パンは妖精に初めて会った時のことを話した。
樹海の魔物に追われ、みじめに息を荒げて逃げ回っていた。
逃げる必要があるのか、と自問していた彼を掬いあげたのが彼女だった。
『ど、どーして助けたんだっ!おれはお前を殺そうとしたんだぞ』
『それでもいいの』
「……スープが魔物からおれを庇った時のこと、よく覚えてる。その頃はまだ、スープは元気だった。ちゃんと肉体を動かしてた。歩けば土に足跡がつくし、傷つけば血が出るんだ」
(水の精霊というくらいだから、あれが自然だと思ってたけど……)
アルバは頬杖をついて、彼の昔話を黙って聞いていた。
「樹海の魔物はみんな竜樹を狙ってる。結界の綻びをくぐり抜けて、あの子を傷つける。戦うなんてかっこいいもんじゃない、死に物狂いで抵抗するんだ。 「おれはみてられなくて、手を貸し始めた。聞いたんだ。なんで、そんなに危なっかしいんだって」
泉にスープの血の大理石模様が広がる。裸の妖精は髪の毛を絞って、綺麗に微笑む。
『代わりはいるもの』
「――おれが名付けた妖精はあの子だけだ」
ちょうど薪が炭化しきって焚き火の火が消えた。アルバはパンに眠るように促された。涼しい風が吹いている。
「おれはあの子を守るって決めた。おれが森に呼ばれたのは、スープに出会うためだったんだ……」
「ボクが呼ばれたのにも……理由はある? ボクが竜だったらよかったのにね。血なんか、いくらでもあげられたのに」
「……きっと理由はあるよ。でもそれはアルバのためにもなることだと思う」
(ボクのため……)
アルバは寝返りを打ってパンに背中を向けて丸まった。
「自分のことは割とどうでもいいんだ」
「……おーよしよし、そんなこと言わないでー」
パンは裏声を出して、アルバの背中にしがみついた。
「スープのまね」
柔らかい毛並みからぬくもりが伝わる。銀色の星々が遠すぎて、もやがかかったみたいに見えた。
(セイカ……おじいちゃん……)
「帰りたいな……」