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アンダートゥ  作者: ただの
第一章 なぜ夜闇は私を排するのか
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4-1.エンダーソンの樹海

前回までのあらすじ:

 苦い思いを噛み締め、村を後にする二人はやがてエンダーソンの樹海に辿り着く。


登場人物

アルバ:

不思議な力を持った少年。救世主と呼ばれ、帝国と竜族の和平を結ぶよう使命を託されている。


クロエド:

竜族の青年。魔法道具の力で正体を隠しながら、アルバの旅に同行する。帝都への道をひどく急いているようだが……?


ハクア:

アルバにしか見えない白い少女。最近姿が見えない。

「森が騒がしいなぁ……」


 彼は樹木を見上げた。ざわざわと風もないのに葉が囁き合っていた。

 四つのピンク色の肉球――前足を湿った苔に押し付け、駆け出す。

 彼は一匹の魔族……鼠によく似ていた。小さめの体に似合いの、小ぶりなつるかごを肩から下げている。

 ふわふわの灰暗色の毛に、かごの肩紐が柔らかく沈み込んでいた。走る振動で赤い実がこぼれ落ち、足跡を彩った。



「スープ!スープ起きてるかい」



 生い茂る葉のアーチをくぐると、視界に広がるのは大木だ。手前には、大木の根が底を這う泉。透き通る水面に、白いドレスの裾が花弁のごとくたっぷりと浮き揺らいでいる。


 花の中心にある、それが彼女だった。

 泉に腰骨から下をひたらせ、大木にもたれかかり、幹の溝をなぞる……そんないつもの姿――




「……人間か? それ……」



 今朝は違った。



 彼女は泉の辺際に横たわるヒト(侵入者)を見つめていた。それは胸がかすかに上下していた。


 彼女の、薄緑色に銀糸の混ざる、艶々とした湿った髪の束。濡れて透けたシルク様の純白のドレスに張り付き、滑った。


「どうやってここまで……樹の結界がはたらかないなんて……? 早く始末しなきゃ」


 彼女の伏せたまつ毛が小さく動く。


「あなたもそうしてここへ来た。その時と同じようにするわ。 樹が受け入れるなら、私もそれに倣うの」



 彼は心底がっかりした。

 自分を特別扱いしてくれない彼女に。それをまた、嬉しいと思ってしまう自身に。







 第四話 善行には最適な日

 

 





「こっち、こっちだよ」



 樹海に近づくにつれ、雨は激しくなる。ようやく眼前にそれの入り口を見据えた時には土砂降りになっていた。


「やっとここまできたっ!」


 肩で息をするアルバは、追いかけてきた彼の顔色を伺った。


「待ってって……言ってるのに」


 激しい雨音がクロエドの声を半分かき消す。

 レインコートのフードの下、雨の水滴が飛び散るので眼鏡(魔具)はとっくに鞄に仕舞われていて。頼れる兄貴分が半ば呆れをこめ笑んで言ったのに、アルバはまくし立てた。


「予定よりずっと早くついたんだよ!しかもまだ昼間だ」


 二人とも慣れない野宿を繰り返して随分くたびれた様子だった。


「ねえ嬉しい?」

「しっ、おいで」


 誰かが近づいてくる気配を察知して、二人は岩影に隠れた。



「人が寄りつかないとはいえ、さすがに管理人はいるだろうと思っていたが……」


 呟きは雨音にかき消され聞こえない。アルバは聞き返さず、彼にならって眼前に広がる樹海の方へ目をやる。


 入り口らしき(くさ)れた木の緑門。奥に獣道が続く。整備された跡はあるが、囲む木が生い茂り道を侵して、とても人が出入りする場所には見えない。

 人の領域と樹海は明確に区切られている。外側の手頃な樹々が、ねじられた太縄で結ばれ封鎖されているのだ。枯れた木のリースが樹に打ち込まれていた。リースや縄の状態からして、最近作られたものだろう。


 その周辺を警戒するように見回しながら、男が二人やってきた。近くの町の住民だろうか。武装している。


「あと少しで交代だ」

「やっとか。あ〜こんな仕事早くやめてやる。ずっと死ぬかもってドキドキしたぜ」

「そう言うなって。今だけだから耐えよう」

「ったく、頼りはこ〜んな魔除けだけか」

「教会のあの可愛いコがこしらえたんだってよ」

「マジ!?一個だけ……」

「やめろよ。結界が崩れるだろ」


 リースに手を伸ばすのを静止する。彼らは恐怖を誤魔化すためか、雨に負けじと声を張り上げながら去っていった。


 クロエドは魔除け縄の連結部分である樹に近づく。リースの小枝に小さく刻まれた文字に気づいた。


「最も簡易的な魔除けの陣……結界魔術の一種か。

(この広さを覆えるレベルの陣じゃない。ハッタリか……?)」

「今だけって言ってたし、普段はもっと手薄なんじゃない?」


 クロエドは口元に手を当てた。


(だが迂闊に近づけないな……結界の仕様がわからない以上侵せば何が起こるか……強行突破は得策じゃない)



「ねえ!今のうちだよ早く行こう」


 すると隣にいたはずのアルバが門の真下の縄を超えて、森の中に足を踏み入れていた。


「おい……!?」


 クロエドは慌てて腕を伸ばす。指先が縄の上を通過した瞬間、森が纏う魔力がゆらめくのが可視化され、一瞬光が放たれた。


「なんだ?今の光……」


 二人組の町人が異変に気付き近づいてくる足音がした。


「何してる、早く戻れ!」

「早く来て!入っても大丈夫だか、ら……」


 言い終える前にアルバの眼球は上転して、獣道の茂みに頭を突っ込みながら倒れ込んだ。


「……!」


 クロエドは考える前に縄を飛び越え、アルバを抱える。誰かいるのか、との町民の呼びかけに彼は森の奥へ逃げていった。




 ……アルバはなぜか柔らかい水に横になって浮かんでいた。先ほどまで確かに土の上に立っていたはずだ。それが空間が回るような感覚がして、気づいたらこうなっていた。


『……?』


 ひどいめまいだ。上体を起こす。

 そこはどこまでも広がる水たまりの真ん中だった。


『え……?』


 波紋が自分に向かって進んできた。立ちあがろうと手足をつく。

 向こうには大木があった。両手にごつごつとした根が触れた気がした。

 下を向いて気づく。水面に女性が映っていた。


『だれ……?』


 いや、映っているのではない。水の中に()()のだ。

 水に浸かった手足に、彼女の髪の毛が絡みついた。束になった水流に撫でられる感覚だった。


『私のところへ……』


 柔らかい水から指が伸びる。


『魔女を殺して』


 頬に触れたその時、叫び声ともとれる甲高い金切り音が響き渡った。耳をつんざく音の暴力だった。チカチカと目の前が点滅し混ざり……



「うあ……!!」



 ヒッと目が覚めた。意識を失っていたようだ。何やら液体があごをつたう。


「アルバ……!」


 クロエドにおぶられていると気付き、アルバは寝たふりをすればよかったと少し後悔した。


「クロ兄……ボク……あれからどれくらい経った……?」

「どれくらいって……」


 気を失って何時間も経ったような気がしたが、クロエドの口ぶりからしてそれほど経っていないようだ。ひどい動悸がしていた。

 クロエドはアルバをおろす。そこはすでに森の中で、入り口が見えないほど遠ざかっていた。靴の裏にでこぼことした木の根の感触があった。


「血が……」


 垂れそうなアルバの鼻血をクロエドは自分の手で拭った。


「どこか打った?」

「ううん……大丈夫」



(こんなに軽かったなんて……)


 歳の割に小さい体躯。クロエドはさっきまで彼の危険な行動をどう叱ってやろうとばかり考えていたが、用意したセリフもすっかり飛んでしまった。


 随分急いだ。文句ひとつ言わずに、それどころか先走ってまでついてきたのだ。

 雨の冷たさのせいか体を震わすアルバを見て、少し悪いことをしたと思った。


「なんかここ気持ち悪い」

「空気が合わないんだろうね。早く抜けてしまおう」

「……うん」


 アルバはなんだかがっかりした。自分が足を引っ張ったこともあるが、それでも彼が先を急ぐことに、だろう。


 クロエドがコートの裾が汚れるのもためらわずにしゃがんだ。


「……いいの?」

「この方が早いからね」


 アルバはクロエドの首に手を回した。濡れたコートごしにさりげなく頬を擦り付けた。


 


 *




『おめでとう若様!』


 たくさんの同胞に囲まれる()()()は、まるで太陽で。


『俺たち竜が、まさか英雄と呼ばれる日がくるなんて……!』

『本当に立派だったよ!この勲章を、里の奴らに見せてやりたい……!』


 誇らしい。腹の奥底から高揚が湧き上がって、飛び跳ねたい気持ちであの人に駆け寄った。


『すごい!ぼく……お、おれも英雄になる!!』


 あの人は笑って俺を抱き上げた。


 バルコニーから夜の都を見下ろした。

 昼を見紛うがごとくの、力強い灯火。その一つ一つを祝福だと信じて疑わなかった。


『クロエド。俺たちは分かり合うことができる。どれだけ違っているように見えても、みんな同じ人間なんだ』


 涼しい風が、興奮で熱った頬を撫でた。英雄の緑瞳は上空に広がる星々を捉えていた。


『翼に頼らず地に足つけて生きろ。

 おまえはいいやつになれよ。オジさんとの約束だ』


 意味なんて分からなくとも、あの人が言ったという、ただそれだけで従う価値があった。何もかも眩しかった。




『おまえ様――賢者様がお待ちよ』






「……」


 いつのまにかクロエドは眠っていたようだ。不規則な雨音が誘ったのだろう。

 木のうろの中、辺りは静寂に包まれている。隣で少年が鞄を枕に寝息を立てていた。疲れた顔色をしていた。


「あと少し」


 クロエドは地図を広げた。片膝を立て、抱えていた剣を脇に置いた。


「方角は合ってる……」


 しかしいかんせん暗い。雨雲が空を覆っていて、今が何時かも検討がつかない。

 だからか、かなり彷徨った気がして、こうして樹海――魔物の群生地の真ん中で体を休める羽目になった。


(確か街道があるという話だったはずだ……)


 道中立ち寄った村々での食糧調達をかねた情報収集の結果、耳にした話だ。しかし街道どころか、入り口からして人の立ち入れる雰囲気ではない。


(人食い魔、とやらも……)


 人の気配に怯えて姿を隠すような小物しかいなかった。


(()()()()()()とやらも……情報が足りない。一度町まで戻るべきか)


 広げた地図には、当然樹海の内部地図まで載っていない。ざっくりと''エンダーソンの樹海''と森の絵が描かれているだけだ。



「――もし、もしもし」



 クロエドの心音が跳ね上がった。こつこつ、と何者かがノックしている。


「もしもし」


 アルバの頭の横にある神像にピシリと亀裂が入る。


「誰だ?」


 そして''それ''がうろを覗き込む。


 白黒の目玉の大鼠だった。うろから見える景色の半分を濡れた顔が占めていた。

 見た目からして間違いなく魔物だ。そこらにいる鼠というより、絵本のキャラクターがそのまま飛び出たような。生き物として致命的な不自然さがある。点描で描かれた色も形もない不気味な魔物……何かの集合体?


「それ以上近づいたら斬る」

「そいじゃこのへんで」


 かの顔に動きはない。声が発せられたのは、下の方からだ。


 いつのまにか、小さな鼠がすぐそこにいた。丸い毛玉に似たフォルム。両手におさまる小ささだ。二本のひげが重い雨の雫を落として跳ね上がる。


「迷ってるだろ?」


 ぶるぶると体を震わして水を飛ばす。どこか間抜けな小動物を模した魔物……いや、


「もしも〜し」


(言葉を喋る――魔族だ……)


「なに?どうしたの?」


 アルバが話し声に起き上がる。来訪者に気がつくやいなや、がっと毛玉を両手で掴み上げた。


「か、かわい〜何これ猫!?」

「猫じゃない鼠!魔鼠(まねずみ)だっ!」


 暴れる魔鼠の鼻先に研がれたばかりの剣先が突きつけられた。


「アルバそのまま押さえて」

「にゃああ冗談じゃない!おれはあんたらが迷ってるってんで迎えにきたんだよっ!」

「迎えに……?」


 毛玉はアルバの手からころころ逃れる。逃れた先に剣の腹が軽く叩きつけられた。


「ひぇっなにすんじゃ」


 魔鼠は怒りを表明するが、クロエドの眉根の寄った表情を目の当たりにして言い直した。


「なにをされますやら」

「うわ、何あの外の!?あれも魔物!?」

「おれの手下だよ! ぐえ」


 クロエドは毛玉を握りしめ矢継ぎ早に質問する。


「なぜここにいると?迷ってるとは?迎えに来たって?全部説明しろ、さもなくば」

「じゅっ、樹海の主ィ……!それがその子どもを呼んでるんだッ!」

「アルバを?」


 クロエドがアルバを見やると、彼はまだ例の手下とやらを見ていた。その顔色はいっそう悪くなっている。視線の先を自然に追った。


 点描魔鼠の顔がいくつも彼らを覗き込んでいた。みっちりと隙間を埋め、餌を品定めする目つきをしていた。

 思わず手を緩めると、毛玉が叫ぶ。


「あ、あんたらのっ力が必要なんだって!……不本意だけど」

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