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アンダートゥ  作者: ただの
第一章 なぜ夜闇は私を排するのか
12/33

3-4.不実なることは

前回までのあらすじ:

 悪魔を倒し、善良な夫婦の逃亡を成功させたアルバ。途中友達と揉めかけるが、なんとか丸くおさまったみたい。どっと疲れたから、冒険は中断したいところ……


登場人物

アルバ:

救世主の少年。自分にしか見えない友達の正体が気になってきた。


クロエド:

竜族の戦士。アルバの護衛でお守り役。


ハッケー:

黒犬族の騎士。上官の命令と良心の呵責に苦しむ苦労人。


バーバリック:

騎士団を率いる指揮官。ハッケーと特別な契約を結び守護獣とする。

 三人が村に戻ったのは、それからすぐのことだった。


 すでに夕暮れ時。クロエドは次の目的地へ歩みを進めるには遅く、また準備不足だと判断した。できれば人目の届かない月の見える丘で一夜を明かし、物資を調達して翌日昼までには発つ。そこまで理想的にいかないまでも、丘に置いたままの荷物を回収しなければ。



 ハッケーは、主が現在駐屯地ではなく村にいることを感覚で理解していた。守護獣とはお互いに居場所を感知し合う、それほどの仲なのだ。

 ……悪魔との戦闘から身を守るため、わざわざ迂回した道を選んだ主との仲。




 空の赤が青に追いつかれた時。



「なんか明るい……?」



 村の方角、赤が抵抗しているのが見えた。夕日色の光が上がっている。


 微かに悲鳴が聞こえる。




 アルバは村に辿り着き、赤い色の正体が村全体から燃え上がる炎であると分かった。



「なんだこれ……! ゴホッ、ゴホッ……」


 ひどい煙だった。


 悲鳴の聞こえる方向へ走った。



「――おお!! 仕留めたか、ハッケー!」


 中央広場。

 オレンジの逆光に照らされたバーバリック。彼が掲げていたものは、


「よくやった!! さすが俺様の守護獣だ!!」


 生首だった。


 見覚えのある村人の顔の彫りを、なぞるように影がさしていた。


「俺様もやったぞ!! 見ろ!」


 バーバリックが首を投げた。生首の山が炎に包まれていた。

 山の後ろに、神像とは異なる見かけの像や巻物などがずさんに積まれていた。


「大手柄だ、村民丸ごと邪教徒だった! 証拠はたっぷり、出るわ出るわ邪教の崇拝物!! これで認められる、認められるぞ!! ハーハッハッハ……!」

「バーバリック様、これで全てです!」


 バーバリックは、すべての家を暴いて、価値ある品々を並べた部下を労った。


「いいぞ! 働いた分、貴様らも出世させてやるからな!」

「なに、やって……」

「ハッケー俺様は首斬りに疲れたぞ、代われ! 貴様ら、女帝に献上する貴重な品々だ、一つずつ丁重に扱わねば許さんぞ!!」

「なにやってんだ!!今すぐやめろ!!」


 アルバが叫ぶ。


「アルバ殿!」


 堪えてください、とでも言いたげな圧を放たれる。


「なんだ? 不遜な小僧。貴様、俺様に命令するのか?」


 バーバリックがずいっと距離を詰めるのに、臆せず言った。


「ボクは救世主だ!! 今すぐこんなことやめさせろ……!」


「は?」


 バーバリックと騎士一同、目を丸くして漏らした間抜けな声が重なった。


「……聞いたか?」


 ぷっと吹き出す者も、肩を振るわせる者もいた。


 誰かが耐えきれずくつくつ笑い始めた声に釣られ、一拍置いて場が嘲笑の渦に飲まれた。


「あーはっはっはっははは……!! ひぃ〜ははは……!!」

「諸君、笑っちゃイカン! ここは生暖かく見守ってやるべきだ、違うか!?」


 そう熱心に庇ったバーバリックはわざと白目を剥いていて、確実に馬鹿にしている。


「……!?」

「う〜む、こんなに出来がよろしくないで、今日まで生き延びたことが奇跡だな」

「ボクは本当に……!」

「本当に、なんだ? 聖痕でも拝ませてくれると? いやいややめておけ……恥の上塗りは。ハッケー! お前やたらこれに目をかけると思っていたが、どう思った!? これが救世主か?」


 アルバはすがるような思いでハッケーの反応を伺った。


「そんなことは……ですが、彼は恩人です。討伐に大いに貢献した、有能な戦士です」

「……ほう? お前がそこまで言うか」


「俺様の前で救世主を騙った不届き者は、処刑が常だがな。今日は気分がいい!」



「失せろ」



 ドンッと押されると、人にぶつかった。


「功労者同士語らえばよい。貴様らの首など手にかける価値もないわ」


 ぶつかったのは、あの老人だった。瞳に煌々とした炎が映り込んでいた。 


 アルバは得体の知れない黒い怒りに襲われて、腰の剣に手を回した。

 ハッケーが制する前に、


「命を無駄にする気かね」


 明瞭な制止だった。


「おじいさん……」

「手遅れ……というわけじゃ、何もかも。来なさい」

「……」




 狭い路地裏に腰を下ろして、二人は向き合った。

 そばに、先ほどまで身を隠していただろうクロエドが立ち辺りを警戒していた。


「殺したか」

「……何を?」

「丘に巣食っていた悪魔を」

「おじいさん、勘違いを……正すけど。 その戻ってきた兵士って人は悪魔じゃなかったよ」


 アルバは苛立ちを隠しきれず、半ば八つ当たりして淡々と説明した。


 老人の狂言で、夫婦の命は危険に晒されたのだ。当然の態度、だ……



「――愚かしいことをしたな!!!!!!」



 絶叫だった。


「救世主が、なんと……くっ……くく、くくくく……」

「な……」


 初め泣いているかと思ったが、老人は嗤っていた。


「知らぬなら教えてやろう。悪魔と契約した者の末路を……」



 *



「ふう……ここまでくれば少し落ち着けるかな。もう少し歩いたら休もうか」


 村からいくばくか離れた場所だった。


「ねえ……覚えてる? 子どもの頃二人で使いに行かせられたわね。この道を通って……ずっと北の方へ……」

「ああ、そうだったね。ワクワクしたのを覚えてるよ……」


 ピオニーは立ち止まった。


「そうだったわね、確か……この辺で魔物に襲われて。あなたは守ってくれたわ」

「懐かしいな」


 彼女は次の一歩がどうしても出せなかった。


「どうしたんだい」


 昔と何ら変わりない優しい声色に泣きそうになった。勇気を振り絞って、一歩踏み出した。


「やっぱりおかしいわよね。あなたは肉が苦手だったし、私の後ろに隠れるほどには戦うのを怖がっていた」


 彼女は男が首から下げた皮袋を奪う。年季の入った麻紐が千切れた。


「大事なものはいつもここに隠してた。こんなことで……信じたくなった」


 皮袋を暴く。中から宝石のついた指輪が手の上を転がった。


「なくしたって……なくしたって言ってたじゃない。 どうして同じ指輪……持ってたの?……なんで……」



「あなた、誰なの?」


 ハア……と男は深く息を吐いた。


「私は残りの人生、穏やかに過ごしたいだけなんだよ」



 本当に、それだけなんだ……






「――悪魔と契約し三つの願いを叶えた者は、その瞬間に体を奪われ、新たな悪魔となるのじゃ」


 水を張ったような静かな音は、アルバの思考を簡単に犯した。


「お前たちが殺したものが、本物のヨゼンじゃろう。

 大方魔物の死骸に乗り移ってあの娘に会いにきたのじゃ。 ああ、哀れじゃ……なぜ儂の言う通りに殺さなんだ……」


 老人はぶつぶつと呟いた。


「耳を貸すな。何の証拠もない話だ」

「……」

「アルバ、考えてみて。真実だとして、どうしてもっと早く、ちゃんと説明しなかった? 気狂いのふりなんかして、到底信用に値しない……そうだろ?」

「ヨゼンさんが……」


 ぽつりと言った。


「戦争を生き残ったのが、願ったおかげだとしたら。三度目に……帰ってきたのは……」

「辻褄は合うか? 本当に? この爺さんはとんだ食わせ物だよ。悪魔の契約なんて、知るはずない……契約しない限りは」


 自分で言っておいて「そう、そうだ」とクロエドは繰り返した。


「悪魔憑きのあんたはこれが狙いだった。人が死ぬところに魔力は集まる、それを……」


 クロエドは自分が何を言っているのか分からなかった。ただそれがアルバにとってヒントになった。


「そっか。最初に通報したの、おじいさんだったんだね。頭のおかしいふりをして、身内を売って、あの人に手柄を立てさせて。一人だけ生き残った……」

「アルバ……?」

「……ふふふ」


「お主もまた、食わせ物ということか。 同じ思考をしておる」


 アルバは、老人と初めて会った時に何となく勘づいていた。


 彼の、深く沈んだ目の奥の……

 巧みに狂気に隠していた、憎しみと呼ばれるそれを。


「早いか遅いかじゃ。それが今日だったというだけのこと」


 暗がりを詰め込んだ目つきで、路地裏からじっと村人を見つめていた。


「あやつらはの〜〜事あるごとに邪神だの法皇だの機嫌良くさえずりよる……ほんと〜〜に目障りじゃったの〜〜〜…………」


 気づけるのは同類だけ。



「ボクはおじいさんとは違うよ」



 クロエドの姿はなかった。彼は早々に理解するのをやめて、その場を離れていた。



 それから老人は、掠れ声で自分の話を始めた。



 彼もまた悪魔と契約し、一つ目の願いの代償に家族を奪われたこと。


 怖くなって願うことはやめたが、今でもずっと悪魔が囁いてくること。


 悪魔と契約すれば、どう足掻こうが最後には''冥道(めいどう)''という果てのない道に堕ち、魂が擦り切れるまで苦しみ消滅するということ……



 悪魔にとっても霊体でい続けられる時間は、そう長くはないらしい。

 必死に呼ばれるのだ。毎晩、絶叫よりおぞましい断末魔が、眠りを侵す。



「このまま死ねば儂はすぐに冥道に堕ちる。 ただ、三つ願えば悪魔となれ、それも先延ばしになろう……そして繰り返す。 言葉で甘い罠をしき、獲物の気が狂うのを、舌を出して待つのだ。 しかし罪を犯してまで生きたいとは思わぬ……業を背負う強さも……弱さも、儂にはない……」


 アルバは遺言と思って黙って聞いた。


「どうやらお主も儂と同じ、魔に魅入られし者のよう。 よいか、見えない者の声を聞いてはならぬぞ……」





 見えない者の声を……聞いては…………



 見えないものの。





(――ハクア)



 その白い少女は、路地裏の奥の闇にひっそりと佇んでいた。



『やっと わたしをみてくれたね アルバ』






 クロエドは彼らのそばを離れ、話を脳に通さないようにしながら壁にもたれ座り込んでいた。


 昔ある人にやめさせられた煙草にまた手を出した。

 立ち昇る煙は、人の焼ける炎が上げた煙とはるか上空で混じり合うことだろう。



 悪魔と二人旅立ったあの(ひと)が、願わくば……何も知らずに……


(……いや。信じない。 ヨゼンは人間、それが一番信ぴょう性がある。たとえ、どれだけ……)


 真実など分かりはしない。なら、信じたものが真実だ。



 *



 ぽつぽつと雨が降りはじめていた。水気のない土が雫を吸う。


 足取りは重かった。


 しかし、納屋ほどの大きさの影が点々と見えてきて自然と歩幅が広がった。



 それは廃村だった。


 真っ暗闇、微かな灯りを頼りに木造の壁をさする。キシと歪みの気配。

 家の並びに規則はなさそうで、てんでバラバラに建っているのが不気味だ。風通し最高の朽ち具合。


「ふう、ふう……」


 男は隠れ住む生活ですっかり落ち切った体力と、気力の限りを尽くして、その廃村を歩き回った。誰もいない。


 新月の真夜中だった。



「13月に入るぞ……!」


 思惑通り、時計の針が零時で止まった。


「これで、安全だ……」


 あたりが一変する。頭上の丸い月の放つ黄金の輝きに照らされた。


 時期に迎えがくる、と男はほっと胸を撫で下ろした。



「そうかしら」



 そこには少女が立っていた。


 深緑の長い髪が、腰まで伸びている。金色の瞳は彼女が人間ではないことを示していた。厚い生地の簡素な服を纏い、長いスカートが風もないのに揺れた。


「魔女……か?」

「邪教の女ときたら魔女、なんて、安直ね。 でもそう。随分時期が早まったわね。大変なのよ、ここまで来るのは……」


 少女からは甘い匂いがした。鼻腔をくすぐるそれには、彼女の魔力がわずかに含まれている。男は鼻を鳴らして言った。


「無理を言ってすまないね。三つほど予期せぬことが重なって……だが代わりにいい土産話があるんだ」

「彼女は?」

「……」

「条件を満たせなかったのね」

「事情があるんだ。彼女はここには来られない、でも心配ないよ。君たちの目的は分かってる、ずっといい代替案を用意できた」

「なぜ来られないの?」

「それは言えないが、まず話を聞いてくれ」


「話にならないわね」


 その瞬間、少女の額に風穴が空いた。背を下に倒れる。


 からくりは簡単。小石を風魔法で飛ばしただけ。それでも足止めには十分だと、男は''分かって''いた。

 強いのは魔法であって、使い手は所詮か弱い少女なのだ。魔法を使う前に、動けなくしてしまえばいい、と。


「こっちの台詞だよ……魔女とは会話にならないとはよく言ったものだ……さて」


 男はさらに何発も少女の脳みそに食らわせた。手足のぴくつきが止んだ頃合いで、少女の持ち物(からだ)を漁る。


「よし、やはりあったか」


 少女の手を引き抜くその時、


「何があったの?」


 その腕を両手で掴まれた。


「うっ……!?」


「あなた魔女を誤解してるわ。確かに私たちは脆い。復活するとはいえ、脆すぎるわよね」

「放せ……」


 ガシッとまた掴まれた。

 少女の腰から両脇に、二本の腕が生えていた。


「なッに……!?」

「ご存知でしょう? 目、口、そして指……魔の器官」


 四本の腕に引かれ容易く男はバランスを崩して、少女に向かって倒れ込んだ。


「あら、よく見て?私の指……何本あると思って?」


 また二本。

 六本の腕で、少女は男の体を支えた。


「た、助けてくれないか。ピオニーを遺していきたくないんだ」

「何言ってるの?とっくに遠くへ行ったでしょう」

「また死にたくない! 君も分かるだろ、死は怖くて、寒くて――二度もたえられ」


「本当、話にならないわ」



 男はごぽっと血を吐いた。腹部に、何か刺さって――



 少女は注がれた血を飲んだ。扇状的に喉を鳴らした。



「生き汚いのは嫌いじゃないけれど」




 死人の顔越しに、満月を見ていた。



「ふふ……いいもの見せてくれたから、優しく逝かせてあげたのよ。ねえ……?」



 ――お父様。


 救世主って、怖いのね。


 だって、無敵の悪魔を魂ごと消滅させたのよ。



 きっと魔女も……



「殺さなくちゃ」



 少女は死骸を人形のように愛おしげに抱きしめた。 



「ああ……救世主がどんなふうに死んだか……

 久しぶりにあの子と、おしゃべりできるわね」




 *




 翌朝、ハッケーは大荷物を持って月の見える丘の一軒家を訪ねてきた。クロエドは彼が一人なのを確認して、中へ入れた。


 アルバは地図を眺めていた。地下室のテーブルに広げられていたものだ。

 ハッケーは帝都に目印をつけていたのを見て、たずねた。


「帝都を目指すのですか」

「……そうだよ」


 ぶっきらぼうにアルバは言った。


「それは……アルバ殿が救世主だから、ですか?」

「……」

「そう、帝国の賢者に会うためだ」


 クロエドが答えるので、アルバはキッと睨んだ。


「あの、怒っていますか」

「そりゃあもう。あの時、ボクを本物だって言って庇ってくれればよかったのに」

「……あの対応に間違いはなかったと主張します」

「はい!?」


 ハッケーはつらつらと饒舌に喋り始めた。


「バーバリック様は、救世主がお嫌いなのです。本物だろうが偽物だろうが関係ありません。あのまま続けていたら、間違いなく死んでいました。 それに、正体は無闇に明かさない方がよろしいかと。救世主を狙う人間が決して少なくないからです。 邪教徒や奴隷商人……貧民に至るまで気は許せません。殺されるのはいい方で、肉をつままれますよ」

「……つまむ?」

「救世主の血肉が寿命を伸ばすとか。竜じゃあるまいし、馬鹿らしい話ですが、信じる人はいますから」

「……えー……」


 アルバは半笑いになった。一欠片ずつ肉を小分けにされて、血を搾られ、店頭に並ぶところまで妄想した。


「帝都へ行ってどうやって賢者様に会うつもりですか?」

「親からもらった立派な足を使って……」

「宮殿まで侵入するのですか?不可能でしょうが、考えただけで即投獄レベルですよ」

「うう……」



 コホン、と咳払いして続ける。


「アルバ殿、選定会に出なくてはいけませんね。そこが唯一、帝国の賢者様への謁見が可能な場ですから」

「いつあるの?」

「二ヶ月後です。次は来年です」

「来年……」

「ダメだ、できるだけ早く会いたい」

「最短の道は危険です。よろしければ私たちに同行されますか?」

「……遠慮しておきます。まっすぐ帰るわけでもないでしょうし」

「そうですね……いくつか任務が残っていまして。 しかし、本当に樹海も、その先の関所も……おすすめしませんよ。安全な道でも、一年かければ必ず辿り着きます」


 旅に焦りは禁物ですよ、と……


 ハッケーは大荷物(団の物資)をアルバに渡した。


「こんなにいいの?」

「これは褒賞です。道中物入りでしょうから、足りないくらいですが」

「ここじゃろくに調達できなかったから助かるよ」


 クロエドには、彼が褒賞と偽って物資を横流ししていることの察しはついていた。その上で少し嫌味を言ってみせた。


「……彼らは気の毒でした。遺灰は責任を持って聖地に埋葬します、それがせめてものはなむけになりましょう」

「……ひどいね、本当。邪教徒ってだけで殺されなきゃなんないの?邪教ってなんなの?」

「……すみません。それを語れるだけの資格を持っていません」



「また帝都で会いましょう」


 そう言ってハッケーは去っていった。

 あまり良い形で別れたとは言えないだろう。しかし、また会うことになる。契約()が引き寄せるままに。




 雨季に入る頃だった。

 アルバはクロエドから渡された雨除けのコートを着込んだ。家から拝借したことは分かっていた。



 小雨の降る丘を降りていく。アルバは問うた。


「結局、最短の道をいくんだ?」


 散々脅されたが。


「……あまり気が長い方じゃなくてね。 樹海を抜けて、関所で渡し屋と落ち合う。うまくいけば二ヶ月後の選定会には間に合うよ」


 焦るあまり勘定に入れてないのだ、とアルバは不安になった。

 それは簡単な事実……連れているのは旅慣れない子どもだということ。道中怪我をしたり、風邪を引いて寝込んだりするだけで計画は頓挫しかねない。


 そこまで急くには理由があるはずだが……アルバはそれを聞こうとはしなかったし、できなかった。それが彼らの距離感であり、アルバの性格でもある。



 ふと呼ばれるようにして振り返った。

 曇り空の下、丘の上の家から淡い光が漏れた気がした。まばたきすると消えた。


 前を向くと、自然と足元に目がいった。

 ぬかるみに沈む自分の靴、それに向き合って裸足がそろっていた。


 顔を上げる。誰もいなかった。

 代わりにまた声が聞こえた。



『かわいいあなた 次はだれをすくうの?』



 彼女を通して、アルバは知った。自分が知りたくないと思っていたこと、目を背けていたこと、それ自体を知った。



 自分が、誰だったのか。どこからきたのか。何をしていたのか。


 何をしたのか。


 何と繋がっているのか……?



「ま、なんでもいっか!」



 知らない方がいいことの方が多い。

 アルバはあの二人が月の谷で暮らすのを夢に見た。それはこれ以上ない幸福な夢だった。


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