5-7:「再会と、一つの終結」
「――」
鉄路の旅路の果てに、ついに討たれた大帝国の皇帝。動乱の最たる元凶。
その崩れ沈んだ亡骸を向こうに静かに見ながら、会生は一撃を轟かせた10.9mm拳銃を降ろした。
「アイセイ様……っ」
そこへ背後より声が掛けられ、小さな気配が背後側方に立つ。
他でもないミューヘルマだ。
「終わったの……ですね?」
「あぁ」
恐る恐るといった色で尋ねたミューヘルマに、肯定の一言を回答する会生。
それを聞いたミューヘルマのその顔は、しかし静かな憂いを帯びている。
ついに討つこと成された、憎き諸悪の根源を前に。しかしここまでに負い過ぎた様々な大きな傷を前に、とても手放しに喜ぶ事などはできないというそれだ。
会生が一度軽く振り向き見れば、謁見の大広間よりはすでに帝国近衛兵達も完全に無力化され。苛烈な状況は鳴りを潜め、自衛隊の掌握化となっていた。
「展開ッ――会生、成し遂げたなッ」
そこへ寺院が、遊撃班から数名を率いて到着。各々は会生等をカバーするため、その周りに散会展開して、まだ何らかの事態の発生の可能性に備えて警戒を敷く。
「――あ……!」
そこへしかし、それと入れ替わるように。
ミューヘルマが向こう側方にあるものを見止め、その場より駆け出したのはその時。
「!、王女殿下っ?」
それに気づき、少し慌てて百甘や舟海等がそれを追いかける。
「お父様、お母様、姉様方!」
ミューヘルマが駆け寄った先。それこそ先に捕らわれの身で再開した、ミュロンクフォングの王族。ミューヘルマの家族達だ。
互いを庇い合う形で寄り合い、苛烈な戦闘の中を凌ぎ耐えていた彼等彼女等は。
ここまで見た衝撃の展開の数々に驚きを抱いていたようだが。今にその意識はミューヘルマへと移り向く。
「ミューヘルマっ!」
その内から、真っ先に立ち上がりミューヘルマを迎えたのは、美麗な青年に見える容姿のダークエルフ。
そのダークエルフに、ミューヘルマは迷わず飛び込み、その体へと抱き着いた。
「あぁっ……ようやく……ふくぅぅ……っ!」
「ミューヘルマ……」
そしてそのダークエルフに縋り寄り、顔を埋め。ほとんど泣きじゃくる域で、言葉を漏らすミューヘルマ。
そのミューヘルマを抱きしめ、頭に背を撫でるそのダークエルフ。
(無理も無い。ようやくの家族、父との再会だろう)
そこへ追い付いてきた百甘が、その近くに位置して一応の警戒に着きつつ。ミューヘルマ達のその姿を目にして、心内でそんな言葉を浮かべる。
「お会いしたかったです……『お母様』っ!」
そしてしかし、青年の容姿のダークエルフに抱き着きながら、ミューヘルマが発したのは。ダークエルフを『お母様』と呼ぶそんな言葉であった。
(……え、あれ?)
その聞き留めたワードに、百甘が疑問を覚えてしまうが。それも束の間。
次には見目麗しい美女の容姿のダークエルフが、ミューヘルマにすり寄る。
「ミューヘルマ……よくぞ無事で」
「『お父様』……お父様こそ!」
その美女のダークエルフに、しかしミューヘルマは『お父様』と呼ぶ言葉と合わせて、また抱き着きすり寄る。
「ミューヘルマっ!」
「ミューヘルマ!」
さらに、美少女の容姿のダークエルフ三人が、ミューヘルマへと集い囲う。
「『兄様』に、姉様方……!」
(あ……そうなんだ、そういう?)
そんな感動の再会の様子に。
しかし傍から様子を見ていた百甘は、意表をつかれながらも気づく。
無礼を承知ながらも、今は裸に剥かれてしまっている王族の皆の様子を盗み見れば。
美麗な青年に見える容姿のダークエルフは、しかし『お母様』と呼ばれた所が示す通り、その体つきはよく見れば女のもの。
そして美女の容姿のダークエルフは、しかし『お父様』と呼ばれた通り、華奢だが男のもの。
ミューヘルマの兄らしきダークエルフも、同じく美少女と見まがう程の容姿に顔立ち。
どうにも、ミュロンクフォングの王国王族は。
国王や王子は、美女や美少女と見まがう程の中性的で美麗な容姿であり。
女王は耽美なイケメン王子様系の女であるらしい。
ダークエルフという種族こその特徴なのであろうが、その事実に面食らってしまい。
同時に、先の皇女ヴェシリアでは無いが。
ここまで美麗で、性的嗜好をくすぐる王族一族だ。まとめて物にしてしまいたくなる邪欲が浮かぶのも分かる。
などと思ってしまった百甘であった。
そんな、部外者から見れば少し異なる様相の王族であるが。
当事者からすれば、悲願にも等しい再開の場である事は変わらない。
「すまなかったね……帝国の企みを止めようと討って出たというのに、虜囚の身となりこのような姿を晒してしまうとは……国王失格だ……」
「何を言うんだい……ならば君に任された国を、みすみす帝国に奪われてしまった私こそ、女王にあるまじき大罪人だ……っ」
見目麗しい国王に、耽美な女王は。いずれも末の愛娘たるミューヘルマを抱き、撫でながらも。
同時に己達の晒してしまった不覚を悔い、嘆き謝罪する言葉を紡ぐ。
「父上、母上、何を言います……!」
「それを言うなら私共とて同じ……!」
それに、庇い立て罪を被る様に。ミューヘルマの兄姉の王子や第一、第二王女も言葉を連ねる。
「いいのです……!お父様、お母様!兄様姉様!――今はこうしてすべては解かれ、そしてまた会うことができました……!それでいいのです……っ!」
しかしミューヘルマは。
そんなことは今はいい、細事だと。それよりも再開を喜び、家族の温かさを感じていたい願望を示し。
泣きじゃくる言葉で訴え、家族に縋り温かさを貪った。
少し、ミューヘルマ達の再会を喜ぶ時間が設けられ。
それが落ち着いた頃合いを見計らったように、ミューヘルマの背後に気配が立った。
「っ――……アイセイ様、マツリ様も。見苦しい姿をお見せしました……」
父に母の身より一度離れ。ミューヘルマは泣きじゃくる娘の顔に、国の代表たる様相を取り繕い。
向こうに現れた、他ならぬ会生に祀に向けて、歩み寄り相対して謝罪の言葉を紡ぐ。
「何を謝る事がある。君は己が悲願を成し遂げて見せた――誇るべきだ」
それにしかし会生は、いつもの変わらぬ端的な様子で。しかしその謝罪は受け取らず、代わりにミューヘルマを評し称え、促す言葉を返す。
「殿下、ご無理はなさらず。まずはご家族とのお時間を設けます」
そして祀はミューヘルマの身を案じ、まずは提案の言葉を向ける。
その背後では、ここまで一糸纏わぬ姿とされてしまっていた王族一族に。隊員がとりあえず毛布や上着類を羽織らせ、保護する動きが始まっている。
「いえ……それよりまず一度、皆さまを紹介させてください。すでに知ってのことでありましょうが、あちらが私の家族、ミュロンクフォングの王室王族」
まずは簡単に家族を紹介したミューヘルマは、それからその家族振り向く。
「お父様、お母様。ミューヘルマは国より逃がされ零れ落ちた先で、しかし国を救うことのできる〝力〟と、〝彼等〟と巡り合い。彼等の大きな助けのおかげで、この地へと戻りました」
そして会生や祀、周囲の自衛隊各員を示し紹介する言葉を紡ぎ。
「その彼等こそ――ニホン国の国防組織、ジエイタイですっ」
そして、紹介の一言を透る声で発した。
「アイセイ様、皆さま。今ここに、果敢な皆様に改めての感謝を――」
そして会生等に向き直ると、ミューヘルマは片膝を突き、かしづき頭を垂れる。
さらに背後の国王に女王に王子王女も、当たり前といったようにそれに倣い。同じく膝を突き、感謝を示すための頭を垂れる。
「ぁっ……!何もそこまでを……」
「立つんだ」
王族一族の揃ってのそれに、少なからずの戸惑いを見せたのは祀。
しかし直後にはその狼狽えの言葉を遮るように、会生が端的な一言を発し。会生にしては珍しくの柔らかな動きで、ミューヘルマの片手を取って立ち上がらせる。
「其方と此方は対等だ、身を低くする必要などない――しかしその敬意は、こちらも敬意を持って受け取ろう」
そして促す一言を示すと。
会生は片手を翳し上げてその先を鉄帽の鍔に沿え、挙手の敬礼動作をミューヘルマに行って見せる。
「!」
それを受け、ミューヘルマも改めて。今度は直立不動の姿勢を取り直しての、国の王族・騎士団式の敬礼を作り返して見せ。
互いに敬意を送り、交わし合った――
この日、この時をもって。
ミュロンクフォングの王国は。第三王女ミューヘルマと、それに助力した日本国自衛隊の手によって、帝国の支配下より解かれ。
再興の始まりと共に、その歴史にまた多くを刻んだ――
次から終章、エピローグです。




