状況の人、不覚を取る2
頭が痛い……
目も痛い……
喉もダメ……
なんだか耳鳴りも……
洋子は意識を取り戻した。
寝不足と爆睡と居眠りの怠さが纏めて来た、そんな倦怠感に襲われているのを感じる。
――寝てた?
今の状態は、目覚める時の感覚に似通ってはいた。
しかし、この怠さは尋常ではない。
――あたし、どうしたんだっけ?
目を開けようとする。
しかし瞼が異様に重く、なかなか目が開けられない。
右目だけ開けてみる。
何とか半分ほど開いた。
――イーミュウ? ……イーミュウ!?
懸命に開いた視界にイーミュウの顔が映った。彼女も目を閉じたままで、意識は戻って来ていないようだ。
イーミュウ……そう声を掛けようとした。
だが、口も重くてやっと出た声は、呻き声にしかならなかった。
次に、起き上がろうとする。
だが、手も足も動いてくれない。
瞼や口と同様、手足もやはり重い。
しかも感触からして、どうやら縛られている様子。
――縛られてる? 拉致? 誘拐?
現状を頭の中で整理するも、うまく考えがまとまらない。とにかく怠い。
この状態では筋力強化の魔法すら発動は出来なさそうだ。
普段通りなら、筋力強化を使えば縛られた縄を引き千切るくらい、今の洋子であれば十分可能なのだが。
目が慣れてきた。
今自分が居るところは、それほど広くは無い部屋の中に見える。周辺には木箱や麻袋が積まれている。
――倉庫? 物置?
今の居場所を分析中の洋子。重い頭で思考を巡らしている最中、遠く……と言うか外部から何か近づいてくる音が聞こえてきた。
耳の感覚もおかしくなっているので遠くの音に聞こえたが、この部屋のすぐ外の音だったようだ。
「……大丈夫。まだ伸びてるからな」
――この声……
洋子は、音のする方へ顔を向けようとしたが、やめた。
声の主=自分らを拉致した犯人である可能性は高いし、何よりこの声は微かに憶えがある。
「薬が多すぎたかと思ったんだけどね~」
「四人一度だとあれくらいが丁度いいさ。アレは量を増やしても死ぬような事は無い。まあ、運が悪いとアタマ、つーか記憶がイッちまうけどな」
思い出してきた。
焚火を囲む中、テイマーを名乗る男女が薬瓶を火にくべた途端、視界が真っ白になった事を。
龍海が「ガッ……」とか叫んでいたような気がするが、その後の記憶がない。
――催眠剤か何か?
未だ頭の重さが抜け切らない中、洋子は自分に何が起こったのか整理が付き始めた。
「それじゃあラリ、俺が先に仮眠する。二時間経ったら起こしてくれや」
「あいよ。でも、こいつら目を覚ましたらどうする?」
「また、薬嗅がせておけ」
「オツム大丈夫かな?」
「構わねぇよ。少女奴隷の使い道なんざ知れてるからな。身体さえ無事ならいいのさ。とにかく今夜はここに潜んで、明日の朝一番にこいつら売りに行くぞ。男共が気が付いて追いかけるだろうが、恐らくミニモを目指すはずだからな」
「連中がミニモで嗅ぎ回っている内にエームスへ直行、いつも通りだね? でもあの男ども、仕留めておいても良かったんじゃない?」
「戦場ではな、殺すより負傷させた方が戦力を削ぐ事が出来るんだ。生きてりゃ手当や後方へ移動とかさせにゃならんから人手を割けるからな。殺してしまえば一番厄介そうなあの女がすぐに追いかけてくるが、介抱させるように仕向けたから、その間に俺たちは無事にここで隠れる事が出来たって訳だ。これ、憶えとけよ?」
「なるほどねぇ。あたしももう少し深く考えながら監視するとしますか」
「ああ。じゃあな、何かあったらすぐ知らせろよ。あんな小娘ども、雑用か支援しか出来んとは思うが、あの大熊を倒した連中だからな、油断するな」
「わかってるよ」
会話はそこで終わった。
足跡が遠のき、木製の戸が閉まる音が聞こえてきた。
どうやら監視はラリとか言う女のようだが、倉庫の出入り口に張り付いて睨みを利かせる……と言う訳ではなさそうだ。
さて、どうしたものか?
あのテイマー共が自分たちが倒した大黒熊の手柄を横取りした挙句、自分とイーミュウを奴隷商人に売り飛ばす算段である事は、今の会話からして疑いは無い。
薬の効き目が切れれば、あの連中程度なら今の洋子の魔法力をもってすれば火器が無くとも十分に対応できるだろう。
しかしこの薬は厄介だ。
効果が切れて魔法が使える状態になる前に、更に嗅がされては洋子には普通のJK並みの力ですら使えない。愛用のG19も脱いだジャケットに差してあったから火器も無い。全くの丸腰だ。
――やっぱり拳銃はシノさんみたいに、腰か腿に吊った方がいいのかなぁ……
魔法も火器も使えない今の自分より、戦闘力はイーミュウの方が数段上だ。
反撃するならば二人とも健常な状態での実行が望ましい。
しかし映画やアニメじゃあるまいし、そんなに都合よく事が運ぶワケも無し。
――シノさんたちは……多分無事よね……
連中の話からして龍海やロイも昏睡させられたはずである。
しかしながら、話の中では彼らにとどめを刺している事は無い。それも計画の内のようだからそこは安心出来そうだ。追撃されることを前提に、対応を練っていたのはあきらかだ。
故に龍海やロイは自分たちの捜索・救出には動いているはず。
タイミングを見計らって二人で逃げだすか?
今は下手に抵抗せず、龍海たちの救援を期待して待つか?
テイマー共が自分達を奴隷商人に引き渡すまでは、肉体的・性的に無事でいられる可能性は高いと考えて良いだろう。この手の仕事には慣れていそうであるし、妙な気を起こしてわざわざ商品価値を落とすこともあるまい。そこで機会を窺うか?
――いずれにしても……イーミュウが気が付くまで待った方が……
焦って事を急いても仕方がない。
とりあえず、当面の危険は無いとみて良い。
いや……今はまだいいが必ず来る、とある危機にはやがて頭を痛めざるを得なくなるだろう。
――トイレ……行きたくなったらどうしよう……
うら若き乙女には、重大かつ深刻な問題である……




