状況の人、不覚を取る1
――しくじった!
完全にしてやられた。
人懐こいテイマーたちにすっかり気を緩ませてしまった。
大黒熊討伐の手柄などはどうでもいい。魔石も牙もいらないし、路銀も多くは収納に保管してあるから盗られた分など知れている。
問題は洋子とイーミュウまで居なくなった事だ。
あの連中に拉致された可能性が一番高いのは考えるまでも無い。
「俺は……どれくらいの間、気を失ってたんだ?」
「詳しくは我にもわからん。用足しを済ませて叢を歩いていたら馬車が走り出す音がしてな。着いたばかりでおかしいのう? と思ってこちらに出てみればこのザマよ」
「いつまで出してたんですか! 小便なんか、そんな時間かかるもんじゃないでしょう!」
「無茶言うでないわ。これでも我もメスぞ? それなりに距離も取るわ」
「でも、その間にイーミュウが、イーミュウが!」
カレンに食って掛かるロイ。
本来、軍人なら私情よりも任務優先。先に心配すべきは洋子、と言うのが筋である。しかしこの取り乱しようときたら。
――全く分かり易いが……
ロイの乱心ぶりのおかげ、と言うとアレではあるが龍海はその分、頭に上った血を冷やす事が出来た。
まずは状況を分析しなければならない。
「落ち着けロイ!」
「でもシノノメ卿! イーミュウ……はもちろんサイガ卿も! 状況からすれば誘拐されたのは間違いありません! その後の悪党のやる事など知れています! 連中に仲間が居れば凌辱されるか、奴隷商人に売り飛ばされるか、どちらかしか無いじゃないですか! 御存じのようにモノーポリ領は奴隷の所持や売買を禁じてはいません!」
「落ち着けと言ってるんだロイ!」
龍海はロイの胸ぐらをつかんで引き寄せ、額が当たるほどの距離で彼を諫めた。
「お前の言う様に、この先の展開はおおよそ想像がつく。だからこそ、それに合わせた冷静な分析による対策が必要だ! 感情に任せて乗り込んでもいい結果にはならんぞ!」
「くっ!」
「タツミの言う通りよ。頭を冷やせ」
涙に滲む目を震わせて、思いっきり歯を噛みしめていたロイであったが、龍海の言に深く息を吸い、力んだ力を抜き始めた。
龍海は掴んだ襟から手を離すと、ロイの肩を慰めるようにポンポンと叩いた。
「カレン、奴らが出立してから時間は?」
「とにかく戻った頃には、馬車の後ろ姿が街道の夜陰に見えなくなるくらい進んでおった。お主らを起こしていた時間も含めれば10分は経っておるかな」
「シノノメ卿、すぐに後を!」
「行先は……当然モノーポリ領だな。賞金がホントなら討伐の褒章は付近の集落でも手続きできるだろうが、人身売買だとそれなりの街になるか? そんな大きな街で一番近いのは?」
「……領主府エームス市との間に城塞都市ミニモが国境に近い位置に有りますが……馬車を飛ばせばここからなら1日はかからない距離です」
「しかし徒歩では馬車には敵わんぞよ? さりとて馬を手に入れるために人里へ向かうにしても、一番近い集落でも2時間はかかろう」
「走ってでも!」
「無茶を言うもんでない。全力疾走で追いついたとして、肩で息をしながら一戦交えるのかや? 火器を使ったとしても、小娘たちも人質に取られとるんだ。いい結果になるとは思えんぞよ?」
「ううう!」
「なあカレン……お前、龍の姿に戻って俺たちを運んでくれないか? 龍の飛行速度なら十分届くだろう?」
龍海が提案した。今現在では一番早く追い着ける方法だ。
「そ、それですよ! カレンさん、お願いします!」
ロイも懇願する。
しかしながら、それに対するカレンの返答はつれなげであった。
「……悪いが……それは出来んな」
「そんな! なぜですか!」
「……古龍としての矜持かな?」
言われて冷ややかながらキツめの目線で、カレンは二人を見据えた。
「今の姿は古龍としては仮の姿よ。故に多少の協力は今までもしてきた。しかし古龍本来の姿と能力で協力となると一考が必要だの。事に、今のお主らは国家の意思の下で動いておるのだからな」
「でも今は……仲間として友人として救出を……!」
「どう足掻こうが、お主らはアデリア王国の命を受けておるのだ。これに介入は……何を言われようと出来ん。本音では我がそれを求めているとしても、な」
「古龍は自由、じゃなかったのか?」
「自由と言うものは言葉で言うほど自由では無い。タツミの世界はどうか知らんが、古龍の自由とは……そういうもんじゃ」
「なんですかそれは!? ワケが分かりませんよ!」
「……」
「それにタツミ?」
「あ?」
「お主、我に懇願する前にやれる事が有るのではないのかや?」
言われて龍海は少し歯噛みした。彼女に痛いところを突かれている。
「どうじゃ? お主の思惑はこの世界の未来に関しても危惧が生まれるのは我でもわかる。あとはお主がこの天秤の傾き具合をどう見るか、よな?」
「……」
龍海は言葉を失った。
カレンも伊達にこの世界の頂点に君臨する古龍族の端くれではない。
詳しい年齢は分からないが、エミの村の一件で少なくとも百年以上の齢を重ねているのは明らかだ。こちらの思惑を読み取る気になれば、龍海のたかだか32年くらいの人生経験程度では勝ち目も薄すぎる。
ここで、例えば自分の出す酒や食材での取引を持ち出そうものなら、彼女との仲もすべてが御破算になるのは目に見えていた。そんなレベルに引き落としてはならない事例なのだ。
有翼のミコやジュノン救出の時みたいに、気配察知程度とは協力の度合いも違う。
古龍の姿で、古龍の能力で、古龍としてアデリアに与することを宣言してしまう事にもなるのだ。
――これ以上は求められない……それが出来るのは、俺が全てを吐き出し尽くした時くらい……
龍海は決意せざるを得なかった。宗旨替えの覚悟を。
「しょうがねぇ!」