状況の人、テイマーと会う3
「確かに近くなっちゃいますよね。イーミュウが最近ビール控えているのも、それが原因じゃないのかな?」
「ロイ~。乙女にそんなこと聞くもんじゃないわよ~?」
「いいええ、ロイに聞かれるのは構いませんわ。シノさまには……アレですけど」
「キモオタのシノさんとしては、そういう状況を想像してオカズにしてんのかな~?」
「お前、ホント俺をそんな風な目で見てんのな! 逆ならセクハラだぞ!?」
キャハハ! と笑いあう洋子とイーミュウ。いや、十分セクハラっす。
笑いが落ち着いた頃、マティがしっかり堪能した魔石を龍海に返してきた。
「いや、良いモノを見させてもらった。うらやましいねぇ、ぜひ俺たちが狩り取りたかったなぁ」
「テイマーって言ったよな? やっぱり子飼いの魔獣をけしかけるのかい?」
「その通りさ。荷台には手懐けた角狼も3頭いるんだ。狼に足止め、翻弄させて牛や熊を突撃させるんだ。うまく弱らせればテイムしてやろうかとも思ったんだがな」
「へぇ~、飼い慣らせれば魔獣相手じゃ無敵じゃね?」
「その分餌代や下の世話も大変だけどな! はっはっは!」
「仕留めるとすれば、留めはどうするんですか? やっぱり子飼いの魔獣に?」
ロイも質問。
「そういう時もあるが、大体は俺やラリが急所を突くな」
「最後の力で反撃とか、そんな危険は?」
「もちろんあるよ。だからまずはこれを使うんだよ」
ラリがポーチから一本の薬瓶を取り出した。
「弱った魔獣に目掛けてこの瓶を……」
そう言いながらラリは親指で瓶のふたを弾き飛ばし、焚火に放り込んだ。
ジュバ!
瓶の中身が火に振りかかり、一気に蒸発して白い蒸気が煙幕の様に吹き上がって龍海たちに迫って来た。
――え!?
ここで実演するか? そう思った龍海はマティたちを見た。
すると二人は布で口を押さえ、体を地に伏せていた。
――これは!
「ガス!」
龍海は持っていた魔石を放り出し、反射的に叫んだ。
演習中、何度か挿入された状況、BC兵器による攻撃だ。
嗅覚・目視で空気中の異常を察知したものは大声で「ガス!」と叫び周りに知らせる。
その声が響いたら全員復唱・伝達しながら目を閉じ呼吸を止め、防護マスクを取り出し、遅くとも8秒以内にそれを装着する。
演習であれば必ず一回は行われる訓練だ。
しかし龍海は、この異世界ではBC兵器に対する備えは全く考慮に入れていなかった。
――甘かった……
と、後悔しても後の祭り。
防護マスク再現も間に合わず、龍海は急激な眠気に襲われた。
「こいつで魔獣の動きを止めてから止めを刺すってわけさ。魔獣相手にゃ、もっと大量に振り撒くんだがな」
全身の力が抜けていく。他の三人もバタバタと倒れていくのが音で分かる。
訓練通りすぐに呼吸を止めて目も閉じた龍海だったが、最初に少し吸ってしまった分だけで手足に力が入らなくなってきてしまった。
「へぇ、こいつ反応いいじゃん? 目の前で薬ぶちまけられて、すぐ息止めるとかさぁ。でも!」
ドカ!
「グフ!」
龍海は腹部にラリの蹴りを喰らった。
堪え切れず息を吐き出した龍海は、ガスを一気に吸い込んでしまった。急激に意識が閉じていく。
バタ……
龍海はそのまま意識を失った。
「意外とあっさりだったな~。ホントにこいつらがあの大熊倒したんかな?」
「やったのは多分、用足しに行ってるあの女だ。少しテイムスキルで伺ってみたが、あの女の魔力は底知れねぇほど強かったからな……よし、そろそろいいだろ」
マティは口を覆っていた布を顔から放した。その布はそこそこ分厚く、それは中和剤でも仕込んで防護マスクと同じ効果を持たせているからだろう。
奴は続いて何やら念を込めて焚火に手を当てると、漂っていたガスは側から吹き飛んで行った。この男は風魔法も使えるらしい。
二人は龍海の傍に転がる大熊の魔石を拾い上げて、ついでに懐から路銀、雑嚢から牙もも抜き出した。
この二人、絵に描いたような盗人であった。
「この娘っこどうする?」
「もちろん連れてくさ。若いし奴隷屋に売れば良い値になるだろう。馬車に乗せたら手足縛っとけ」
「わかった」
おまけに人さらい、人身売買とフルコースである。
「あの女が戻るまでにずらかるぞ。馬車の用意しろ」
マティは洋子とイーミュウを両腕に抱えるとラリに指示を出した。
「おい! おい、タツミ! 起きんか!」
ペチ! ペチ! パチ!
「しょうがないの~。たしかポーションが雑嚢に……お、有った有った」
龍海の雑嚢からポーションを取り出したカレンは、龍海の頭を抱えるとポーションを口に近づけて口に含ませた。
「ブフォ! カハ!」
口内には入ったものの、どうやらむせって吐き出してしまったようだ。ポーションは飲まれてはいない。
「飲まんか……ううむ、かくなる上は……」
カレンはポーションを口に含むと、自分の口を龍海の口に重ねて口移しに飲ませようと……
などと色っぽい方法など全く思いもしないのか、カレンは首を支点に頭部を下げて気道を開けた姿勢で、ポーション全量を龍海の鼻に流し込み始めた。
「ガハー! ゲヴォ! グベ! ゴほ! ごほ! ごほ!」
噎せ返りまくる龍海。
しかし意識は取り戻したようだ。とは言え、よい子は真似をしない様に!
「気が付いたか? 全く、下手打ちよってからに」
「く……鼻痛ぇ……頭痛ぇ……」
頭がジンジンする。カレンの言葉が耳に届くたびに痛覚が刺激される。
熱中症になりかけた時の、血管が脈打つたびに痛みが響く時と同様の頭痛だ。
だが、ポーションが効き始めたのか、段々と楽になっていく。
「え、あれ? おれ、一体どうして……」
「どうしたも何も、我が戻ってきたら二人ともここで伸びておったんじゃ。ほれ、小僧」
カレンはロイにも同様にポーションを鼻に流し込み、ロイは「ごばかはしゃー!」と意味不明な叫び声を上げながら目を覚ました。
「何が一体……いや、そうだ! ガス!?」
痺れる頭から徐々に記憶をまさぐる龍海。
あのテイマーたちから、火で揮発する種類のガス攻撃を喰らったのだった。
自分の身体を自己診断。ガスの影響以外、外傷等は無さそうだ。
だが持っていた大黒熊の魔石が無い。更に雑嚢内に戻した牙、懐の路銀も消えている。
「あ、あれ? じ、自分は……」
頭を押さえながら起き上がるロイ。辺りをキョロキョロと見渡す。
「え? あの二人は……イーミュウ! イーミュウは!」
イーミュウの姿が見えず声を荒げるロイ。
同じく龍海も、洋子が居ないことに気付く。
二人が座っていたところには、散弾銃と小銃こそそのままであったが、両名とも姿も影も無い。
「カレン!」
請う様にカレンに問いかける龍海。しかしカレンは軽く首を振った。
「我が戻ってきた時は二人も、あのハンター共も居らなんだわ」
「くっ!」
ここで龍海は完全に自覚した。