状況の人、テイマーと会う1
「先の戦では最も激戦区となった地域の種族が、一枚岩でないと言うのも意外な気もするがな」
「勿論その勢力も、よもや売国奴の集団と言う事もありますまい。通じる事が可能であったとしても、簡単に我が国の隷下に入る事は良しとはしませんでしょう」
「上手く動かせて、後方を混乱させる事が出来れば上出来……期待値としてはその程度が妥当かと?」
「うむ。なんとか魔導国を併呑し、アンドロウム・ポータリア両国と比肩する力を得れば今後の、我が国の安泰にも希望が持てる。それを余の国王としての最後の職務とし、王太子に王位を譲って、あとは気楽に我が祖国を眺めながらの隠居生活に入りたいものよの」
「そんな。陛下もますますご健勝あらせられますし、ご隠居遊ばれるにはまだ……」
「老いぼれには有り難い言葉じゃがアリータよ、余も来年には60の大台に入る。この九越えを新生アデリア王国誕生で飾る事が出来ればもう、余のやり残した事はない。まだ、頭や足腰のしっかりしておるうちに身を引き、若手の育成や相談の手助けをするのが最もよいと考えておるのだがの」
「……陛下の祖国への深き慈愛、このレベッカ・ヒューイット、心の底から感服いたしております!」
「そうですね。我らは陛下の御意に沿えますよう、新生アデリア王国誕生を目指し、全力で事に当たる所存にございますわ」
そういうとアリータとレベッカは両手を膝に付けて深く低頭した。
それに笑顔で答えたピエトは、新たに淹れられた茶を口しようとカップを口に寄せた。
と、ここで、
「時に……これは少々先の話に過ぎるのであるが……」
ピエトは別の話題を持ち出した。
「事が首尾よく進み、我らの悲願通りになった暁には、件の勇者……異世界人は元の世界に戻る気でおるのであろうな?」
ピエトの危惧に、アリータもレベッカも眉にしわを寄せた。
「計画通り魔導国を併呑できても、それは彼らの人並外れた能力によって成就されることであろう事は疑いはない。故に、その戦勝は彼らの存在があったればこそ、と考える列国は多かろう。もしも彼らが故郷へ帰還を果たし、それが他国に知られれば……二国が侵攻を決意する可能性は無視は出来まい」
「それは……それには対策は必須であるとは考えます。一番の良策は彼らを我が国にとどめ置く事……」
「彼らを足止めするには、最悪、召喚魔法陣を消去して帰還を諦めさせるか……」
「それはかなりの悪手じゃな、レベッカよ。約定を違えられ、怒れる勇者が反旗を振りかざせば我らに押える力はあるまい?」
「せめて、一人だけでも留めたいものですわ……勇者はアデリアに有り、と列国に思わせるべく」
「うむ、そこでな。勇者のサイガはともかく、シノノメの方は……彼は確か、あの歳で独り身だそうじゃな? では彼には王族として我が一族に迎え入れる、と言う褒賞を与えてはどうかの?」
「彼を王族に!?」
「そ、それはまた……」
「末娘のアマリア。あれにはまだ輿入れ先が決まっとらん。アマリアと結婚させて、王太子ウエット・ミンス・チェイスターから連なる王位継承権も与えると持ち掛ければ心が動かんかな?」
「いやしかし、本人曰く彼は一介の庶民だと! ですので、他の貴族がどう思うか……」
「魔導国併呑最大の功績を上げた者であれば、出自がどうあれ反対する者も居るまい?」
「確かに……ですが王位継承権までは……」
「その辺りは交渉材料に過ぎんよ。あくまで優先はウエットの直系じゃ」
「……陛下の御心、御覚悟のほど、確かに賜りました。もうわたくしからは何も言う事はありません……」
「し、しかしながら……」
「うん? 治安隊長、まだ何か懸念があるかね?」
「お言葉ながら……王女殿下ご当人がどう思われるか。確かシノノメは32歳と聞き及んでおります。ですがアマリア王女殿下は……先月12歳になられたばかりですからねぇ」
♦
場所は変わって西方、国境近くの野営地。
近い将来”ロリコン勇者”の称号を背負わされそうになっている事など露ほども知り得ない龍海の緊張感は、迫りくる大型魔獣の気配に、最高に張り詰めていた。
3m越えの大黒熊を仕留めた今は、通常の魔獣であればそれほど身構える事も無いのだが、異種族の魔獣が行動を共にしているだけでも異質なうえに、しかも馬車隊とも同行と言う、この世界の住人であるロイやイーミュウにとっても異様な状況との事。
「しかし歩みに乱れは感じられんな。こちらの火は既に視認しておろうに」
確かに、こちらが気付いてからの彼の動きに変容は認められなかった。全く同じペースで近寄って来る。
グフゥ……グフォォ……
魔獣らの吐息が聞こえるまでになってきた。ついで龍海らのキャンプの火にその姿が浮かび上がって来る。
「ねえシノさん?」
洋子が掠れた小声で聞いてきた。
「ん? 何だ、洋子?」
「近寄ってくる連中、敵意とか殺気、感じる?」
言われて龍海は索敵+を増強、空気の流れまで感じ取ってみる。
「……魔獣の呼吸は普通だよな」
「襲う気ならとっくにその気になってるはずだけど……」
「確かに察知してから相手の動きや気配は変わらないな」
敵意を感じない魔獣と、それに同行する謎の馬車の様子も去ることながら、それを冷静に観察する洋子に対して龍海は正直、舌を巻いていた。
オデ市での一件でも感じていた事ではあるが、勇者として覚醒・成長している現状は素直に喜ばしい事である。
だが、
――日本に戻って、普通のJKに戻れるのか?
そう言った彼女への、危惧に近い思いが擡げているのも確かであった。
まあ、それは今は後回し。直近の事案に集中すべし。
やがて馬車は野営地の端に辿り着いて来た。
ここまで近づくと、その馬車隊の姿がはっきり見えてくる。
ところが……
――馬はどこだ?
龍海はそんな言葉が頭に浮かんだ。やって来た馬車を引いていたのは馬では無く件の魔獣、大黒熊と魔狂牛だったからだ。
魔獣は馬車と同行しているのではなく、馬の代わりに馬車を引いているのだ。
――あ……
龍海はロンドの町で聞いていた、”魔獣使い”の話を今更の様に思い出した。と言う事は、あの馬車の連中は?
「……誰か降りてきますよ」
ロイが小声で注進。
言われて龍海も注視。ロイの言った通り、魔狂牛に引かれた馬車(?)から一人の男が降りてきた。
図体は結構デカい。身長は2m近くあるだろう。
彼はパッと見、丸腰のようだ。
筋肉質な上半身を誇る様に、若干脇を開けながら振る両の手には得物らしいものは携えられてはいなさそうだ。