状況の人、奮闘中4
「大黒熊と魔狂牛が一緒ですって? そんな馬鹿な!」
有り得ない状況を説明され、思わず声を荒げるロイ。
「魔獣同士は行動を共にしないのが常……だっけか、ロイ?」
「はい、同種ならまだしも、異種類の魔獣が連携するなんてことは!」
龍海はM82を引き寄せた。洋子やロイらも、それぞれに得物に手をかける。
――手入れしたばっかりなのによ……
龍海は頭の中で、ほんのちょっとボヤいた。
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アデリア王国王都アウロアの中心部に有る王城は、初代城主の名前ノ―マリオから取られ、ノーマ城と呼ばれていた。
そのノーマ城内の茶室で宰相アリータと茶をたしなむ現国王、ピエト・スミス・チェイスター3世は、献上された新茶の豊かな香り・味わいに思わず頬が緩んだ。
「今年の新茶は一段と香りが……うむ、正に芳香と言えような……」
カップを置き、半分以上が白髪になった髭に付いた茶をナプキンで押える様に拭き取る。
ピエトとしては本音ではこの髭、実に鬱陶しいと思っていた。しかしながらアデリアや周辺国を含む界隈では高位な男性は髭を蓄える風習があり、威厳の象徴として蓄えさせられている、と言って良かった。
一度、王太子時代に思い切って剃り落とした事が有り、実に爽快な気分になったのであるが、執事をはじめ多数の部下に「髭をお戻しくださいませ!」と涙ながらに懇願され肩を竦めた思い出がある。
「仰せの通りにございますわ。今年は昨今の中では最高の出来ですね」
「其方が進めておる、例の計画……この茶の様な出来栄えであればよいのであるがな」
「は、陛下の御意に沿えますよう全力を」
「彼の者たちは、今はどうしておるのか?」
「レベッカ?」
「はは!」
アリータに促され、同席していたレベッカが二人の前に進み、ピエトに対し龍海たち一行の行動について説明を始めた。
従者に地図を掲示させ、アープの街へ向かったところから、その後オデ市に赴いて、現在はロンドの街より国境に近づいて活動中であることを、簡易過ぎず詳細に過ぎず王に理解し易いように努めてレベッカは説明した。
「以上の様に、勇者一行の修練を兼ねた行軍は一定の成果を上げながら進められております次第です」
「今のところは順調……そう判断してよいのかな?」
「サイガ卿の、勇者としての才能の開花に関しては順調と言えます。しかしながら、即戦力を期待していた当初の計画とは異なり、覚醒を待つ時間が必要となった分は懸念要因と言わざるを得ません。魔導国へ攻め入るに十分な戦力となるまでの時間はまだ不明です」
「ふむ……」
「実際に初の実戦となったポリシック領での盗賊団討伐は、事実上の初陣であるにもかかわらず盗賊団を壊滅に追いやるなど、目覚ましい戦果をあげております。ですが、それ故に『アデリアの新鋭冒険者が手柄を上げた』と噂され、隣国ポータリアの情報網を刺激すると言う結果も生みました」
「此度の勇者召喚、やはり他国に感付かれておるか?」
「残念ながら城下はもちろん、城内にもそれらしい影が存在することは否定できません」
「間諜狩りについてはレベッカも懸命に対応しておりますが、やみくもに狩ればいいと言う訳でもなく……」
「召喚失敗説はシノノメ……だったか? 彼の提案でそれを逆に利用したのであったな」
「はい、情報漏洩のルートさえ押さえれば、そのようなディスインフォメーションで対策を打つ事も出来ます。片っ端から刈り取ると新たなルートを構築され、それを一から解明せねばならないと言うイタチごっこになってしまいます」
「ですので、北方での出来事が勇者一行の所業であることを隠蔽するため、我が親衛隊の選抜兵と腕利きの冒険者を雇い、同人数・同編成でプロフィット領を中心に活動させ、ポータリアの耳目をそちらに向けさせております」
「目付のロイ・トライデント軍曹の報告によれば、ヨウコ・サイガの成長ぶりは我が国の魔導士訓練校生などでは見られないほどの速度であると……」
「また、従者のシノノメも、サイガほどでは無いにしろ相当な魔力を持ち、その創造系魔法による異世界の兵器を使用しての戦法は、来たる対魔導国戦争において、戦力としては大いに期待できると報告して来ております」
「そのトライデントとやらの目が曇っていなければ、即戦力との当てが外れた当初の計画修正は最小限に抑えられると考えられるのう」
「そこに期待したいところであります、国王陛下」
一応の説明を終えて、レベッカの従者は地図を片付け後方に下がった。
「ご苦労であった治安隊長。まあ、其方も座って新茶を味わっていくがよい」
「は! 有りがたき幸せにございます!」
茶の相伴に預かったレベッカは深く低頭すると、専従侍女に促されて席に着いた。手際の良さはもちろん、その中でも品を感じさせる所作を心得た侍女の淹れた茶を一口飲み、鼻から喉から新茶の香りをじっくりと味わう。
この計画が発動してからは、計画の長であり責任者であるアリータの副官として同行することが多く、同時に国王に拝謁する機会も増えていた。
王室親衛隊の幹部将校とは言え、本来なら国王の茶席に同席するなどそうそう有り得ないことであり、最初は当然の如く味だの香りだの堪能する余裕なぞ無かったが、最近は随分と慣れて来たものであった。
「そういえば勇者たちは、オデ市でも戦功を上げたのだったな?」
茶請の焼き菓子をつまみながら、ピエトは確認する様に聞いた。
「はい、シーエス側の手による放火テロを未然に防いだ事案ですね?」
「前回の報告では、些か変わった顛末であった記憶があるが……その後は何か続報があったかね?」
「仰せの通り、シノノメの判断でテロ犯を放免してしまいましたから……」
「親衛隊宛に送られたトライデント軍曹からの一次報告を受けた時は、正気を疑った次第でございますが……」
「わたくしもレベッカの報告を耳にしたときは同様に首を傾げましたが、その後諜報部に後追いさせましたところ、興味深い情報が入って来まして」
「我が方に有利であれば、僥倖なのだがな」
「今のところ即断は禁物ですが、このテロ犯は主戦派とは別口である疑いが浮上しておりまして、次第によっては陛下のお言葉に近い状況も有り得るかと……」
「わが国でも、主戦派と反戦派の睨み合いはございますが、戦意旺盛なウルフ族の領地内でそんな動きがある事は、我が方の益になる可能性も潜んでおります」
「恐らく、最も主戦力でなるであろうウルフ族の中に、我らと通じる可能性のある勢力があればこれを利用しない手は有りますまい」
うんうん、と頷くピエト。
続いて侍女に茶のお代わりを所望した。