状況の人、検討する5
「塩気も香辛料も控えめで、ヴァンパイア族好みの味付けであったぞぅ~? どうじゃ、今度一緒に行かぬか?」
「陛下! ですからご自重を! 確かに先代魔導王さまも身分を隠して市井の様子を窺い治政に反映されては居られましたし、その御心を拒む気は毛頭、有りませんが、対外的な脅威もさることながら、国内においても懸案事項は日増しに……」
「……何か掴めたか?」
お肉談義に笑っていたフェアーライトの目が、瞬時に魔導王モードに変わった。
「はい。最近、オデ市に於いて我が方に依るとされるテロ未遂事件が発覚した件ですが、どうやら軍や一部主戦活動家等の仕業ではないとの見方が強く……」
「つまり、どういう事か? アデリアの自作自演か?」
「はぁ、その可能性もありますが、そうであったとしても、どうも何やら半端と言いますか……」
「煮え切らんな? 簡潔に事実を申せ」
「我が方の勢力にせよ、連中の自演であるにせよ、とにかく半端なのです。開戦気運の高まりが目的ならば、標的となった倉庫の見張り番の殺害なども躊躇は無かったのではないかと?」
「ふむ……」
「しかるに、攻める方、受ける方にも軽傷者は出ておりますが、死者は居りません。見張り番の言から、襲ってきたのは確かにウルフ族やオークらの混成だったとの証言は有ります。現地連絡員が、それらがアデリアの冒険者によって制圧されたと、報告を上げて来ております」
「それもオデ側が言っているだけでは無いのか? やはり連中の自演くさいな」
「ですが、それも何か半端なのです。そんな程度の自演では当然のことながら開戦の気運が高まるどころか、双方の主戦派をモヤモヤとさせるだけです。テロ、と言う行為にも拘らず、目的が見えてこないのです」
「ふむ、確かに」
「結果としてオデ市駐屯軍は物資倉庫等の防備を増強し、シーエスはそれに対抗、及び報復に備えて、部隊の配置・編成を兵站防御重視への変更を余儀無くされております」
「……開戦・侵攻とは、真逆の結果になってしまったか。間抜けな話だな」
「……」
「ん、リバァよ、なにか言いたそうだが?」
フェアーライトは、リバァの目がそれとなく落ち着かない動きをしていることに気付いた。
「あ、いえ、その……」
「構わぬ、申せ」
戸惑うリバァにフェアーライトが催促。
リバァは一瞬怯むが、フェアーライトに軽く笑みを浮かべて、更に促すように首を傾けられると、一つ深呼吸をして話し始めた。
「私の愚考、とも思えるのですが今回の結果、これが……」
「それが?」
「これが本来の狙い通りだったと仮定したら、どんな連中がどんな思惑で、と……あ、いえ、本当に思いつき程度なんですが」
「本来の結果とな? いやしかし、主戦派どもならずとも、余も何かモヤモヤする結果でしか、無い、と……」
ここまで言うとフェアーライトはついと、片眉を吊り上げた。
「陛下?」
「システよ、先ほどの現地連絡員の定期報告、直近の物はあるか? オデ市の市井では、我が方に対する機運は如何な感じかな?」
「あ、はい。リバァ? 先週の報告書は?」
「は、はい、確かこの中に……有りました、これです」
リバァに預けていた報告書を受け取り、急いで目を通すシステ。ある程度は憶えているが、やはり最終的な確認は必要と考えた。
報告書の内容はシステの記憶通りだった。
「主戦派の勢いが僅かに強く感じられるものの、非戦派勢力も相当数いるようです。特に非戦派は若い者が中心だとか……」
「ふむ、狼たちは年配の武勇伝を聞かされて育ったせいか、主戦派はむしろ若い者が多い傾向にあるのにな」
「武門を尊ぶ彼らです。自分も武勲を立てて誇りたい、と言う気持ちはわからなくもありませんが、男手不足になった後方で、家事・育児に加えて力仕事も回される女たちの身にもなってほしいものですね」
「そうだな、男共ももう少し奥を労って……」
「……陛下?」
フェアーライトは再び眉を吊り上げると今度は眼も閉じて、眉間に右手人差し指を当てて何やら思考し始めた。
周りの空気がいくらか重くなった。
フェアーライトの気がそう感じさせるのだろうか?
システとリバァは互いに目を合わせ、魔導王に声も掛けられず、彼女からの発言を待つしかない状況を確認し合った。
――陛下の中で、何かが結ばれそうなのか……
待っていた時間はほんの数十秒程度であっただろう。
しかし二人にはずいぶん長く感じてしまう時間だった。
何か余計に老けてしまったかのような錯覚さえ感じる……と言うと言いすぎだろうか?
「システよ……」
「は、はい!」
魔導王が口を開いた。
「先だってのテロを制圧したと言う冒険者とやらは、特定はできておるのか?」
「あ、はい。今回の件、実働は3人でしたが実際は、最近流れてきた5人組のパーティだそうです」
「うむ。あと、そのテロを画策したのが証言通りに我が方のウルフやオークだと仮定して、そいつららしき人材は浮かびそうか? 軍や過激派どもの中に、似たような計画が立案されていたとか噂されていたとか?」
「軍による隠密テロであれば、焼討ちには失敗したわけで、その反動と申しますか、動揺の様なものがあっても良さそうではありますが……リバァ? お前は何か聞いていないか? 小耳に挿んだ程度でもいいぞ?」
「そうですねぇ……」
問われてリバァは口に右こぶしを当て、記憶をまさぐりながら答える。
「情報課から今回のテロ未遂の情報を受け取った時ですが、妙な顔をしておりました。軍部が主導したのなら、今回の結果は黒星なわけですから不機嫌な空気があってもおかしくないのに、そのような雰囲気や、悪感情等は感じられなかったかと……」
「実行犯に対しても失敗の責任・懲罰は必至なはず。そう言った雰囲気が無いのであれば、少なくとも軍や軍の息がかかった過激派の関与は無いと言う見方も注視すべきだな」
「だとしますと……ますます訳が分かりません。アデリアの自演でなければいったい誰が……いえ、どの勢力が?」
「余の見る限り、反戦派勢力……例えばハスク公爵はウルフの中でも数少ないハト派だが、自らも主戦派のシーエスを諫めるような事はしてはおらん。余の草からも、裏で動きを見せるようなそぶりも報告されてはいないしな」
「我が方の工作か、アデリアの自演かは判断しかねますが、制圧したと言う5人組は特定できると思われますし、まずこちらから洗ってみてはいかがでしょうか?」
「遠回りに見えてそれが一番かな? もしも自演説が覆れば我が方の仕掛け人は連中が存じておろう」
「連絡員に指令を出します。件の5人組の素性を調査する様に」
「うむ、余も草を送ってみる。もしも我が方に、余らの目に見えていない反主流の勢力が人知れず築かれているとすれば……」
「まさか我が国に、アデリアと通じている勢力が?」
「それは早計よ、リバァ。あくまで我が国の内部だけの反戦派かもしれない」
「余も戦など御免なのだが……座して死を選ぶわけにはいかんでな。それらの勢力が戦を避けようとするあまり、売国に等しい行為を画策するならば、それは摘んでしまわなければならん」
「はい、この国は我ら魔族の最後の砦。これ以上は一歩たりとも譲るわけには」
「ああ、しかし最も優先すべきは民の平穏だ。民の安寧なくして国の安寧などあり得んからな」
「心して!」
「ところでシステよ?」
「はい?」
「明後日の夕刻当り、エームスの南市場、行ってみんか? あのバイソン、ほんに絶品なのだがな? 余も、もう一度食したいのだ!」
「もう、陛下ったら! ……4時半からなら時間が取れますわ……」
――ホント、血の味に弱いんだから、ヴァンパイアは~!
傍で聞いていたリバァは軽く頭痛を覚えた。
システらが不在時に何かあれば、それに対処させられるのは彼女であるし、さもありなんである。