状況の人、冤罪を被る2
――そんな。何が一体どうなった? あ……
龍海は気付いた。
気付いたと言っても、この女子高生に関してでは無い。周りのヒソヒソ話に、だ。
「なに? 痴話喧嘩?」
「そうかな? 歳離れてそうだけど?」
「妙な服着てるな? てか責任取れとかなんぞ?」
「そりゃ若い娘が男にそんな風に詰め寄るのは……アレ、でしょう。たぶんあの子、おなかの中に……」
「ああ、それで逃げ出したってか?」
「外道だな、あの野郎!」
「女の敵だわ!」
どうやら責任と言う言葉一つで龍海はとんでもない冤罪を被りそうな雰囲気になっているようだ。
そっちの責任に関しては、一切、全く、完全に、彼女以外のこの世の全女性、元の世界の女性も、こちらの世界の女性を含めても、じぇ~んじぇん身に覚えの無い、天下無敵の童貞野郎なのだが。
とは言え、こういう時は、例え非が有ろうとも泣いている女側の方が擁護されてしまうのが世の常と言うものだ。
と、前世の理不尽な世相はともかく、助けたはずのこの娘が今、目の前にいるのは純然たる事実。
このまま放って逃げる訳にもいくまい。
龍海は意を決した。
「ちょっと君、ここじゃなくて場所を変えよう! 一緒に来て!」
「な、何よいきなり! どこへ連れて行こうって言うのよ!」
「え? いや、だって責任取れって言ってただろ? それにはちゃんと話聞かなきゃ!」
「ちょ……まさか今度こそあたしを始末しようと!? いや! 近寄らないで!」
――いや責任取るのか取らんでいいのかどっちだよ!? って……あああ
龍海はさらに気付いた。周りの衆人のヘイトが、自分に一極集中して向けられていることに。
鋭く厳しい目をした群衆が眉間にしわを寄せ、口元をひん曲げて龍海を睨んでいる。それはどんな感染症でも敵わないであろう速度で集まった人々に広がって行った。
いざとなったら加勢しようと思っているのか腕まくりを始めたマッチョオヤジや、買い物帰りだろうか? 大根の様な根菜を握って左手ポンポンし始めるおばちゃんまでいる。
――ここにいてはいけない!
現在地に留まる危険性を直感した龍海は女子高生の手を掴んだ。掴んでそのまま走り出した。
「何するのよ!? や! いやいや! 離して!」
「だから責任取れって言ったのそっちだろ! とにかく来いよ!」
憎悪にまみれた衆人注視の中、とにかくそこから離れようと「ちゃんと責任取れよクソ野郎!」などと、あちこちからの罵声を背中に受けながら、龍海は嫌がる女子高生を拉致同然に連れ去った。
♦
馬車内で震えてこそいないが、ようやく美少女登場である。
いや、美少女と手放しで断言するには個人の感想要素が高そうではあるし、襲い掛かる魔獣や盗賊を成敗して、キャ~、素敵! と御都合主義丸出しで、いきなり惚れられる定番シチュなどとは全く以て程遠く、挙句に天下の往来で人殺し呼ばわりまでされて散々な事この上ない。しかしまあ、その辺は今のところ棚に上げておいて、現状の把握に努めなければならない。
「結局、君も死んじゃったのか……」
激昂する彼女をなんとか落ち着かせてトレドに紹介された宿屋の二階の部屋に転がり込んだ龍海は、ようやく涙が止まった女子高生――雑賀洋子に聞いてみた。
「そうよ、あんたに突き飛ばされてね!」
龍海の最後に残る記憶。自分が跳ねられる寸前、あの猫と共に対向車線に横たわる彼女の姿。
助けられた……と思ったのは実は龍海の早合点で、そのあと彼女も対向車線で轢かれてしまった……と、まあそう言う事らしい。なんてこった。
「……でもさあ、俺が突き飛ばさなくても結局はあのトラックに跳ねられてたし……」
自分はともかく、既に飛び出していた彼女はどのみち跳ねられていたわけで、それをもって自分のせいにされるのは如何なものか?
龍海ならずとも、そこは言いたいところであろう。
しかし洋子。
「トラックの方がマシだったわよ! もしかしたら助かる可能性もあったかもしれない! あたしを轢いた車、なんだか知ってる!? クレーン車よ、クレーン車! しかも10tクレーン車! 車両重量は13tを超えるわ! あんたを跳ねたトラックはショートの2t車だったじゃない! 空重量なら3tくらいじゃん! あたしはあんたより体重軽いし、もしかしたら一命をとりとめたかも!」
「いや、そんなうまくいくかぁ!?」
「クレーン車よりマシだって! あたしの最期、分かってんの!? あの、あたしの身長よりでっかいタイヤにおなか轢かれたのよ!? おなか轢きつぶされて意識無くなる寸前に感じたのは、口から、鼻から、耳から、潰された内臓が噴き出すような感覚よ! 目の玉だってきっと飛び出してたわ! わかる!? 完全に即死確定よ!」
「う……」
その惨状を想像すると、さすがに龍海も気分が悪くなってくる。
しかし龍海は言ったもんだ。
「そんじゃあ、やっぱ下半身からもしこたま……ぶげ!」
ガンッ!
龍海の顔に激痛。
……ゴトッ
手で顔を押さえながら蹲ると、足元に落ちるスマホが目に入った。
これを投げつけられたか。
死ぬと筋力が無くなって下も垂れ流し、とか聞いていた事が頭を過り、つい口にしてしまったが、うら若き乙女に対して言っていい台詞では無かった。
「すまん、言わんでもいいこと言っちまった。でもこんな乱暴に扱っちゃあ壊れちゃうぞ?」
そう言うと龍海は、足元のスマホを拾って洋子に差し出した。
「いいわよ、どうせもう使えないんだし……」
なるほど、こんな異世界ではスマホなど、有っても何も受信出来んし送信も無駄だわな……。
でも電源さえ何とかすれば、記録した音楽再生や画像表示等は出来そうだが……かえってホームシックを拗らせるだけか?
――しかし制服と言い、このスマホと言い、よく持ち込めたものだな?
「話しを戻そう。じゃあ君は今まで一人でこの町に?」
「違うわよ。あたしは気が付いたらお城にいたのよ」
「城?」
「多分、王様とか偉い貴族とかだと思うけど、すごく広くて天井がやたらと高い部屋で20人くらいだったかな? 中世が舞台の洋画に出て来そうな恰好の人たちに囲まれててさ。いきなり『成功だ!』とか『勇者様が来て下さった!』とか今度は深夜アニメみたいなセリフが飛び交いだして……」
「君は召喚されたのか? あ……」
そういや女神さまが、召喚要請が受託されたとか言ってたが……彼女の事だったのか?
だとすれば彼女にはマジで勇者の素質なり属性なりがあって対象にされたという事か?
「召喚される前に、天界には行かなかったのか?」
「天界? なによそれ? さっきも言ったけど気が付いたらお城だったわよ」
――ふ~む、召喚の場合と俺の様な転移とは過程が違うのかな? そうだ、確か鑑定スキルを+バージョンでオプションに入れていたはず……
龍海は鑑定スキルを起動して洋子をスキャンし始めた。眼に力を入れる――視点を一点に集中する感じで彼女を見据える。
「え? なによ。こっち、じっと見て」
「ごめん、動かないで。今、君の能力をスキャンしているんだ」
「スキャン? なにそれ……あ! 通販サイトにあった服が透けて見えるメガネみたいな!? やだ、見るなヘンタイ!」
「な! どこの通販サイト覗いてたんだよ、そんなインチキ商品売ってるとことか! そうじゃない、君の魔法属性とかを見ているんだよ!」
「あ、あたしの魔法属性?」