状況の人、検討する3
「ウエアウルフは職務に女が口を出すのは嫌がる傾向にはあるね」
そこまで聞いて洋子、
「男尊女卑な世相なの?」
と、ちょっくら不機嫌そうに。異世界とは頭ではわかっていても、日本での常識・慣習はまだまだ抜け切らないだろう。
「今の魔導国の宰相は、西南の山地の領主であるハウゼン家の、システ・ハウゼンって言うヴァンパイア族の女傑なんだけどね。北のポリシックと並んでハト派と言われてるんだよ。それもあってシーエスらとはソリが合ってないそうだよ」
「へぇ、そっちも女の人が宰相なんだ。男尊女卑はウルフ族だけなのかしら?」
「表向きはそんな感じだけど、そうは言っても家ン中じゃ奥さまに頭、上がらない手合いも多かったりするんだけどね、アハ!」
――天秤は釣り合ってるわけか……だとすると……
「もしかすると今回の件、貴族のご婦人方が関与している可能性も?」
「え? 貴族の奥さま方がそんな策略と言うか、策謀みたいなことするの、シノさん?」
「内助の功が国を動かす、なんて事は歴史の中じゃそれほど珍しくないさ。お屋敷の奥で、のほほんとお茶や踊りを楽しんでるだけじゃないと思うけどね」
「ふふーん、ホント、シノサンの旦那って何者なんだろうね? 一般庶民は貴族の奥方やお嬢さんはその、のほほんと贅沢してる連中だ、くらいにしか思ってないよ?」
――シノサンの旦那て……妙な憶え方されたな
「こないだも言ったように、俺は生まれも育ちも絵に描いたような庶民だよ?」
「フフッ。そういう事にしとこか、今んとこ。で、さっきの答えとしては『そんな空気もあり得る』くらいかな?」
「その先は別料金かい?」
「今回でも結構踏み込んでるつもりだよ? しかも件の貴族ってのは公爵や侯爵級の上位貴族なんだ。その奥に探りを入れるとなると……」
「大銀貨五枚」
そう言いながら龍海は、さらなる調査以来の報酬としてテーブル上に銀貨を置いた。
翻ってイノミナは渋い顔。
「え~、それじゃあティーグと大して変わんないじゃん! 相手が相手なんだし、そりゃないよ」
「プラス金貨一枚……では?」
「金貨!? マジで!?」
金貨と聞いて途端に目の色を変えるイノミナ。前回の3倍の報酬となれば受けない理由はない。正に現金。
「乗った! やるよ、やる!」
「おっけ~。じゃあ銀貨は前金で持って行きな」
「いいの!? やった! 毎度~!」
すっかりご満悦のイノミナ。しかしロイはちょっと気掛かり。
「シノノメ卿、少々気前が良すぎませんか?」
「情報は戦の趨勢を決める重要な要素さ。それに彼女が持って来たテロの情報、ティーグの情報も満足のいく中身だったしね、ケチりたくは無いな」
ロイが諫めるも、龍海はイノミナを信頼する方を選んだ。
「わーかってるねぇ旦那! でも、この仕事は時間かかるよ? あちこち潜入する事にもなりかねないしさ」
「この先、俺たちは中央部のロンドの町へ行くことになってる。その間、お互いの連絡はどうするのが良いかな?」
「オデ市の冒険者ギルド預かりで手紙を出してよ。一応、あたしもギルドに登録はされてるからさ」
「わかった。こちらも居場所の連絡は密にしよう」
「りょーかい! んじゃあ、あたしはこれで失礼するよ。大仕事の前に野暮用は片付けておきたいしね!」
そう言うとイノミナは、皿に残ったケーキのクリームをお下品にも舌でペロペロ舐めまくった後、席を立った。
このケーキ、洋子たちの街では結構有名な洋菓子店の品であり、洋子自身も友人と通っていたから有り難がる気持ちは良くわかる。
とは言え、人前で舌ペロをやってのけられると、さすがに洋子もドン引きであった。
狐っ子のエミくらいの年頃ならば、ケモ耳補正もあって可愛げもあるのだが、イノミナの場合は洋子にとっては既におばさんの範疇である。
と、ここで、
「あの、ちょっと!?」
ロイがイノミナを呼び止めた。
「わかっているとは思いますが、他者に聞かれても我々の情報を滅多矢鱈に吹聴しないように……そこには同意してくれますよね?」
問われてイノミナはちょいと怪訝な顔を浮かべるも、
「これでも情報屋としてはもちろん、商売の仁義も心得てるつもりだよ? そりゃ聞かれて頑なに拒否したら却って怪しまれるから、そうならない程度の安い情報は流すけど、お得意さんであるあんたらの足を引っ張るような事はしないさ。そこは信じてよ」
キッチリと自分の矜持を主張。
ロイもそれを聞いて一息つく。
「……分かって頂けて居る様で安心しました。調査、よろしくお願いします」
「ああ、じゃあね!」
イノミナは元気よく返事すると部屋を出て、ドアを閉める前にもう一度笑顔で手を振り「ごちそうさま~」と一言残して去って行った。
「ロイ?」
「あ、申し訳ありません、シノノメ卿! 出過ぎた真似を……」
「え? 何を謝ってんの? 違うよ違う。良く釘を刺してくれたなって礼を言おうと思ってたんだ」
「まあ、一応は確認すべき事ではあろうが、タツミ一人であれやこれや、くどくどと言っては角が立ちかねんし、良い判断であろうな」
「事に俺は考え方が、まだまだ元の世界の常識に縛られている。気付いた事が有ったら意見はどんどん言ってくれよな?」
ロイくん、パァッ!
自分の言動を龍海に認めて貰えたワケで、当然、嬉しさが込み上げてくる。
「あ、ありがとうございます! これからも卿の信頼に身も心も預けられるように精進します!」
――身は要らねー!
「で、シノさま。今後はお話の通り、中部のロンドへ?」
最後の一口を食べ終えたイーミューが口元を整えながら龍海に聞いてきた。
「ああ、こちらに来て最初に出会ったトレドやフォールスが仕事で行ってた国境に近い町だ。メージオーガが出没するって噂の、あの界隈を探ってみようと思う。イノミナの言う通りにティーグに何かバックが居るなら、このオデ市中心に俺たちへ探りを入れ始める可能性もある。いずれ相対するかもしれんが今は以前と同様、情報収集と錬成を続けるべきだろうし、連中の情報はイノミナに任せて俺たちは距離を置こうと思うんだ」
「ケイさんとの勝負は延期ね~」
「ん? やり合いたかったのかい?」
「う~ん、お互い笑って済ませちゃったけど、あたし、結局ルール破りしちゃったじゃない? なんか後味がね」
「勇者覚醒に従って思考が脳筋ぽくなってきた?」
洋子さん、さすがにムスッ! この程度で脳筋呼ばわりは面白いはずもあるまい。
もう少し言葉選べよ、と。