状況の人、検討する2
「そこそこ強いわね、舌が痺れそう……」
更にもう一杯。少量ではあったが、若干頬が火照ってくる。
「……なるほど、香りも味もクセがあるけど普通にお酒だわ。でも香りの凄さがもう……。なんだか薬草を煮詰めて丸薬にしたみたいな臭いだわ」
「はい、仲間とも『やっぱり薬膳酒かも』などと話していたんですが……」
「しかし、この香りと味はホント初めてね。魔導国産はもちろん、アデリア産でもこんな味わいのお酒は……」
「それどころか、帝国でも皇国でもこんな味と香りの酒など、話しにも聞いた事がありません。これほど強烈な個性があれば、たとえ薬膳酒であったにしても、噂くらいは……」
「呑兵衛達の酒の情報の速さは、早馬以上ですものね」
今一度、香りを試してみるティナ。三度目、四度目となると多少は慣れてきて眉の歪み方が緩くなってきた。
「……その三人、洗ってみた方がいいかしらね?」
「賛成です。彼奴等は何かが違います」
「これは預かるわ。その三人はこちらの手の者にも調べさせましょう。これはその手掛かりに……」
「はい……」
ティナは小瓶をハンカチーフに包んで胸元に納めた。
「お待たせいたしました!」
ティナがドレスの胸周りを整え終わると同時に声が聞こえた。
「茶葉を頂いてまいりました。すぐに用意いたしますので」
メディが茶葉の入った瓶を大事そうに抱えて、テラスに戻ってきたのだ。
「ご苦労さま、メディ。一緒に私の分もお代わりくださいな」
メディに見せるティナの笑顔は、最初の明るく朗らかな笑顔に戻っていた。
♦
テロ未遂事件から今日で13日。龍海たちは調査報告に来たイノミナを宿屋の自分達の部屋に招いていた。
「へ~。あのティーグって奴、ガチの軍人だったのか?」
「ふぉうふぉう。まふぁ、ふぁしふぁんなんふぁへでょね」
「もう、口の中ケーキいっぱいで喋らないの!」
洋子に諫められ、イノミナは口内満タンに詰め込まれたケーキを懸命に咀嚼し始めた。
夕食後でもあり、ティーグらの報告のアテ――デザートとして、生前、龍海も何度か利用した洋子もお勧めの洋菓子店のケーキを振る舞ったのである。
もぐ、もしゃ、うご、うご、ごっくん。ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。
「ぷは~。いや~、このケーキ、メッチャ美味しくてさあ。あたし、ホント甘味に目が無いからついついね~」
「ふんふん、ふぁもありふぁん、ふぁもありふぁん! ふぁれもふぉんふぉにふぇふぁふぉまふぁん」
(うんうん、さもありなん、さもありなん! 我も本当に手が止まらん)
「まっふぁふふぇふふぁ! ひのふぁまがふぁはれふはんみふぁぜっふぃんふぁかりふぇふふぁふぇ!」
(全くですわ! シノさまが出される甘味は絶品ばかりですわね!)
カレンもイーミュウも異世界の甘味に夢中である。しかしスィーツとは、かくも見事に女心を射止めるものであろうか。
「イーミュウ! もう、はしたないなぁ。あーあ、口の周りクリームベッタリじゃないか。ほらぁ、こっち向いて!」
ロイが呆れてナプキンでイーミューの口の周りを拭いてあげる。
――実際に、仲はいいのにねぇ~
手のかかるヤンチャな妹に世話焼きな兄、みたいな構図に何となくほっこりな龍海。自分は姉と仲が悪かったからちょっぴりウラヤマシス。
まあ、この二人は兄妹ではなく、立派な許婚同士なわけだが。
「ええと、どこまで話したっけ?」
「ティーグが正規兵だってとこだよ」
「そうそう。まだ、下士官なんだけどね。連隊長の侍従もやっているし、叩き上げ将校への若き候補ってとこかな?」
「なのに今回の計画の黒幕が軍ではないって、どういう事かしらね?」
「リーダーがエリート軍人、普通に考えて過激派や活動家を利用しての軍の隠密工作、てのが相場だもんな。だとすると……なあイノミナ? 軍や行政内に、言わば主流派以外の何か別勢力でもあるのかい?」
「ふん! ふぃふはふぉこなんふぁ……」
「おい!」
もしゃもしゃ、ごきゅん!
「あはは、ごめ~ん。いや、ホントに美味しくてさぁ、このケーキ。でまあ、さっきの話。実はシノサンの旦那の予想通りでさ、どうもその、反主流派貴族が動いてるみたいでね!」
「反主流派?」
洋子が首を傾げる。
「主流派は、まあ、いつぞやのバーバスみたいな血の気の荒い奴とか主戦派っつーか、そんな連中だろうけど……つまり反戦派勢力も、軍人を絡めて工作する程の数がいるってのか? 軍内部も割れているって事かい?」
「ま、どんな国でも一枚岩じゃないからね~」
「だとしたら余計に妙じゃありませんか? 主戦派では無く、反戦派がテロを仕掛けると言うのは……」
「普通に考えればロイの言う通りだわな。で、イノミナ。そんな中でティーグや、その上官らはどっち側なんだい?」
「調べた中では彼の所属する連隊の隊長は、どちらかと言えば穏健派かな? て言うか、軍が動くのは行政が決めて魔導王が裁可してからってのが正道だから、『自分は政治的思想は持たない』ってタイプだよ」
「なのにテロ仕掛けたの?」
「組織的では無く、ティーグのみが自分の判断で動いたって線も入れるべきだな」
「だね。因みに他の連中、オークやリザードマンたちには軍人は一人もいないんだ。魔導国の冒険者や傭兵崩れみたいだよ?」
「ティーグは軍以外とのコネクションとか、どうなんだろ?」
「彼は結構イケメンだし、貴族の女――年配の奥様連中に人気らしいよ~? 隊長のお供で舞踏会やら晩餐会やらに良く随伴してるから、いつのまにか、ね」
「シノさんの真逆かぁ」
「おい、それ口にしなきゃダメな事かぁ?」
龍海くん、思わずムスッ。
「でもイノミナさん、こんな短期間でよくそこまでお調べになりましたわね?」
「へっへっへ~、報酬弾んでもらったからねぇ、気合い入れたつもりだよ? お嬢さんも何かあれば一声掛けてちょうだいね!」
「んじゃあ、その報酬内で話して貰える事はあとどれくらいかな?」
「そうねぇ……中央でも地方でも、何人かのご婦人と一対一で会ってるって噂は有るねぇ。それが色っぽい話でも無さそうだったり」
「若いツバメってわけでは無いって事かや?」
「会うと言っても主の仕事中に席を外した時だけだし、時間にして精々二〇分かそこら。それも人目に付きやすい、テラスや庭園だからね~。エロいことする暇は無いんじゃない? 話し上手か聞き上手、って感じで愚痴のはけ口にされてるってのもワンチャン有るかもね?」
ウルフ族だけに?
「……奥様連中も為政に口出したり、何か画策したりもするのかな?」