状況の人、テロ防止に向かう5
更にそれは、高台で見張っているカレンでも、市の警衛隊に通報すべく詰所付近で待機しているイーミュウでもない。
「なんで連中、警衛に突き出さないんだよ! あたしの情報が当たってるのは分かったんだろ!? なら、あいつら警衛隊に引き渡して報奨金もらって、あたしにいくらか払うのが筋ってもんでしょうが!」
倉庫と倉庫の間から飛び出してきた女が、龍海らに猛然とブー垂れてきた。
「よ、イノミナ。この気配、やっぱおまえだったか?」
ブーイングの声主は、自称情報屋のイノミナだった。
付近にこっそり隠れて、事の次第を観察していたらしい。
「分け前目当てですか? だったらなぜ彼らがいる間に出て来なかったんです?」
「え? いや、だって……あ、あんたらにタレ込んだのがあたしだって、あいつらにバレちゃうじゃんか……」
――なるほど?
「あら、この人なの? シノさんが力ずくで部屋に引っ張り込んだ女って」
「おい、洋子! 言い方!」
「そうだよぉ。腕引っ掴んで無理やり連れ込まれて押し倒されてぇ」
「意図的に誤解させるような言動はやめい! ……あ~、それはまあ、ともかくだ。お前の情報は正しかったな。おかげで焼討ちは未然に防げたから、そこは感謝するよ。今頃イーミュウが、警衛隊に話してこちらに向かって来ているはずだし、状況の説明が終わったらちゃんと謝礼はするよ」
「マジで!? 毎度アリ!」
「んで、この情報ソースも教えてくれると嬉しいんだけどな~」
「そりゃ勘弁してよ。情報屋には情報屋の仁義ってモンがあるんだからね?」
「ん~、そっかぁ……じゃ、あのティーグって奴の情報なら、いくらだい?」
「ティーグ? さっきのウルフかい?」
龍海がイノミナにティーグの調査を依頼し始めた。
「卿、もしかしてですが、奴を解放したのは彼女に奴やその後ろを調べさせるため、だったんですね?」
連中を捕縛せず解放したことにロイは釈然としていない様子だった。しかしこれなら納得、とばかりに龍海に問いかけた。
「正~解。奴はなんて言うか、過激派っぽくないんだよな。もしもウラが有るなら警衛隊に突き出しても何も喋らないだろうし、なら国に帰して背景を探った方がいいかな? てな」
「そうかぁ、なるほどねぇ~。で、奴のどんな情報を?」
イノミナも乗ってきた。ティーグを解放した事で取り分が無くなるかと思いきや、瓢箪から駒。
「そうだねぇ。出自や略歴、現在の他のテロ活動との関連とか?」
「ん~……大銀貨4枚!」
「え!? 高くないですか? 庶民の一般家庭の家計、おおむね一月分ですよ? 身辺調査ならせいぜい1~2枚くらいで!」
「だったら他を当たりなよ」
「ふ~ん、てぇ事はぁ、奴の素性を洗うにはその報酬に見合った手間が掛かるってこったな? いいとこの家系とか、為政の連中に絡んでるとか、既にある程度知ってたり? なんか朧気に奴の素性が浮かんでくるなぁ~」
「……カンのいい奴って情報屋からは嫌われるよ?」
イノミナ、ちょっくらお顔がブスっと。
「わかった。んじゃあ、とりあえず奴の最新情報を洗ってくれないか? 前金で大銀貨2枚、満足のいく情報を持ってきてくれれば、その時に今回の謝礼も含めて4枚払おう」
「都合6枚!? OK! 受けるよ、その依頼!」
イノミナ、今度はお顔がパァッっと。
などと交渉している内に、カレンがいる高台の方が騒がしくなってきた。
「タツミ~。娘っこが警衛隊連れてそっち向かっとるぞ~」ザッ
イーミュウには倉庫内へ突入したあたりから無線を繋ぎっぱなしにしており、ティーグらが撤収した直後、警衛隊へ出動の要請を指示しておいたのだが、どうやらご到着の様である。
「ん~……連中と騒がしくなるのは、あんまり好きじゃないな~。シノサンの旦那? あたしはこれでフケるよ。調査報告は昨日泊まってた宿へ持って行けばいいかい?」
「ああ、どれくらい掛かる?」
「10日~半月くらい貰おうかな」
「わかった」
そう言うとイノミナは、龍海から銀貨2枚を受け取って立ち並ぶ倉庫の陰に消えて行った。置かれた木箱や放置された廃材をヒョイヒョイ飛び越えて行き、相も変わらず俊敏な動きであった。
「シノさん。あのティーグって奴に、何か気に掛かる事でもあるの?」
イノミナが去ったことを認めると、洋子が龍海に質問。
「うん。さっきも言ったけど、あいつは今回の頭を張っていたが、なんだか過激派のリーダーって感じとはちょっと違うんだよな。今日の焼討ちでも、テロそのものが目的じゃない、あくまで手段の一つでやってるって、そんな感じがしてさ」
「う~ん、確かに他の頭に血が上りやすい連中と違って、落ち着いてては居たよね。昼間に見た連中入れても、ウルフの中では一番冷静沈着って言うか?」
「そう、目前じゃなくて、その先を見ている雰囲気が出てたっつーかね?」
「シノさん?」
「ん?」
「こういう時に使う言葉じゃないのかもしれないけどさ……」
「うん?」
「シノさんさ。あのウルフを『同類相憐れむ』みたいに思ってない?」
「同類? 俺と奴が? む~、そんな風に見え……んん?」
ちょいと洋子の言葉の意図に図星を突かれかけた龍海だったが、言われて自身の脳裏にも何かが繋がった気がした。
――あいつの思っている仮想敵も、やはり……
「あ、シノノメ卿! 倉庫番の人たちの事、ほったらかしですよ!」
ロイが叫ぶ。
「おっといけねぇ! 警衛隊が来る前に介抱しないと。洋子、ロイ、行くぞ!」
三人は倉庫番がまとめられている物置き場に向かった。
♦
魔導王国の首都モーグに隣接するシーエス領側の東に領地を持つ、ウェアウルフのホーグ・ビアンキ侯爵の邸宅に、パンター・ティーグ一等軍曹はウェアウルフ軍の第二歩兵連隊長であるチェリオ大佐の侍従として訪れていた。
「奥様……ティーグ一曹殿が御面会をと……」
日差しの和らいだ午後三時のテラスで、今年の新茶を頂いていたビアンキ侯爵夫人に侍女が報告に来た。
「あら、大佐のお付きでいらしたのね? いいわ、お通しして」
人で言えば30代終盤くらいの気品あふれる、ザ・貴婦人と呼びたくなるビアンキ候夫人。ウルフ族の中でも白狼――と言うより銀の体毛を誇る血統で、その美しさは男女問わず領民のため息を誘うほどの憧れを受けていた。本人曰く「もうおばあちゃんの縄張りですわ」という謙遜も、燐としながらも若干小さめな耳が、力強くそそり立つ男性ウルフらの耳より可愛らしさ、愛くるしさを演出し、嫌みに聞こえるほど。
そんな夫人の指示を受けて、侍女はテラスの出入口で待機していたティーグを案内した。
「侯爵夫人に於かれましてはご機嫌麗しく。第二歩兵連隊パンター・ティーグ一等軍曹、ハスク公爵夫人より、この品をお渡しする様に、と託り罷り越しました」
そう言いつつティーグは、携えていた手の平より一回り大きな箱をティナ・ビアンキ侯爵夫人に差し出した。
「ご贔屓の、ハスク領随一の菓子職人による最新作だそうで……」
「まあまあ、嬉しい事! 公爵夫人にはいつも良いものを頂いてばかりで申し訳ないわ~。早速お茶のお供に……ティーグ一曹さん、よろしかったらご一緒しません?」
受け取るや否や、ティナは包装を解き始めて箱をテーブルの上に置いて蓋を開けた。
箱の中身はクッキーの様な焼き菓子であった。様々な甘味がトッピングされており、茶請には最適であろう。
「身に余る栄誉でございますが、私の如き一介の下士官が、侯爵夫人との御相伴など恐れ多い限りでございまして……」
「あらまあ、つれないお返事! だって、このお菓子を私一人で引き受ける事にもなれば、お腹があっと言う間に三つに分かれてしまいますわ。そうなったら侯爵様に離縁されてしまいそう!」
などと侯爵夫人、ちょいと意地悪な流し目も添えて。