状況の人、テロ防止に向かう3
カッ!
龍海の怒鳴る声と共に、9mm自動拳銃CZ・P-09の下部レールに取り付けられたフラッシュライトの光が三人に浴びせかけられた。
「大人しく、こちらの指示に従ってもらおう。抵抗しなければ貴様らに危害を加えるつもりはない」
すでに三人、〆ちゃいましたけどね~。
「な、なんだぁ!」
眩いライトの光に目を瞬かせながら、ウルフらは声の主を探った。
まるで照明火球のような眩しさ。しかしこんな高さで全方向に光る火球を放てば術者も眩しくて目を開けてはいられない筈だが……頭に血を巡らせるも、状況の把握は出来ないでいるウルフたち。
「他の三人も、拘束はしたがケガはしていない。貴様らが倉庫番を殺さなかったようにな」
警告を続けながら龍海はライトの射線を落とした。やがてウルフら三人は龍海たちのシルエットを確認する。
浮かび上がる龍海と洋子、ロイの影。
「は? 人間? それに小娘と小僧だと!?」
他の仲間が拘束された。
更に、今までに見たことも無い光量の光を浴びて思わず身構えるオークだったが、視界に映ったのは、そんじょそこらの並みレベルの人間の男、そして小柄な女に、ただ一人だけ剣を構えているのは少年一人と来たもんだ。
そんな組み合わせの、言ってしまえば思いっきり貧弱なパーティが、屈強なウルフやオーク様に向かってご命令とは、拍子抜けを通り越して眉間に怒りのシワが寄る。
オークは自分の剣を抜いた。
「ガキが邪魔すんな!」
そう言うとオークはロイ目掛けて剣を振りかぶり、足を踏み出した。
だがそこへ、
プシュー!
「ぶが!」
洋子が右手に持っていた小道具から、霧状の液体がオークの顔目掛けて勢いよく噴き出した。
カシャーン!
剣を落とし、大きいが豚そのもの、と言うよりかは些か人間に近い形状の鼻と目を押さえながら蹲るオーク。
「目、目が! ……ブフォ! げほ! ぐしゃ! へくしゃ! あがぁ~!」
目が~! 目が~! とパロる余裕も無いほど、声も呼吸も阻害されて咳込み、くしゃみを連発。目からは号泣レベルで涙があふれ、口と鼻周りが止められない鼻汁とヨダレだらけになっていく。
――使うのは初めてだけど……結構な威力だな~
ありがちだが、龍海の趣味は銃が中心なので、ミリタリーに留まらずポリス御用達の装備品等にも触手が動いていた。
拘束に使った指錠・手錠の類、スタンガンに催涙スプレー等はそれらの定番と言えよう。
使用は初めてだが、龍海自身は自衛隊前期教育時のガス体験訓練で催涙ガスの効果は身をもって知っている。
目や気管へはもちろん、皮膚に付着すると細かい針で刺されたような痛みに覆われて、水で洗浄するもなかなか落ちてはくれなかった思い出。
今、オークはそんな苦しみを体験していることだろうと思うと、心の中で一応は合掌して哀悼する龍海である。まあ、死んではいないんだが……
「て、てめぇ!」
ウルフの一人が剣に手をかける。
が、
「待て! リーム!」
もう一人は、リームと呼ばれたウルフの動きを制した。
「奴らはもう、四人を倒した連中だぞ」
「ティーグさん……」
リームとの言葉のやり取りで、このティーグなるウルフからは今回のテログループのリーダー的な雰囲気を感じられた。
目の前で謎の武器を使われた事もあるだろうが、三人の仲間を突破して、ここまでたどり着いている現実を即座に認めるだけの判断力は如何にもそれっぽい。
「……手前らは何者なんだ?」
ティーグが龍海に問いかけた。
「見たところ冒険者っぽいが、そこの小僧は軍人か、軍属だよな?」
「小僧、小僧と、自分をやたら低く見て頂いてくれますね?」
ロイくん、ムスッ!
「まあまあ、落ち着けロイ。ティーグっつーたか? 実はその通りなんだが、何か変か?」
「当然だ。軍や王国が後ろにいるなら、正規兵を差し置いて手前が目上っぽく振る舞うのは得心が行かねぇ」
このティーグとやら、過激派と言っても単なるゴロツキでも無さそうだ。
これだけを以て奴が聡明、と判断は出来ないが、血気に逸ってやたら得物を振り回して向かって来る、という手合いでも無さそう。
「まあ、ぶっちゃけで言うと、今日あんたらがここでテロやらかすって情報を小耳に挟んだもんでねェ。半信半疑だったんだが……ビンゴだったみたいでなぁ。じゃあ放っておくわけにもいかんか、てなワケで」
「漏れてた……?」
リームが思わず零すように漏らす。そしてティーグ。
「……どこからの情報……って簡単には吐かねぇよな?」
「わかってるねぇ?」
「で、どうする? ここで俺たちとやり合うか?」
「僅かながら数ではこちらが有利だぜ?」
「果たして、そうか?」
ポッ
ティーグは念を込めて、手の平に小さな炎を浮かび上がらせた。
「焼討ちの仕込みは、ほとんど終わってる。一か所、着火すれば火はあっと言う間に倉庫内に広がる。多少、外に仲間がいても抑えられるかな?」
「試してみる?」
洋子は左手を下に向け、水魔法でシャワーの如く噴かせて見せた。
「倉庫内に広がった火を一人で鎮火出来るってぇのかよ!」
と、リームが吠えるが、
「だから……試してみる?」
洋子は不敵に笑って見せた。
おそらく今の彼女なら、倉庫内いっぱいにスプリンクラーよろしく水を噴出させ、あっと言う間に火を消して見せるだろう。ただし、その時は……小麦の多くがおじゃんになってしまう。
「洋子、その水でそいつの顔、洗ってやんなよ」
龍海は、催涙スプレーを喰らって呻いているオークの洗浄を促した。
それを受けて洋子はスプレーをロイに手渡すと、
「はい、少し我慢して~」
シャー!
「う、うう!」
オークの顔にマイクロバブルシャワーに見られる、肌理の細かい水を噴きかけて、へばりついたガス成分を落としていった。
「目をこすっちゃダメよ? 洗顔の要領でね?」
「う……はあぁ……」
一回や二回、ざっと洗った程度で落ちるほど催涙ガスの成分は甘くはないが、熱く火照った皮膚に洋子の冷水バブルシャワーは心地よかった。
「どういうつもりだ?」
「ん? 何がだ?」
「俺たちの討伐、捕縛が目的じゃないのか!?」
「う~ん、まずは入ってきた情報が正しいかどうかが第一だったんだがな。テロに当たって、警備の者を殺害するようなら、まあ討伐も視野に入ってたんだけどね。でもあんたらは殺しはやらなかったし、これから焼く倉庫から離れたところに彼らを集めた」
「……」
「さて、この倉庫に積まれた小麦を燃やして王国に損害を与えるってのは分かるが、その意図は? 単なる嫌がらせか、挑発か? 開戦のきっかけにするには弱そうだが?」
「開戦したがっているのは手前ら側じゃないのか?」