状況の人、外注先を得る1
「おいおい、洋子サン?」
「わかってる!」
いかにも調子こいてる洋子に、さすがに龍海が苦言と行こうとしたが、洋子は掌を見せてうんうんと頷きながら反論。
「これで自惚れたら、そのツケが自分に降り掛かって来る事くらいは分かってるつもりよ? 次に会う時は、ケイも腕によりをかけているはずだしね。彼女の撃った矢、自分でもよく止められたなって思うもん、油断なんて出来ない!」
「そっか。その辺、自覚してるんなら言う事は無いな。俺ももっと鍛えなきゃだしな!」
と笑顔でサムズアップを交わす二人。まだ一部の兵たちとは言え、ウルフ族やダークエルフの値踏みも出来た事でもあり、今日のところはまずまずの釣果と言えよう。
「しかし、あまり敵と通ずるのも考え物ではあるがのう」
カレン、ケイとのやり取りに釘を刺すの図。
「……その辺含めて……調子に乗っちゃダメだってのは考えてるつもりさ。でもよ、本来俺たちが一番警戒すべきは例の二国だ。アデリアと魔導国は、戦火を交える事でしか統一できないとしても、それは最小限にしないと結局喜ぶのは……」
酒場の喧騒の中、ギリギリ聞こえる声で呟く龍海。
「しなくていい殺し合いはしたくないよね……」
「ふむ、あくまで異世界人として当たるつもりか。単なる王国の手先では無く? 坊主たちにはあまり面白くないか?」
今度はロイに振るカレン。
「確かに自分達は国王に忠誠を誓っている身です。卿のお考えは一見、王国府の方針に違えるようにも見えない事は無いですが、卿がアデリアの未来を慮っておられることは疑ってはおりません! 自分は卿のお心を信じてます!」
「ほっほっほ、可愛ええのう、可愛ええのう。どうじゃタツミ? ここまで健気に慕ってくれておるのだ、そろそろ意地を張るのは控えて坊主の気持ちを受け入れてみんか?」
「意地も何もねぇよ!」
「カレンさま! 妙な肩入れはお辞めくださいまし!」
「いいじゃん男同士だしぃ、浮気・不倫としてはノーカンで」
「ヨウコさま~!」
「あー、やめやめ! そういう話やめ!」
「はっはっは! さて、皿も空になった事であるし、反省会としてもそろそろお開きかの? それではタツミよ、部屋に引き上げてビールで二次会と行こうぞ!」
「相変わらずねぇ」
「う~ん、ちょっと早い気もするが、まあいいか……な……?」
「なんだと、この野郎!」
カレンの提案に同意しようとしていた龍海だったが、ちょいと後方の卓からの大声に返事がかき消されてしまった。
「おい! もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやるさ! この低能! 戦なんざ金輪際ごめんなんだよ!」
何やら口論――いや、口喧嘩と言った方が良さそうな勢いと声量で、がなり合い始めた連中がいる。
「なあに? ケンカ?」
眉を顰めながら呆れる洋子。
世相柄、この世界の外の食事となると酒の席と無縁な所はそうは無く、最初はこんな場面に出くわすとビビッて龍海やカレンの陰に隠れていたものだが、彼女も最近は慣れたもんである。
対してイーミュウ。
「あーん! ロイ、こわ~い!」
などと、わざとらしくロイの腕にしがみつく。
「だったら得意の槍で蹴散らせば?」
冷ややかに答えるロイ。
「ロイ~。そういう時は『大丈夫、君は僕が守るよ!』じゃないのぉ~!」
「まあ槍を持たせたら俺も守ってもらう側になりそうだもんな~」
「もう! シノさまの意地悪~……!」
ヒュン!
そんな龍海のイジリにイーミュウがプンスカしていると、何かが卓を目掛けて飛んでくる音に5人が気付いた。
バッ!
思わずイーミュウを庇うように押さえて頭を低くするロイ。
飛んできたのは酒瓶であった。ケンカしている連中が投げたのだろうか?
パシッ!
カレンは自分の顔を掠めようとしていた酒瓶を、昼間の洋子のように手の平でキャッチ。さすが腐っても()古龍、視力も反応速度も洋子の師匠なだけはある。
カレンは瓶を投げ返すことはせず、鼻で香りを確認すると一口煽った。
「フム、こんな酒場にしては、まずまずの葡萄酒だの」
とりあえず、勇者様ご一行に被害なし。
「若造が! 誰が命を懸けてここを守ったと思っとるんじゃい!」
「それ言えば若い奴はみな黙らせられると思ってんのか老害! 戦で名を揚げる時代じゃねぇんだよ!」
「生意気ぬかすな! お前らがぬくぬくしとる間にも魔導国軍はわしらを狙っとるんだぞ!」
そうだそうだ!
ガキは黙ってろ!
などと同調する戦中派と思しき連中。当然のことながらほぼ年配だ。
「それで一番喜ぶのはどこだと思ってんだ!? だから低能だって言ってんだ!」
時代は進んでるんだ!
もっと世界に目を向けろ!
とまあこちらにも賛同者が応援。しかし、若手の方が少数のようだ。
「アデリアも一枚岩じゃないか……」
「世代ギャップはどこにでもあるのね」
龍海・洋子が傍観しながらボソッと。
「乱闘になって巻き添え食ってもつまらん。部屋に戻って飲み直しと行こうぞ?」
酒の勢いもあり、一触即発の酒場の雰囲気に宿への引き上げを提案するカレン。
「んだな」
龍海たちも同意し、連中を刺激しないようにす~っと退散し始めた。
ヒュン!
――おっと!
今度はグラスが飛んできた。
しかし龍海らへの命中コースではなく、隣の卓に座っている客の頭に向かっている。
――やべ!
龍海はその客を庇おうと、反射的に払おうとした。
パシ!
見事にキャッチ。しかし、
「……」
座ったままのフードを被った客は、命中しそうであった頭をスッと垂れていた。
――避けた?
軌道からしておそらくグラスは、龍海が手を出さなくても当たる事は無かったであろう。
フードの客の動きは正に無駄のない動きであり、飛んできたグラスと後頭部の隙間は2~3ミリあったかどうか、そんなレベルだった。
――偶然か?
精密機械加工機を操って、1/1000ミリクラスの精度で仕事をしていた龍海としては、2ミリ3ミリと言うのは普通の人が感じるより大きな数字ではある。
だが、こういった見切りでの難しさと言う点では、その精度は同程度かそれ以上であろう。
もちろん、その動きが意図的なのか、偶然なのか、龍海には計り知ることは出来なかったが。
「シノさん?」
「あ? ああ」
考えすぎかな? と思いつつグラスを自分の卓に置き、洋子らと部屋に向かった。