状況の人、威力偵察する5
洋子がその飛ばした物体に念を送っているのがケイにも感じられた。
――風魔法?
この飛翔体が、洋子による魔法制御を受けていることも分かる、感じる。
物体は2度3度とウルフらの傍を飛び交う。そのうち、数人のウルフの尻尾がパタパタ動き始めた事にケイは気付く。
そして4度目の接近。
その物体はさらに速度を落とし、バーバスの目前でふわっとホップした。
バクッ!
バーバスの次の行動にケイの目が見開いた。
なぜかバーバスは、その物体が目の前でふらついた瞬間に飛びついて、ぱくっと食らいついてしまったのだ。
目を大きくしたのはケイだけではない。食いついたバーバス自身も、飛んで来た物体に飛びついてしまった自分に驚いて目を丸くしていた。
しかもその時のバーバスの姿勢、それはジャンプしてそれに食い付き、着地した時にはおちょこんと――つまりお座りの格好になってしまっていたのだ。
「ぶっ!」
そんなバーバスを見て、ケイはその滑稽さに思わず口に手を当て噴き出してしまった。口や鼻の中の内圧が上がってしまい、耳が痛い。
彼女としては、自分が出したルールを無視されたワケなのだが、その事へのクレーム以上に返された物体に釣られて飛びついたバーバスの、言ってしまえば愛嬌たっぷりのその仕草に笑いを抑え切れなかったのだ。
「な、なんだ、こりゃあ!」
思わず食いついてしまったバーバスも我に返り、その物体を手に取った。しかし、
ヒュン! ヒュンヒュン!
それと同じものが2個3個と再び来襲してきた。
それらはさっきと同じような軌道を描き、ウルフらの目前を飛行。そして、
バク!
バク! バク!
次々と釣られてジャンプし、食いつくウルフたちである。
「なんだ! なんだよこれ! 目の前に飛んでくると、いつの間にか食い付いちまってる! 何なんだ!」
「ぶああははは!」
対岸で龍海と洋子が大爆笑し始めた。二人とも腹を抱えて笑いこけている。
イーミュウも、洋子らと一緒に大口開けて右人差し指を指し、左手でお腹を抱えて笑っていた。カレンなど、膝をパンパン叩いてガハハのハ。
ウルフたちは何がどうなったか、まるで分らなかった。
それは彼らだけでは無く、ロイやプラグらも同じだった。
「あーはははははぁ!」
だが、それを目の当たりにしてしまったケイもまた、龍海らと同様に笑い転げた。
普段血の気が多く、ケンカっ早い連中にうんざりしていたところに、このどこか、なにかしら無邪気な愛らしさを感じる飛びつき方に、よほどツボってしまったか?
「なんだよ、それぇ!?」
ケイさん、イーミュウ同様、人差し指でビシッと指しながら涙が零れるほどの大笑い。
洋子が投げたのは所謂フリスビーだった。
洋犬を中心に、ボールやフリスビーを追っかけてキャッチする動画は動物ものでは多く見られるし洋子もよく見ていたのだが、彼女はそれを思い出してイタズラ心が湧いてきたのだった。同じ犬族のウルフたちにそれを仕掛けたらどうなるか?
予想は見事的中、犬族の本能なのか、偶々そういう反応を示しただけなのかは不明だが、バーバスらは洋子の期待通りの動きを見せてくれた。
いかにも厳つい容貌のウルフ族に、そんな、ある意味可愛らしい、”今日のわんこ”な姿を見せられ、笑いを押さえられるはずもない。
「てめぇまでなに笑ってんだケイ!」
「いや、だあってよぉ~、ククク!」
「ケイさん、ごめんね~! ルール破っちゃった~」
洋子がまだ吹きながらもケイに詫びを入れた。
「ああ! ケリ付かなかったのはアレだけど、面白ぇもん見させてもらった! 決着は次の機会にしようや。腹痛くて仕切り直せねぇよ! あーははは!」
「ケイ! てめぇ、何を勝手に!」
「あたしが預かった勝負だしさ、好きにしていいじゃんか。なあ、屯所戻ったらまたやらねぇか? あんたらも結構楽しんでんじゃね? 尻尾メチャ反応してるし」
「ふざけんなぁ!」
猛るバーバス。でも顔真っ赤。
それを見て、笑いながらキャンプ方向に逃げ出すケイ。
ウルフらも彼女を追いかけて行ってしまい、有耶無耶の内にトラブルは収束してしまった。
その後、動哨を下番した龍海たちは、随分疲れた顔をしたプラグ軍曹と別れて街中に向かった。
夕闇が迫るツセー市内の宿に入り、隣と棟続きの酒場で夕食を取りつつ、今日の反省会と相成った。
「一時はどうなるかと思いましたよ、もう。一触即発って正にあの事じゃないですか」
警衛隊との間に入っていたロイがぼやく。
ウェアウルフたちに一泡吹かせた事には、待機組の警衛隊員らに持て囃されたし、同行していたフィーロらも燥いではいたが、罷り間違えば、責任を取らされるプラグや警衛隊長は生きた心地がしなかったようだ。
「何言ってんのよロイ! かわいい許嫁の顔に一生モノの傷がつくかもしれなかったのよ? あんたもあたしたち以上に怒ってしかるべきでしょ!」
「もちろん、イーミュウを庇って頂いた事には感謝してます! 本当にありがとうございました、サイガ卿」
力強い即答にイーミュウにっこり。
「ですが……」
「まあ、地元兵と交渉してくれたロイとしては波風立ててほしくなかったかな?」
「なに? シノさんも不満?」
突っ込む洋子に龍海は噴き出し気味に、
「いやいや」
と首を振った。
「あの煽り合いはともかく、フリスビーの件は傑作だったよ!」
「でしょ? でしょぉ?」
「はじめは何が起こったのか? と思いましたわ」
「いや~、あれには我も笑わせてもらった。また見てみたいもんよの! ウルフどもがあんなかぁわいい姿見せるとかの~」
カレンも燻製肉をかじりながらニンマリと。
「ウルフの軍勢相手にフリスビー飛ばしまくったら大混乱させられるかしら?」
「一考はしてもいいかも? でも、結局4枚出してみんな持って帰りやがったからなぁ、あいつら。対策立てられちまうかもな」
「思いっきり楽しんでたりして!」
「子供たち相手には人気出そうだよな。大ブームになったり? こっちの素材で作って売り出せば大儲けできるか!?」
「もう、シノノメ卿もサイガ卿も! ……あまり異世界の技をおいそれと出すのは……」
「いや申し訳ない、そこは耳の痛い話だな。でも洋子の成長が期待以上なのは確認できたし、これは喜ぶべきことだな」
「あれにはホントに驚きました! 目の前の矢をピタッと! すごいですわ、ヨウコさま!」
「や~。シノさんじゃないけど、考える前に身体動いちゃっただけなんだけどね~。『え!? マジで掴めた!?』てな感じ? 自分でもびっくりしてたんだけど、ケイに勝負挑まれた時も、なんか負ける気しなかったな~」
洋子さん、控えめな胸をこれでもかっと張ってふんす!