状況の人、威力偵察する4
「やりやがったなクソッタレ! おい、てめぇら! 突っ込むぞ、抜刀だ!」
頭に血が上ったバーバスが仲間に発破をかけた。
一瞬でもビビってしまった自分を誤魔化すべく奮い立たせようとしているのか?
「待ちな、バーバス」
そんなバーバスを止める声。
「あ? なんだケイ?」
「あたしにやらせてくれよ」
連中の煽りには乗ってなかったダークエルフ――ケイが、ニヤ付いた顔を見せながらバーバスに申し出てきた。そう、彼女が喜んだもう一人である。
「ケイ……珍しいな、おまえがそんな……」
一緒に距離を取っていたウルフ娘が呟く。
「なあ、いいだろ?」
ケイは背中に吊っていた弓を抱えると、バーバスの返事を待つことなく前に出た。
「よう、あんた! あんた、名前はなんていうんだ?」
洋子に名乗りを要求するケイ。
「……洋子よ!」
ちょっと訝しげにするも、その場のノリに流されたか洋子は答えた。
「ヨウコ、か……。なあヨウコさんとやら、あんた大した腕前じゃないか。ちょっと、あたしと競ってみないか!?」
「競う?」
「さっきの返し矢、見事だったよ。今度はあたしとサシで勝負しようぜ。どっちが勝っても今回のゴタはそれでチャラって事でさあ?」
「何の勝負よ?」
「あたしの矢、さっきみたいに引っ掴んで投げ返してあたしに当てりゃあんたの勝ち、あんたが掴み損なったらあたしの勝ち。それでどうだい?」
「?」
ケイの提案に洋子は眉を顰めた。
勝負云々の流れになったことへの戸惑いもさることながら、この勝負の、勝ち負けの天秤もよくわからない。
「あの弓は要注意ですよ、サイガ卿。複合弓の中でもかなり強力だと思われます、ウルフたちが放った弓とは一線を画す、初速も威力も数段上の特注品です!」
と、ロイがアドバイス。
更に眉間のしわが深くなる洋子。そして龍海。
「体育会系ね……」
「ガチ脳筋のノリだな……」
エルフと言えば弓、って言うのはよく見られる設定だが、高レベルな技を見せられて腕が疼き出すなど、この血の気が多そうなノリはやはり魔族軍ゆえであろうか?
「受けるのか?」
「う~ん、班長さんたちに累が及ばなさそうな決着、って事ならいいかもかしら? 負けてもあたしが笑われるだけだしね」
「よ~、どうだ~い? 付き合えない、なんてつれない事、言わないよなぁ?」
ケイさん、ニヤニヤしながらの挑発的催促。
「ヨウコ様……」
「せっかく向こうがお膳立てしてくれてるのに無視ってのも失礼かしら?」
洋子が乗り気になってきたようだ。
先ほどの飛んでくる弓矢をダイレクトキャッチ出来るほどの成長ぶり、己に自信を持ってくれるのは結構な事ではあるが、天狗になって足元を掬われるのは気を付けたいところ……龍海はその辺だけは危惧していた。
「さっきみたいに上手く行けばいいけどよ、投げ返して相手にケガさせたりしたら後々面倒だぜ?」
「もちろんよ。相手を仕留めるのが目的じゃないんだから、投げ返す……に、した……って……(ニタァ)」
なんか洋子の顔に悪い笑顔が浮かんだ。
「ねぇシノさん? 再現してほしいモノがあるんだけど……出せる?」
「は? なんだよ急に改まって?」
「あのね……」
こしょ こしょ こしょ……
「……出せるけど……そんなもん、何に使う……あ?」
「実験よ、実験。結果次第じゃ面白い戦法になるんじゃない?」
洋子さん、悪笑顔さらに倍。
「いやまあ、確かに面白れぇけど……まあいいや、やってみなよ」
「お~い! 返事はまだか~」
ケイの催促。洋子が応じて、
「受けたわ! あなたの言ったルールでやりましょ!」
龍海が再現したモノをケイの目を盗んで背中に仕込むと、イーミュウらの前に出た。龍海に教わった徒手格闘の訓練に倣って半身に構える。
正面に構えてもよいのだが、あからさまに広い投影面積を見せるのもわざとらしいと考え、一応警戒しているぞ、と言うアピールも含めた。
「そうこなくっちゃ!」
ケイはそう返事すると嬉しそうに、それはもう嬉しそうに矢を番え出した。
しかして矢を引き、洋子を狙い出すとその笑みは消え、さりとて険しい目つきでは無く、正に獲物を狙う猛禽類の如く冷静で、冷徹さすら感じる、そんな表情になる。
おそらくは魔法も加味されている可能性も高い。付与魔法が施された武器の威力を知るには良い機会と言えよう。
そんな思いを過らせながら横で見ている龍海も、見えない火花を散らしてそうな二人の緊張感に息を飲む。
――どこを狙う? 腹? 胸? 首?
双方の呼吸音さえ聞こえて来るかの様な静寂と緊張感。
おっかなびっくりに見守っていたプラグ達や、今にも剣を抜きそうだったバーバスらも固唾を飲んで見守った。
フ~……フッ!
シパ!
ケイの矢が放たれた。ウルフ族が挑発に使った弓とは明らかに強力、と思しき風切り音が感じられる。速度に至っては、音を感じた瞬間に、すでに洋子のところに到達している、そんな速さ。
これが以前、イーナが言っていた魔法を付与された弓矢の威力なのか?
しかし、
「フン!」
洋子の、カレンや龍海に鍛えられた動体視力は、そんな矢ですら的確に捉えて、腹部を狙った矢は、左手によって上から払われるようにキャッチされた。
「ハ!」
矢を掴むまでは成功。次に洋子は払った左腕の勢いもそのままに身体を一回転させて勢いをつけ、右手でシーエスの動哨班に向けて投げ返した。
「え?」
投げ返された矢は、ケイに命中するかどうか? それで勝負の決着がつくのであるが……
洋子の右手から放たれたモノはケイたちの方向には向かわず、彼女らの左方向に飛んで行った。
――何? 投げ損なった……いや、そんなはずはない! 奴がそんなミス……?
ケイは一瞬、混乱したが彼女の眼は、飛ばされたモノが矢では無いことを即座に理解した。
しかもそれは速度も幾分遅く、大きく弧を描いて旋回し、自分らの頭上に飛んでくるコースを取っているのも分かった。
瞬時に後退し、そのコースから外れるケイ。
飛んできた物体はそのままバーバスらの目前を通過していった。思わずそれを追尾すように目で追うウルフたち。
物体は連中の目前を通過して、更に円を描いてもう一度彼らの頭上を通過。旋回するその物体を追いかけて首を右に左に動かすバーバスたち。
ケイは洋子に目を向けた。自分が放った矢は、そのまま彼女の左手に収まっていた。
――矢を持ったまま? じゃあ何を投げた? しかもあいつ……