状況の人、威力偵察する2
その後もシーエスの煽りは続く。
「ちょうど良いのが居ねぇなぁ? ガキとババァでそっちの方も人材不足かぁ!?」
「慰めてもらえる相手がそんなんじゃあ気合も入らねぇなあ!」
ゲハハハハ、と確かに上品とは言えない笑い方で嘲ける動哨たち。
煽りが再び洋子らに向かって来て、龍海は二人をチラ見した。
この二人の煽り耐性は如何ほどのモノかは不明だが、当然の事ながらあまりいい顔はしていなかった。
「洋子?」
「大丈夫よ。野良犬の遠吠えに、いちいち構ってられないわ」
と気丈に振る舞う洋子。
「ヨウコ様に同意ですわ。あんなの本気で相手をしてたら下品が伝染ってしまいますわよ」
イーミュウも負けてはいない。しかし、
「聞こえてっぞ、コラァ!」
「お高くとまってんじゃねぇぞジャリガキ!」
どうやら向こうにも伝わったらしい。二人の声は通常の会話レベルの声量なのだが、それでも聞こえてしまうとは犬系魔族の特徴なのか?
――イーナもそうだったけど、こいつらの聴覚も犬レベルに優れてんのかな?
洋子らもこれにはちょっとビックリ。
しかし犬族の耳と思えば龍海同様、納得の二人。
――気付かれずに接近とか難しそうだな。気配を絶ったり偽装したりの魔法のレベル上げも重視しなくちゃいかんかな……
そんな思いの龍海にお構いなく、
「あ~ら、ごめんあそばせ? ワタクシ、育ちが北方の田舎なもので社交辞令も知らずつい本音が出てしまったようですわ」
などと、ちょい大きめの声で返すイーミュウ。
「調子に乗んなよ! 人間如きの小娘がぁ!」
「あら、届きましたわよ? 犬コロの耳は鋭いって言うのは本当なのですね」
「おかげで大声出さなくて済むから楽で良いよね~」
「ああ!? 舐めんとんのかー!」
「はいぃ~? ちょっとよく聞こえないんですけどぉ~?」
「あたしたち人間だからあんたらほど耳が良くないの~。もっと大きな声でしゃべって下さらな~い?」
何のスイッチが入ったのか? 洋子とイーミュウの煽り返しにトゲが生えだした。
まあ、まかり間違って連中と戦闘になったとしても、今のこちらの火力なら油断さえしなければ不覚を取ることはあるまい。
とは言え、その辺り――近代火器を知らないプラグ軍曹としては生きた心地がしないだろう。
しかし彼らを安心させるべく、この場で火器の威力を見せつけて、結果こちらの手の内を早々に曝け出すって言うのも考え物だ。
煽り合いが茶飯事ではあっても、本格的な衝突にならないようにそれぞれが一線を引いているのがプラグらの気構えであり現状なのだ。下手に緊張を高める状況に成りかねない行為は避けるべきだろう。
果たして洋子ら二人はその一線まで留意してくれるのであろうか? もしもそれを越えて彼らと激突となったらその責任は……いや責任云々よりも、これがまた両国の戦争のきっかけになってしまったら夢見が悪いどころの騒ぎじゃない。
「あ、あの、シノノメ卿、トライデント軍曹。あのお二方、大丈夫なんでしょうか? あまり限度越えて、もしもシーエスと衝突となったりしますと……」
「あ、うん。その時は自分たちが止めますから」
などとロイが宥める傍から、
「我としては、あ奴ら全員ケシ炭にしてやりたいのだがな」
とかカレンが凄むもんだからプラグは思わず頭が重かった。低血糖症状を起こしたように足元がふらついてくる。
とまあ、悪いが彼らの境遇は置いといて……とばかりに龍海はウエアウルフたちの値踏みに入った。
鑑定+を起動し、双眼鏡を睨みながらバーバスらのステータスを読み取ってみる。
――隊長が一番スペックが高いと決まってる訳では無かろうが……
まずはがっつき犬から。
――概ねオーガらといい勝負か……素早さがオーガより上そうだな。
鑑定の結果、バーバスらの総合的な戦闘力はオーガと同等レベルであった。
体力はオーガにわずかに劣るものの、俊敏さ等が彼らより高い傾向にあるようだ。
中には魔力に秀でている者や、通常戦闘で群を抜く戦闘力やセンスを持つ英雄的な個体もいるかもだが。
――ん? 魔力が結構強い奴もいるな。ええと、お!? エルフ?
シーエスの動哨はウエアウルフ族だけでは無いようだ。
御多分に漏れず、耳の長さですぐわかるエルフ族が混じっていた。しかも女。
――ダークエルフ? でも褐色と言うほど肌は濃くは無いし、つーても王都やアープでみたエルフよりかは黒いかな? 混血かな。
「どうじゃな? 目ぼしいものは居ったかや?」
煽りを続ける洋子らを尻目に、カレンが龍海に寄ってきた。
「やっぱ狼やエルフも乳から見るのか?」
「え? あ、まあそうなんだけど……アーマー着けてるからすぐ顔だ、な……狼にも女の兵士が居るのかぁ」
しっかり見てみると女は三人いた。
最初に見つけた弓を抱えたエルフ一人と、腰に長剣をぶら下げている、女の割に肩幅が広くガッシリしたプロテイン・ガール的狼と、グループの中で一番小柄な狼っ子。短剣を左右に二本差しで目付きも随分鋭そうな感じ。
パッと見、プロテイン狼は一緒になって煽っているがエルフと小柄な娘の方は「やれやれ」と言った表情で、どちらかというと憮然としていて連中からは一歩離れていた。
一通り見ると、体格とHPは概ね比例する傾向にあるが、MPはかなりランダムだ。
「俺たちを除けば、向こうの方が女は多いけど偶々かな?」
「いえ、シーエスは今は女兵も多いと聞きました」
龍海の疑問にロイが答えてくれた。
「今は? て事は以前は……」
「先の戦役で一番戦死者が多かったのがシーエス勢です。ですから軍を再建する兵力も女手が必要とされているらしく、最前線部隊はともかく後方支援部隊では我が方よりも比率は高いとか」
「じゃあ、民間の労働力は? あっちも男手不足って事じゃ……あっ」
龍海の脳裏にセレナ達の一件が浮かんだ。彼女らの仲間、ミコやジュノンが攫われた理由は……
「はい、そちらには奴隷を宛がっているんです。作戦中行方不明者や占領した集落ごと連行された我が方の臣民もいるとの噂ですが、国も国内の復興を優先せざるを得ず見捨てられた形です。我が国の黒歴史ですよ」
「ひでえ話だな。その人たちゃ、国を信じて納税したり奉職してたりしてんだろうにな……」
そう零す龍海。
とは言え、21世紀の日本基準でここの世相を切ると言うのもナンセンスではある。
庇葉傷枝では無いが要を疎かにしては国が成り立たないところもあるだろう。
とりあえず「ここはそういうもの」と棚上げして、龍海は鑑定を続行した。
「で、鑑定は手応えあったか?」
気を取り直した途端、カレンが首尾を聞いてきた。
「ん~、高位たる古龍さまが見立てると、連中はどの程度だと思うのかな?」
龍海は逆にカレンの見立てを探ってみた。だが、
「どの程度も何も、我に言わせればどれもこれも歯牙にかける程のものでは無いわ。同じ樹に生る実が背比べしとるようなもんよ」
と、龍海が望む答えにはならない答えが返ってきた。
「さいですかぁ。しかし人間にしろ魔族にしろ、お前と張り合えるクラスの英傑は現れていないのか?」
「おらんな」
「マジで? 過去、そんなんと出くわしたことも?」
「我が今、こうやってピンピンしとるのがその証拠だと思わんか?」
「成程そりゃその通りだが……実際に対峙してないだけで、どこそこで噂になったあいつなら手強いかも? とか、他の古龍が手古摺った相手だとか、そんな噂も聞いたこと無いのか?」
「ふむ、そうよのう……あえて言うなら……」
「言うなら?」




