状況の人、移動中3
「……何か掴めたか?」
「増加するテロ行為や、小競り合いで損耗する武器や防具の数が少なすぎるきらいがあります」
「やはりポータリアが武器を流しておると言う疑惑、信憑性が帯びてきたのか?」
「ポータリアにしろアンドロウムにしろ、もうアデリアを我が方との緩衝地帯としておくだけでは内政が行き詰まっているのでしょう。次の戦争でアデリアと我が国を疲弊させて、その後に侵攻するという思惑を持っているのは間違いないと考えます」
「……アデリアの動向はどうか? 連中も皇国や帝国の思惑に気付かんほど馬鹿では無かろう?」
「分かっていても彼らは我が方に睨みを利かせるしかありますまい。アデリアの国力では二国に逆らえるはずもありません」
「そこなんだが……」
フェアーライトは側近のメイドにお茶のお代わりを催促しつつ、
「アデリアに潜入しておる余の草が、興味深い文を飛ばして来おっての」
ちょっと奥歯に挟む感じで話し始めた。
「文……ですか?」
「のう、システよ」
「はい?」
「今の我らとアデリアの国力が合わされば、ポータリア、アンドロウム両国と同等になれるかの?」
システの眉が歪んだ。
「……アデリアをお取りになるお積りですか? いや、しかし!」
この流れでは、フェアーライトがアデリアに戦を仕掛けるのでは? と連想するのは自然の流れだと言えよう。しかし彼女が現段階でそれを決断する要素は乏しいはず。
フェアーライトの意外な問いに、システの語気が強くなるは止むを得ない状況ではあったろう。
そんなシステに、フェアーライトはやんわりと否定する言葉をかけた。
「慌てるな。余も戦は好まん。それは置いといてな……どうか、の?」
「三竦み……そんな状況を御望みで?」
「まあ、そんな感じで」
「そうですね。仮にアデリアを占領したとして、その戦乱で損耗する兵力や経済など、詳細まで検討せねば確証はありませんが……かなり均衡するとは思われますが、それなりに危ういかと……」
「決め手に欠けるか」
「アデリア一国を相手にする今の状況から、帝国と皇国の両面を相手にせねばならない状況へ、となれば両国の軍事行動を抑止するには不十分かと。現アデリアと違って、明確な敵国として相対するわけですから……しかし何故そのような?」
「いや、我が方の国力に関してそなたの意見を聞きたかっただけだ。聞き流せ」
「陛下? 先ほどの興味深い文と仰ったそれと何か?」
「聞き流せ。よいな?」
フェアーライトは念を押すように言い聞かせた。
「は……陛下の御意のままに」
低頭してフェアーライトの意思に沿うシステ。
フェアーライトに付くロイヤルガードの中には諜報にも長けた部門が有り、これは宰相システを含む6魔王の行政府らと完全に独立しており、謂わば魔導王の私兵である。
その対象は諸外国のみならず国内にも向けられる。
それをもってフェアーライトが行政に口を挟むことは無いが、そこからの情報を駆使して魔王たちの動きを促進、もしくは抑制するために囁く事はある。
そこを踏まえると、システとしては先ほどの興味深い文次第ではアデリアへの国盗りも有り得ると、頭の隅に置かねばならないだろう。
システは、フェアーライト自身は決して覇権主義者では無いと信じている。
流れ着いた魔族が先住の人間と融和し、国を立ち上げたフェアーライトの父親にして先代の魔導王テルミンの遺志を継ぎ、この地で多数の種族・民族で構成され、臣民が笑顔でいられることを常に目指しているのだと。
故に臣民を戦渦に巻き込んででも領土を拡大しようとするならば、それなりの深く複雑な思いが無ければ戦を起こす様な事はないはずだ、と考えている。
しかし世の中と言うのは移ろうもの。いつまでも同じ夢は見られない。
その時自分はどう動くべきか?
より一層の状況把握に努め、フェアーライトの意に沿うべく即座に行動を起こせるよう、さらなる気の引き締めを新たにするシステであった。
♦
南部の港町オデは色々と活気に満ちていた。
引っ切り無しに入る船からは荷物がどんどん降ろされ運ばれていき、求める商人のもとへ送られて行く。そして空になった船にアデリア産中心の様々な物品が積み込まれ、外国を含む各地に出航して行く事になる。その合間に船員たちは久々の大地を踏みしめて港に近い繁華街で、歓楽街で命の洗濯とばかりに飲む・打つ・買うを楽しんでいた。
そんな交易の賑わいの横で国防軍の連中は、西に控える魔導王国のツセー市駐屯の魔導軍とのにらみ合いに余念が無いと来ていた。
「まあ話には聞いていたけどなぁ。ポリシック領の雰囲気とは真逆だな」
魔導国シーエス領ツセー市とアデリア国オデ市との間に設けられた平均幅400mの緩衝地帯を眺めながら龍海は零すように呟いた。
龍海ら一行が立っている場所は緩衝地帯に沿って築かれた城壁、と言うには些か低めの壁の上であった。
だが、緩衝地帯は市の地面より10mくらい低くなっており、大雨が降ると全体が川のようになるとの事。
「こんなのが市の境まで続いてるの?」
「はい、ヨウコ様。正確にはオデ市の境を越えてしばらく北まで続いており、その間には3つの交易用通路が設けられ、それぞれの通路に関所が有ります」
洋子やイーミュウが見渡す緩衝地帯は海側の干潟が終わると雑草の生い茂る荒れ地のような様相となり、ほぼ中間に国境線とする川が流れている。
夏本番を迎え日差しも強く感じる割に、川や草木に冷やされた爽やかな風が吹いて意外と過ごし安さを感じながら龍海は緩衝地帯を観察していた。
「雑草群や土砂の高低がかなりあるな。斥候隊や工作隊はそれらに身を隠しながら相手側に潜入するわけか」
「日夜監視所が互いに目を光らせてはいますが、夜になると見降ろす形になりますので少人数の侵入はどうしても見落としてしまいますね」
ロイの解説を聞きながら、龍海は頻発するテロや小競り合いの状況を訊ねてみた。
「小競り合いとしては日中の動哨や国防軍の訓練時に互いを罵り合って川を挟んで投石したり、時には弓を射かけるなんて事も」
「弓? 川の幅なんて30m有る無し程度だろうに、死人とかケガ人とか出ないのか?」
「双方ともやっと届く程度の威力で飛ばしたり、矢じりを外したりするそうですよ」
「嫌がらせ以上の事はしないって事かねぇ。しかし当たり所によってはヤベェんじゃないか?」
「その他にも魔導戦士による氷矢や氷槍、火球を撃つこともあるようですね。特に火球は雑草等に燃え移って、敵軍が慌てて消火する様を見て嘲笑ったりとか悪質ですよ」
「険悪ねぇ。お互いの好感度の温度差が北と段違いじゃん」
「んで、タツミはあのウエアウルフどもの値踏みをしたいと、そう言う事かの?」
「まあな。この辺りだけでもシーエス勢の個々の戦闘力、もしくは分隊レベルの動向程度は分かるしな」
「でもシノ様。いずれ起こる戦ではヨウコ様が陣頭に立って指揮されるわけですし、その程度の動きはあまり参考にはならないのでは?」
「と、期待されている洋子サン? ご感想は?」