状況の人、移動中1
毎度ご覧いただきましてありがとうございます。これから第二章に入ります。
味方と敵の国家的思惑に翻弄されながら龍海と洋子はどこを目指すのか?
修行と経験を積みながら、戦況を覆すゲームチェンジャー目指してマジになったり気が抜けたりの旅を続ける龍海たちの珍道中は、佳境に向かって東奔西走。最後までお付き合いいただけると幸いです。
春の花が終わって新緑が目立つようになり、ポータリア皇国はこれから夏を迎えようとしている。
しかしアデリア王国より北方のこの国の夏は比較的優しく、時折りフェーン現象に類する状況により気温がぐんと上がる事も有るが、それでも木陰や風通しの良い室内では熱いお茶を楽しむ事が出来る気候だ。
ポータリア皇国の情報調査部外事一課の執務室で、新茶の美味しい季節になってきたと笑みを浮かべる一課長のパラムは午後の休憩時間を楽しんでいた。
首都で人気の老舗のクッキーを御茶請に摘まんだ時に、
コン、コン、
と、ノックの音が響いた。
「入れ」
「失礼いたします。ご休憩の最中に申し訳ありません」
「構わん、仕事が優先だ」
とは言いつつ、もう少し美味しいお茶と茶請を楽しみたかったのがパラムの本音ではあるが、入ってきたのはアデリア王国担当のトリオ調査官であったので、そちらを優先せざるを得なかった。
「現地潜入員からの報告が上がって参りましたので、お持ちいたしました」
トリオは説明しながら報告書を差し出した。
「ふむ。で、手応えとしてはどうかね?」
「はい。先だっての、異世界からの勇者召喚儀式が行われたとの一報が入ってからより詳しく観察させていたのですが、あれからは大きな変化は認められないと……」
「そうか……」
報告を聞いてパラムはホッとしたような、首を傾げたくなるような複雑な表情を浮かべた。
古の奥義魔法である召喚魔法。その自然の摂理を無視すると言う神々への直訴とも呼べる、ある意味禁忌に等しい魔法である。
それこそ国が傾くほどの魔力を凝縮して行われるこの儀式は、「神の許しが無くば徒労に終わる」などと伝えられていたり、逆に成功した場合はそれは神の祝福を得たも同然で、現れた召喚者は凄まじい能力持ちであるとも言い伝えられていた。
ポータリア皇国はその国力に物を言わせた戦力で多数の属国を従えており、大量の魔力を消費する、そのような博打的魔術に頼る必要はなかった。
ましてや一人や二人の超人が現れたとしても、どれほどの戦果が期待できるのか?
仮に皇国の半分強程度の戦力しか持てないアデリアを勝利に導く事が出来るほどの存在ならば、逆に国を乗っ取られる可能性も低くはないのだから。
夜に母親が子供に聞かせるお伽噺の如く、神の祝福を得た英雄が無双して勝利に導き臣民に平和をもたらす、などと言う事が現実に起こるなどと言うのは正に荒唐無稽。
「行方をくらませた勇者……いや、召喚者を重武装の近衛兵一個小隊で捜索したと聞いた時はよもや? と思ったものだったが……」
「当時は、近衛兵が召喚者は勇者だとの前提で行動していたからだと思われましたが、本当に伝説に伝わる勇者であれば逃げる必要は無い訳で……城内で囁かれていた召喚に失敗したという噂の信憑性はそれなりに有るのかも?」
「私もそれは思った。この報告を見ても、城内は行政府も軍も以前と同様の動きしか認められない、との様子だし召喚は失敗――と言うより勇者でも何でもないタダの人間が召喚されてしまった可能性は高いな」
「軍部は結局、以前の編成の練り直しと新たな徴用基準の策定に注力しておるようですし、これだけですとやはり儀式は失敗と見て良さそうですね」
「うむ。しかしそれはそれで、まだまだ目を離せる訳では無いが……」
パラムは残りの茶を飲み干しながら続けた。
「問題はアデリアはなぜ、何のためにそんな召喚儀式を行ったのか? それが未だにハッキリとはしない事だ」
「順当に考えれば、軍備再編に目途が付きつつある魔導王国再侵攻への備えだと思われますが……」
「それならば我が国やアンドロウム帝国に支援を求めればよい事。戦略局の言うように、魔導王国を併呑し、我らと張り合う気だと言うのが一番しっくりくるな」
「私も同様に考えます。しかし召喚も失敗した今となっては、それも夢と消えるのでは?」
「だといいが……やはり召喚失敗が本当であったかはしっかり見極める必要があるな。城内の諜報は一層厳にするよう潜入員には伝えろ。それと追放されたと言う召喚者の足取りは追っておるのか?」
「はっ。北方向へ向かったと言う情報を得ましてからは、我が国への潜入の恐れも考えられました。ですが今のところ国境の町プロフィットでは、それらしいものは確認されていない模様で」
「念のためそちらも洗った方が良いかもしれん。とにかく、何か際立った戦果や騒動を起こした者などの噂があれば精査するように改めて指示を出しておくべきだな」
「わかりました。北アデリア担当者にはそう伝えておきましょう」
「うむ。ところで帝府の要請で軍からの武器を魔導国のシーエス勢に流す計画の話は、何か聞いておるか?」
「はい、西周りの海路で直接、アンドロウム経由の南周りでも武器・防具の供給は目標に対しての達成率8割程度で推移しております。極めて順調と言えるでしょう」
「そうか、何よりだな。しかし魔導国の狂犬共は我が方からの流出とか、不審に思わんのかな?」
「一応、偽装の仲買人も立てておりますし、触れ込みとしては、わが軍の不届き者による横流し品、と言う事にしてありますし」
「ま、一番血の気の多い連中だからな。細かいことは後回しか」
「仲買人の扱い品らしく見えるよう、アンドロウム製の武器も含めておりますゆえ」
「アンドロウムも供出しておるのか?」
「我国ほどではありませんがね。ただアンドロウム単独でアデリア内の過激派や主戦派にも流していると言う噂もありますが」
「あまりやり過ぎると、我らが侵攻した場合の損耗も気をつけねばならんが……」
「一応確認を取ってみましょう。アンドロウム潜入員の情報を改めてみますよ」
「ああ、よろしく頼む」
「では、私はこれで……失礼致します」
一礼するとトリオは退出していった。
「ふう……」
パラムは紅茶ポットの残りをカップに注いだ。
「魔導国を飲み込んで我らに牙を剥くか? 身の程知らずが」
自国はもちろん、我らの支援なしで魔導国との戦も出来ない小国の思い上がり。
それが本当なら怒りを通り越して笑いが込み上げて来る。
所詮は我が国の掌で踊るだけだ――そんな思いと共に。
部下の報告で邪魔されたティータイムを、パラムは改めて楽しみ始めた。