状況の人、王都へ前進する
「そりゃあアレじゃねぃかなトレドさん?」
ここでフォールスが割り込んできた。
「ここらで偶に現れるってぇメージオーガの錯乱魔法喰ろうたんじゃねぃかね?」
――メージオーガ? オーガって鬼族? オーガが魔法を使えるのかな?
「あれか? 確かにアレを喰らうと記憶が飛ぶとは言うけど……そういや、ここらで出くわすって話は聞いたなぁ。あんた、もしかしてさっきの魔道具でそいつとやりあってたんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか?」
「町や村の自警団がこんな人里から離れたところまで出張る事は無いからな。だとすりゃ何らかの依頼を受けた、どこかの冒険者ギルドの所属と考える方が自然だろ」
「なら一緒に王都へ行きましょうや。ギルドに行きゃ、所属元とかなんぞ分かるかもしれませんで?」
――お、良い方に流れそう
「そうだな。今回の礼もしたいし、どうかな? 一緒に行かないか?」
「でも、ご迷惑じゃ?」
「何言ってんだよ。俺たちゃ今の襲撃で皆殺しになってたかもしれねぇんだぜ? それと虫のいい話なんだが相棒があれもんだからな。もし、また魔獣とか襲ってきたら加勢してくれるとこちらもありがてぇんだけどな?」
――よっしゃ~。こちらもありがてぇっすよ?
「わ、わかりました。私も人の多い所へ行った方が良さそうですんで、よろしければ……」
「おお、こちらは大歓迎だよ。角狼をあっという間に三頭もやっちまう腕前だしな」
「さあタツミさん、どうぞ馬車へ」
「うん、先に乗っててくれ。俺は狼の角とか魔石を回収しておくから」
自衛隊には「状況の人」と言う言葉がある。
この「状況」とは訓練中の事であるが、その間、隊員は個人やプライベートなところを捨てて訓練状況の役目になりきって任務を遂行する、演じきる、などと言った意味合いで訓練中は「状況の人に成りきれ」と言われ続ける。
これを繰り返し受けると、やがて想定に応じて考えるより先に体が勝手に動くようになる。「状況の人」にスイッチするのだ。
龍海は演習中は趣味性もあってノリノリで没頭していたので、敵兵役や通敵分子役も何度かこなしており、さっきのような記憶喪失を演じることも自然に行えるようになっていった訳だ。
その辺りは、会社の営業で取引先との交渉時でも腹の探り合い等で役に立ってたり、結構プラス面も多かった。
個人の差は有るだろうが、龍海はそう言う事と相性が良かったのかもしれない。
おかげで道中、これから向かうアデリア王国の情勢・現状もトレドらから、かなり聞き出す事が出来た。
ざっくり言うとこの世界も地球と同じく各国は紛争やら戦争やら小競り合いやらが絶えないらしい。
そんな中で龍海の興味を引いたのは、このアデリア王国は現状、微妙な立ち位置にあるとの事だった。
それはこの国が唯一、大半が魔族・魔物で構成される魔導王国と陸上で国境を接している事なのだ。
龍海が送り込まれた森も国境近くの森であり、一部の魔物や不良魔族が侵入してはアデリアの民衆を脅かしており、北方はそれほどでもないが南方になるにつれ、その頻度が多くなるらしい。
本来は国力で上回る北の隣国ポータリア皇国や東のアンドロウム帝国が征服・併呑を狙ってアデリアに攻めてきてもおかしくないのだが、魔導王国と対峙したくない両国はアデリア王国を緩衝地帯として存続させようとしているのだ。
二十数年前、魔導王国が軍勢を催して侵略してきた事があったが、その時はアンドロウム・ポータリア両国が支援を申し出て来たので何とか追い返したそうな。
アデリアも両国の思惑は当然分かってはいたが他に選択肢は無く、現状に甘んじるより仕方がないと言う状態の様だ。
だから今現在においてはアデリア王国と魔導王国は表向き戦争状態では無く、国交も結ばれているのではあるが、魔物、魔族とのいざこざ、衝突、襲撃は後を絶たず、おまけに盗賊の類は人間・魔族関わらず出没する。
故にフォールスのような商売人らはアックス、トレドに見られる冒険者を護衛に雇って身の安全を担保しているのである。
軍にしても、国境に近い町や村には内陸より多めの駐屯軍が配置されているとの事。
だが国境沿い以外の町や村は比較的平和であり、時折り深く入り込んだ魔獣や下級の魔物――主に盗賊の類などが悪さをする程度らしい。
まあ、魔獣の脅威は魔導国側としても同じようで、人間の盗賊が魔導国で悪さをするという事例も珍しくは無いそうで。
――スローライフ目指すなら内陸の街辺りなのかなあ
などと考えてもみるが龍海としては実際、スローライフに拘ってはいない。あくまでそれを目指すならば、だ。
とにかく王都に行ってこの世界、この国の生活ぶりを見て腰の落ち着き先を決めようと思う。
「王都のギルド員じゃなかったなぁ、タツミ」
翌日の午後、王都に着いてからフォールスと別れたあと、ギルドに赴いたトレドらは護衛依頼達成の報告がてら龍海の素性を問い合わせてくれた。まあ当然、答えは分かっているのだが。
「お手数をおかけしました。とりあえず記憶が戻るまでこの街に滞在しようと思ってます。宿も紹介していただけましたし」
「ああ、結構古いけどその分気安く泊まれるところだし、そこでゆっくり養生するといい。あ、そうだ。これ、受け取ってくれ」
龍海はトレドに小袋を渡された。
中を見るといくらかの銀貨、銅貨が入っている。
「これは……」
「角狼の角と牙と魔石を売った金だよ。これはあんたの取り分だ」
種類によって違うが魔獣の身体には野獣などより魔素が多く含まれており、その中でも腎臓や肝臓辺りには魔素の結石、魔石が存在する。
トレドらの話によるとそれらは医薬品や魔道具の材料となるため、魔獣を仕留めた場合は護衛報酬とは別の副収入になるそうだ。
――いかにも魔法世界だな~。
「でもこれはあなた方の稼ぎじゃあ……」
「何言ってんの。あんたが加勢してくれなかったら僕はあのまま腹、食いちぎられて死んでたさ、当然の報酬だよ? それに僕たちも分け前はちゃんと頂いてるしさ」
と、アックスがすっかり完治した脇腹をポンポン叩きながら勧めてくれた。
ゲームのように一瞬では無いにしろ、獣に食いつかれた傷が一日も経たず完治するなど、あのポーション中々にすげぇ、と感心する龍海である。
「そうですか。では、ありがたく頂戴します」
「うん。まあ記憶が無いならここの暮らしも不慣れなことが多いだろうが、俺たちは仕事が無けりゃさっきのギルドに入り浸っているから、何か困ったことがあったら気軽に声かけてくれや。俺たちに出来る事なら喜んで力になるぜ」
「その時はぜひ、お願いします。いろいろお世話になり、感謝してます」
「お互い様さ。じゃあな、また会おうぜ」
二人は軽く手を振ったのち、いずこかへ去っていった。