状況の人、新たなる旅立ち3
ちょいと時間は巻き戻る。飛び出したイーミュウを洋子が追った直後。
「いつまでポカンと口開けてんだよロイ?」
「あ、は、はひ!」
龍海の声で我に返ったロイは裏返った声で返事した。
「しかし、よほどお前に惚れこんでるんだろうなぁ。物語でならこんな荒唐無稽な手段もアリっちゃアリだけど、現実にはそう簡単に出来るもんじゃ無いだろ?」
「は、はぁ……」
「……お前、彼女の事はやっぱり恋人とか伴侶とか、そう言う目じゃ見られないのか?」
「彼女は……嫌いな訳はありません。少々わがままで生意気な所も有りますが、根は領民思いのやさしい娘です」
「うんうん」
「自分もいろいろ考えました。自分とイーミュウとの婚姻はアープの未来の安泰に大きく寄与するものだと」
「でも、婿が必要なだけなら自分でなくともよい?」
「正直それもありますが、誰でも良い訳じゃありません。やはり血族・縁者で固める、もしくは友好的な他の領地の貴族の子女を迎え入れて結束を固めるのが理想です。それゆえ現状、自分が最適である事は分かっているつもりです」
「なるほど。しかしそれでは自分を偽ってしまうと?」
「イーミュウの事は好きです。しかしそれは幼馴染の親類としてであり、兄妹の様な付き合いなら問題ありませんが、いわゆる生涯の伴侶として認め合えるかと言うと……」
「……俺は普通に女が好きだからよくわからんけど、彼女って俺から見ても可愛いし明るいし……そんな彼女から迫られたりしても……ときめかない?」
「はい……」
「……俺が、一緒に風呂に入ろう、とか言ったら?」
パアァァッ!
「それはぜひ!」
――オメメキラキラさせるなー!
目がキラキラとか、二次元フィクションなどだとそういう描写は珍しくもないが、これほどマジで今にも涙か桃色怪光線だかが溢れそうなくらいにウルウルと輝く目を見るのは龍海にとっては初めてであり、その心持は非常に複雑であった。
――なんでこの目を美(少)女から貰えないんだよ!
異世界モノであれば転移早々に魔獣や盗賊に襲われて、絹を裂くような女性の悲鳴が上がって、その敵をチート能力で全滅させ、悲鳴元の美少女にいきなり一目惚れされるなんて主役に対する、まるで優遇接待的なシチュが定番であると言うのに、やっと現れた少女にはむさい中年とかキモオタクソ童貞とか罵られ、挙句惚れられるのが少年兵とか、何の呪いやねん! と嘆きたくなるのも宜なるかな。
とは言え、実際に美少女に惚れられても一線を越えられないヘタレであるのはカレンの見立て通りではあるのだが。
「し、士官学校で憧れてる先輩とか同期とかもいるのかな?」
「え? ま、まあそう言うのもありますが……」
――やっぱ同性にときめくのか……
「でも……」
「でも?」
「シノノメ卿ほどの御方とお会いした事は未だかつて……」
――告らんといてぇ~!
「初めてお会いした時に直感しました! この方はこれまで会った男性とは全く違うと! 今までこの世界に無い何かを持った方だと!」
――そりゃ異世界人だしさ! 違うかも知んないけどさ!
「そして有翼の女性たちに見せた慈悲深さ! 更に彼女らを救出するべく熟練冒険者も躊躇するオーガの盗賊団相手に勇猛果敢に立ち向かう男気! これで心を奪われない奴なんか、もはや変態ですよ!」
オメメキラキラ更に倍!
「そこまで言うかぁ!?」
龍海は以前入会していた同業者組合の、女遊びしまくりの先輩に、
――「一度くらい男を経験するのもアリだぞ?」
とか言われたことが過去にあったが、例えそれが事実だとしてもやはり初めては女が良いと思う次第。
「タツミよ」
カレンが割り込んできた。
「どうせ女にはモテんのだ。いっそ異世界転移を機に鞍替えしてはどうかの!?」
ロイに負けないほどオメメキラキラのカレン。もちろん別の意味で、である。
「なに期待してんだよ、この腐古龍!」
「まあまあ、そう尖がらず、に……」
「ん? どうした?」
話途中でカレンの口が止まった。キラキラの輝きが失せた目線が上空に向いている。
「なにか、群れておるな」
――群れてる?
龍海も空を見上げた。
群れている、と言う言葉とともに空を見上げていることから、龍海は鳥などの飛翔生物を連想した。
セレナら有翼種も当然飛べるしカレンも言わずもがな。その中で、
――鳥の魔獣とかも居てもおかしく無いわな……
と思いつつ索敵を開始。
「ラプターだ! イーミュウ! 逃げろ!」
ロイが叫んだ。
カレンが感じたラプターと呼ばれた魔獣が洋子とイーミュウに向かって猛然と急降下・襲撃して来たのだ。
♦
「ヨウコ様! 伏せて!」
「きゃ!」
イーミュウが洋子を押し倒し、岩陰に伏せさせた。
と同時に背中に吊っていた棒のようなものを取り出すイーミュウ。
それは三節根の様に三分割されていたが、二か所の鎖の様な物で連結された部分を押し込むと一本の棒になった。
更に先端部を捻ると穂の部分が飛び出して来て、全長2mくらいの槍が組みあがった。
――お、暗器みたいでカッコええ! でもあの程度の尺ならそのまま持っててもいいんじゃね?
とイーミュウの得物に気を引かれつつも、それどころじゃねぇ! とばかりに龍海も散弾銃を引っ張り出して洋子たちのもとへ向かった。
襲撃してきた鳥魔獣――ラプターはその鋭いくちばしから猛禽類を思わせ、体長は1m越え、翼を広げると幅は3mを越えているだろうか?
焼けば食いでのありそうな逞しい腿の先にあるゴツく鋭い爪を広げて襲い掛かる鳥魔獣、それに対峙し槍を構えるイーミュウ。
「ハァッ!」
イーミュウは左足を踏み込み渾身の突きを放った。
バサッ!
対してラプターはイーミュウの攻撃を瞬時で察知し制動、上昇してその切先を躱すと彼女に食いつくべく、くちばしを突き出した。
「フン!」
だがそれを見越していたイーミュウは槍を翻し石突部分で振り払い、更に突きを浴びせる。
イーミュウの流れる連続技に目を見張る龍海であったが、ラプターはそれらの攻撃をことごとく躱しており、再度仕切り直すべく他のラプターが旋回している空域の手前まで距離を取った。この魔獣、なかなかの俊敏性である。
「ヨウコ様! 今のうちに退避を!」