状況の人、新たなる旅立ち2
さて翌朝。
朝食を終えた龍海らはロイが手配したと言う荷馬車に向かった。
ニコニコ顔で二人を迎えるロイが招く馬車には、野営道具に水・携行食料等、必要物資ががっつり積み込まれていた。正に準備万全、用意周到、用意万端、諸事万端であった。
「いつでも出発できますよ、シノノメ卿、サイガ卿。さあ!」
ホント、あとは乗り込んで馬のケツ引っ叩くだけ、てなもんである。
夜半に準備に取り掛かって朝一番でこれもんである。徹夜で準備でもしたんか? と呆れる龍海ら。
「あんたねぇ……夕べも言ったけどさ、少しは許嫁の事にも配慮しなさいってば。あれだけ慕ってるのにさぁ」
「ですから昨日はずうっと彼女と親交を深めてましたよ。十分、義務は果たしたと思いますけど?」
「義務とかじゃなくて、彼女はあなたと久しぶりに会ったんだし、今だってあなたと一緒に居たいんでしょ? せめて出発の挨拶くらい有ってもいいんじゃないの?」
「お言葉ですが、これは当家と本家との問題です。任務に関係の無い事柄には……」
「シノさん? レベッカさんに目付け役の交代とか罷免請求って出来るかな? あたしの名前で」
「ご無体な!」
「いや~、仕事で不備が有ったワケじゃないからな~」
「そ、そうですよね! さすがシノノメ卿!」
「童貞同士、相哀れむ?」
「変なところで繋げるなよ! それにロイと俺じゃ童貞の意味違って来そうだし!」
「のう? このまま突っ立っとっても疲れるだけだがの? 行くか引くかはっきりせんか?」
「まあ泊まらせてもらったし、ご馳走食わせてもらったし、当主に挨拶無しで出発ってのもなぁ」
「ご心配なく。イオス伯は昨晩の晩餐が深夜まで及んだので現在もお休み中です。その間は執事のメイヤーさんが代わりに対応してくれます」
「はい。もしも就寝中により、サイガ卿方に御無礼する事になればよろしく頼むと、伯から仰せつかっております」
ロイと同じく、馬車の用意に付き合っていたイオス家の執事、メイヤーが頭を下げながら説明した。
「う~ん、まあ御言葉に甘えるにしても、ロイはイーミュウ嬢には声、掛けてけよ。曲がりなりにも許嫁だろ?」
「ところが、お嬢様は現在ご不在なのです。専属メイドたちが早朝にお出かけになられたと言っておりましたし……」
「そうですか。じゃあメイヤーさん、自分たちはこれで出発しますから、お二人にはよろしくお伝えください」
「承知いたしました、ロイ様」
「ちょっと! なに勝手に決めてんのよ!」
「だってわざわざ起こしに行くことないじゃないですか。それにまた、こちらに来ることもありますよ。その時に言えばいいじゃないですか。さあさあ、どうぞお乗りに!」
思わず頭痛が走る龍海に洋子。そんな二人に、
「まあここでうだうだしてても始まるまい。道中、お主らの魔法の鍛錬もせねばならんでな、ここはすぐ出立と言う事で行こまい」
とカレンが促した。
確かに自分も洋子も火器頼りばかりではなく、魔法力の向上にも励まなければならないのは喫緊の課題だ。
先だっての盗賊戦でも連中の魔法攻撃を受けた際に、ロクな防御も出来ずに力押しでなんとか切り抜けただけに過ぎなかった事からも、それは明白である。
来たるべき戦乱のゲームチェンジャーとなるための総合的な戦闘力を身に着けるには、まだまだ訓練が必要だ。
洋子も龍海もロイの言動には何か引っかかるモノを感じながらも、すぐに出発することには同意した。
「道中お気をつけて」
見送るメイヤー。
笑顔で軽く手を振る執事に龍海も応えて手を振り返す。
まあ笑顔で見送りは当主の代行も兼ねた執事として当然であるにしても、その笑顔が一際輝いていたのは龍海の気のせいであろうか?
当然のことながら、気のせいでは無かった。
一行の馬車は一路南部を目指して街道を走行していたのだが、昼に差し掛かり、昼食を摂ってその後2~3時間ほど、カレンの指導の下で魔法の訓練を行おうと、街道から離れて荒野に出向いた。
同時に龍海らが、昼食の準備をし始めて携行食や水を取り出すため荷物をあさっていると、何が入っているのか子供くらいは入れそうな大きさの箱の中から妙な異音が聞こえてきた。
――……まさか……?
まさか? まさか? と、そう思いつつも、龍海の脳裏ではいくつかの点と線が結び合った様な感覚が走った。つか、この状況下で予想される解はそれほど多くは無い。
そして、それを証明する様に、
「もうダメぇ~!」
と叫びながら、裾を膝上まで上げて活発な足さばきを可能にする、いま流行りの標準的チュニックとは若干違うデザインの短めなタイプの服を纏い、革の長靴を履いて同じく革の肩パッドに胸部鎧を装着した少女が飛び出してきた。
少女は馬車から下車し、龍海やロイから死角になる岩の後ろを目指して駆け出して行った。
出発してから、忘れ物をしていそうな気がするのだが、それが何か思い出せなくてひっかかっている……てな感じと同様の違和感と執事の笑顔の意味に納得し、就寝中と言ってイオス伯が顔を見せなかったのも恐らくはロイがこれを好機と彼女の潜伏に気づかず出発を急がせようとするだろうと踏んでの奸計ではないか? と判断した龍海はロイの顔を伺ってみた。
まあ見るまでもなく、目ン玉が零れそうなくらいに目を見開いて、口はカパーンと開け放ちながら愕然としているに違いないのだが。
実際に見てみると、ロイは開け放った口から唾液がこぼれる寸前、てな顔をしているし。
件の少女については、さっきの叫びからして大体の状況は想像出来るが、ちょっとデリケートな事案であろう事と予想できるし、言葉の選び方には気を付けなければならない、と考えつつ、
「お花摘み?」
などと小声で恐る恐る洋子に声を掛けてみた。
すると洋子は、呆れかえってますアピールいっぱいの嘆息をしながら、散弾銃を担いで少女が身を隠した岩の陰に近づいて行った。
で、少女の方は最悪の結果を回避する事が出来た歓喜(?)の嘆息を吐き出していた。
まるで丸々一日、散歩に連れて行ってもらえなかった柴犬の長小便の様な花摘みを終えた少女はそそくさと下着を整えながら立ち上がった。
用足しを終えて洋子に振り向くその少女の素性は言うまでもなく、アープ領主の娘、イーミュウ・エスワイナ・イオスその人である。
「あんたねぇ~」
洋子が後ろ頭をバリバリ掻きながら不機嫌この上ない表情でイーミュウに物申す。
「1日かそこらしか見てないけど、あんたがロイにぞっこんなのはあたしたちも分かるんだけどさ。だからって国の任務に無関係のあんたがあたしたちのパーティに同行、ましてやその理由が色恋沙汰とか認められると本気で思ったの?」
「不謹慎な話だと自分も思っています! でも任務を担う夫に尽くすのも妻の役目ですし、国のためにもなる事だと思いますし!」
「それ、普通に公私混同だし」
「お役に立ちます! 聞けば勇者様は我が軍を導く指導者として修業中だとか! その間の雑用その他、下働きでも何でもする覚悟ですわ!」
「あ~、別にそう言うのいいから。そう言うの困ってないから。そのためのシノさんだから」
ひええ……
「いえ、きっとお役に立って見せます! 私これでも槍術の……」
「イーミュウ! 逃げろ!」
ロイから突然の警告。と同時に洋子とイーミュウは何物かに陽の光を遮られた――何者かが空から接近していることに気付いた。