状況の人、新たなる旅立ち1
龍海はクリーニングが終った64式をベッドに預けて卓の上に並べたビールを一本取り、グイっと煽った。
「ところで、いいのかロイ? 実家に顔出さなくても」
「もう精も根も尽き果てましたよ! あれから中庭だけじゃなく屋敷中、いやもう街にまで出てあちこち引っ張りまわされましたよぉ」
ビール片手に、卓上に上半身を突っ伏してぐったりしているロイくん。ボヤくボヤく。
「それだけ汗を流した後のビールは最高であったろう?」
「はあ、そりゃカレンさんがご執心になるのも、もっともだと思うくらいは美味しかったですけどぉ……」
とは言うもののロイくん、カレンやイオス伯ほどは異国の酒を楽しめていないご様子。
だが今夜、イオス伯とイーミュウが商工会の晩餐に呼ばれていたのは幸いだった。おかげで今は龍海らと付き合っていられる。
でなければ真夜中まで、いや夜通し・徹夜でイーミュウに張り付かれていたところであったろう。
「しかし貴族の領主さまが商工会とか出向くのかね? ふつう逆じゃね?」
「イオス伯は出好きな方ですから。おかげでこっちは少し楽が出来ますけど……シノノメ卿、今後は南を目指すのでしょう? でしたら距離もありますし明日早々にご出立成されては?」
「あんた、ホントにここに居たくないのね? あんなかわいい許嫁がいて何が不満なのよ? 年齢=彼女無し歴のシノさんからすればメチャメチャ贅沢な話よ? はい、こっちも終わり!」
ジャカ! カチン!
M500の組立てを終えた洋子も話に入ってきた。
「俺を引き合いに出すなよな。まあ、事実だけど……」
「それは当然です。シノノメ卿の魅力は女子供には分かるはずもありません!」
ロイくん、これでもかと胸を張って、ふんす! 対して龍海。
「フォローされてる気、全然感じないんだけど!」
「まあのう。我と深夜まで飲み合って、良い感じで酔っておっても閨に誘う度胸もないヘタレであるからのう。あれだけ我の胸をチラ見しておるに」
「卿はそんなブニュブニュの脂の塊なんかに興味ありませんよ! それは女の己惚れと言うものです!」
――いや大好きだよ!? そのブニュブニュとやら生で見たいよ? 触りたいよ!?
しかし30を超えてもその一線越えに及ぶ事のない龍海であった。
見たい、触りたい欲求は十二分にあれど、その時の相手の反応、その後のやり取りとかどう接すれば良いのか全く思いが及ばず、その後が予想外に険悪になってしまうかもしれない可能性にビビッて踏み越える事が出来ないまま現在に至っている。
一夜の相手でもそれもんであるから、この先しばらく行動を共にする洋子やカレンなら尚更であった。
「やはりイーミュウ嬢を避けたがっているのは彼女が女だからかや?」
「そ、それは……彼女自身は幼馴染でもありますし嫌ってるわけではありませんが……その、あの……」
「やっぱ男性の方に憧れるって事でおけ?」
「あああ、ですからあの、その、あああ……」
「大丈夫よ。この世界はどうか知らないけど、あたしたちの世界じゃ同性に恋心抱くのなんてのもアリだから。シノさんだって女相手は童貞だけど自衛隊にいたし、男相手は経験済みかもしれないしぃ」
おお!? とロイくん、沈んでいた表情が一気にパァ!っと、期待満面の明るいお顔に。オメメもキラキラ~。
「いや、そういうの偏見だから! 俺も周りの連中も一人残らず女好きだったから!」
「え~、そうなんですかぁ~?」
今度はショボ~ン。
「残念がるなよロイ!」
「残念だのう。生で覗けるかと期待しとったが」
「やかましい!」
「カレンてホントに腐古龍なの? シノさん、BL本でも再現してあげたら?」
「見た事も手にした事もねぇよ!」
しかしマジ、このパーティでしばらく付き合わねばならないのだろうか?
魔導国を占領もしくは併合、などと言う目標に立ち向かうには眩暈がしそうなメンツである。
「あ~、もうしんどいな~。まあ、とにかくさっきも話してたが、これからの方針としては今度は南の方へ出張ってみようとは思う。北方に比べて好戦的と言われるウエアウルフを中心とする連中が多いそうだが、その実力や兵力を探りたい」
「デクスのオーガたちは穏健だったけど、結局兵力としてはどのくらいなのかしら?」
「常備兵員は600~700と言ったところでしょうか?」
「その程度? 意外と少ないのね?」
「辺境ですからね。我がアープでも800人程度です。プロフィットなら人口も多いですし、駐屯軍も合わせれば2千人以上いると思います」
「戦いになったらアデリアが圧倒しそうなんだけど?」
「本戦になれば戦時徴用もありますから規模はもっともっと増えますよ」
「そうなの?」
「国家が万を超える常備兵力を持つようになるのはもっと後の世代だと思うよ。開戦すれば恐らく男の1/3近く徴兵されるんじゃないかな? 実際の戦争ではこちらも万単位でのぶつかり合いになるだろうな」
「はい、そんな感じでしょうね。それにプロフィットは皇国にも睨みを効かせなければいけませんし、デクスより西にはジュピトー市がありますから北方全体は戦力としては拮抗してますね」
「やっぱり南の方も洗いたいな」
「こちらよりは数は多いでしょうけど残念ながら詳しくは……」
「ロイじゃないが早いうちに向かった方がいいかな?」
「ですよね! そうしましょう!」
「仕事に託けて許嫁を煙に巻こうってのは感心しないわよ、ロイ?」
「ん? お前、昼間は彼女と睨みあってなかったか?」
「あれはロイを想っての勘違いでしょ? 彼女はちゃんと反省してたし健気なもんよ」
――年頃の女同士、何か通じたかな?
「う~ん、ロイを庇うわけでは無いけど、もしレベッカさんたちが言ってた魔導国の軍備再建がいつ終わるかが不明なら、早い目に探った方が良いだろう。こちらの準備が出来ていないうちに向こうが準備万端、今にも侵攻って事になったらシャレにならん」
「開戦するなら、戦端はやはり南部でしょう。急ぐに越したことは無いかと?」
「北方は差し迫った状況でないことも分かったからな……やっぱり明日出発しようか」
「はい! では自分が馬車の用意をしてきます!」
「へ? こんな夜中に?」
「大丈夫です。厩にも顔がききますし! では行ってきます!」
そう言うとロイは龍海たちの返事も待たずに外へ飛び出していった。
「あれま。よほどあの子から離れたいのかのう?」
精も根も尽き果てた、とは一体?
「まあGなのは本人の自由だけど……でも、もうちょっと彼女に配慮があってもいいんじゃないかなぁ。ちょっとあからさま過ぎよ」
あまりにもイーミュウの気持ちを軽視している今のロイの行動には、洋子はちょっとお冠のようだ。
龍海としても他人事ながら些か無下な対応とは思うが、別なところが少し引っかかった。
イーミュウの事だ。
親が出好きだと言っても、久しぶりに会ったロイを置いて出かけるってのはアリなのか? 商工会の晩餐ならばイオス伯だけでも事は足りるのでは? ロイが帰郷していると言えば欠席でも皆は納得しそうなものだが? そんな感じで「よく出かける気になったな?」などと考えたのだ。