状況の人、小娘に手を焼く４
さて、部屋に残った龍海らは若い二人のイジリ話で和んだのち、領主イオス伯から魔導王国や、領内外での魔族・魔獣の活動や被害を聞いてみた。
「ご存じのようですが魔王ポリシック卿は内政に力を入れており、大戦以降も他国へ攻め入り版図を広げるとかは勿論、こちらを威嚇するなどと言った思惑を感じる事はありませんでしたので、当方もあまり防衛に注力する必要もありませんでした。仮想敵国ではあるのですが、両国の国境巡回兵は出くわしたらお互いの魔獣出没状況の情報を交換したり加給食を差し入れし合ったりと、南部の連中なら『たるんでる！』と激昂しかねない状況ってのが現実でしてな」
「あまり気を緩めたり仮想敵国との馴れ合いも考え物ですが……でも戦争よりはいいですね」
「然り然り。おかげで魔導国と接する国境線が長い我が領地よりも、ポータリア皇国と国境を抱えるシーケン候のプロフィット市の方が神経をとがらせているくらいでして」
――やっぱ本当の敵は魔族じゃなくて人間なのかなぁ？
「我がアープにも魔導国に備える国防軍が駐屯しておりますが、現状はプロフィット市への支援部隊と言ったところですわ」
「最悪、魔導国と事を構えるにしてもこの地方は先の大戦と同様に、戦火が拡大すると言う可能性は低いと見ていいでしょうか？」
「そうありたいとは思っていますが……いざ開戦となり、王都府から「中央のモノーポリ領を攻めて撹乱せよ」とも命じられれば出張らねばなりませんし、そうなればポリシック卿としてもこちらへ対峙せねばならないでしょう。とは言ってもポリシック卿も我らとの交戦で疲弊した所をポータリアに狙わる、それを危惧しているでしょうし、シーケン候もそうお考えのようで」
「しかしながら南部はそうはいかない？」
「ええ、南部は海外との交易港の利権もありましてその争奪戦は激しく、今もってお互いにわだかまりを持っている者も多いです。もう少し世代が代われば風向きも変わりましょうが、先の大戦の惨状を記憶している者の方が多勢ですし、やむを得ない所ですが」
戦争に対する温度差が地域ごとに違うのは珍しいことでは無い。
今の印象からすれば開戦となってもこのアープ付近の地域の戦火は最小限に留まる可能性は高い。
それこそ国に対して義理を果たすための断交、そして穏やかな睨み合いくらいで収まるかもしれない。
しかし南部の方の軋轢等は結構強いとの事で、北部の状況とはかなり違いそうだ。
となると中部・南部の国境沿いにも赴いて双方の戦力・状況を分析する必要があると考えるべきだろう。
アデリアを勝利に導く事を望まれている立場としては、主戦場となりそうな地域の状況は当然外せない。
南部の話でよく出てくるウエアウルフ族。彼らと相まみえる事でもあれば、オーガ族と比較してそれぞれの能力や戦闘力がどれくらいのポジションにいるのかも順次分かっていくだろう。
オーガの盗賊どもは自分らを侮っていた事や、こちらが強力な火力を持っていた事で事無きを得たが、連中が繰り出して来た高速強力な弓矢や火球魔法に対する防御等、こちらがもう少し慢心していれば一挙に形勢逆転された場合も有り得たわけで、油断する事は出来ない。それらに対応する技や戦法の立案等は出来るだけ早く確立させるべきだろう。
龍海たちの次の行動指針は固まってきた。
夜。
昼食が非常に重かったので夕餉は軽くいただいた龍海たちは客間に集まっていた。
枝豆をアテにビールを煽るカレンを尻目に、龍海と洋子はそれぞれの銃の手入れをしていた。
在隊時に行っていたスタイルと同様、床に座り込んで６４式を分解して部品を並べ、一つ一つ付着した火薬ガスをふき取り、油を薄く塗っていく作業。
その中で龍海は、銃のとある部分が壊れてしまっている事に気付いた。
「あちゃ～、脚イカれちゃってるよ。聞いた通りだったなぁ～」
龍海は根元が損傷した二脚を見て嘆いた。
６４式の二脚の本体は薄い金属板を巻いてパイプ状にしたものが採用されているのだがローラー保持具も含めてこれが脆弱な仕様で、対盗賊戦で行ったような脚を使っての制圧射撃の場合にそのまま射撃すると銃の挙動に負けて損壊してしまうのである。
故に脚使用の場合は銃本体を少し前に押し出して、脚に直接、衝撃を受けないようにする工夫が必要なのだが、これが脚を使用する意味があるのかと言いたくなるくらい不安定なのだ。
射撃検定時、単連射６発の試験で合格点が６点以上だとすると、初弾を的の中心に合わせて２点以上を狙って２発目は神任せか、初弾を的の下部に合わせ２発目を得点圏上部ギリギリに収まることを狙うか悩みどころであったと言う。
８９式世代の龍海も先輩隊員からその話は聞いてはいたのだが、盗賊戦ではその余裕も無くガッシリ押さえつけて使用してしまったので、てき面にイカレてしまったというわけだ。
それもあって一応脚だけは予備を再現しておいたので新たに装着する。
二脚が脱着式の８９式と違って脚を抜きにしては組み立てられないのが６４式だ。
「銃の手入れって毎回毎回やらなきゃいけないモノなの？」
Ｍ５００の油引きを終えて組立てに入った洋子がぼやいた。
「まあ、一カ月手入れしなくても平気と言われる銃もあるけど、それを過信した先にあるのは銃の作動不良＝死だからなぁ」
小火器にしろ車輌の様な兵器にしろ、創作物で描かれるように快調に動くばかりではない。荒っぽい扱いを受けても作動するタフな面もあれば、ほんのちょっとのトラブルで稼働不能になる、なんて事も珍しくはない。
重量の嵩む重火器を搭載した装甲車輌などでも日本製の乗用車の如くメンテフリーでもそこそこ長持ちすると言う訳にはいかない。定期的、使用前・使用後の点検整備を欠かせると、途端に不調を来すのもよくある話である。
当初、試したかった悪路でも走行できる車輌の再現も、斯様な恐れもあって実行するのは控えている。
武器隊に居た龍海としては車両の修理や整備には自信があるものの、設備が期待できないこの世界で野整備をするには、せめて自分と同等程度のスキルを持った人材がある程度必要だが、そんなもんは存在しない。
「まあ、それほど大した知識や経験が必要ってわけじゃ無し、１０分やそこらの手間を惜しんで不具合起こさせるより、万全のケアをした方が良いのはお前の髪の毛と同じだよ。よし、終了！」
引鉄室部を本体に装着、銃床を嵌め込んで二本の止め軸を押し込み組み立て完了。
シャキーン！ バシ！
手入れを終えた６４式の槓桿のチャージングハンドルを引き、まるでストライカー方式の様な直進式の撃鉄を落とす。
しっかり手入れが施された６４式各部は軽やかな作動音を響かせた。
