状況の人、小娘に手を焼く3
「サイガ卿、シノノメ卿。此度の我が娘の不敬、不始末! 全くもってお詫びの言葉もございません!」
ようやくお説教が終わったのか、伯爵は龍海らに詫びを入れてきた。
「当方には王都府から通達があり、もし我が領地へおいでの際は出来得る限りの事をなす所存でしたが娘には話を通しておらず……愚輩の不徳の致すところでございます。何卒ご容赦を!」
と深く、深く頭を下げるイオス伯爵。
伯爵によると龍海と洋子の身分は公爵級に準ずる事を王都府アリータ・フィデラル宰相名で達せられているらしい。
翻って、ロイを午餐に引き込むために同行を認めたイーミュウであったが、用意された領民提供の素材による豪華料理は当然自分とロイの分だけであり、別室の龍海らに出されたのはパンと水に二種類の総菜がちんまりと盛られた程度の激安スーパーで見かける税抜き¥198の弁当を連想する程度の物であった。
それを聞いた伯爵は慌てて厨房をフル稼働させて三人の前に並べるべく、食糧倉庫内在庫一掃セール並みの勢いで馳走を作りまくっている最中なのである。
「あ、まあ、気にしないでください。お嬢さんも悪気があっての事では無いでしょうし」
「お心遣い忝のうございます! ほれ、お前もお詫び申し上げんか!」
「は、はい! し、シノノメ様、サイガ様、この度は知らぬ事とは言え、大変なご無礼を働いてしまい猛省しておりますところです! 不遜な言葉遣いの数々、どうか平に、平にご容赦賜りますよう伏してお詫び申し上げます!」
父親にせかされ、思いっきり頭を下げるイーミュウ。
実際は伏せてこそいないが、まるで立位体前屈級の下げ方の方に感動し、うお! 体柔らけぇ~! とか口から洩れそうになる龍海である。
「いや、もう頭を上げてくださいよ。ホントに気にしてませんから。それにお嬢様の言動も軍曹への想いの深さがそうさせたんだと思いますし」
「ああ、シノノメ様の深きお心に感謝いたします!」
龍海としてはマジでどうでもいい事でもあったので、お貴族様にこうもペコペコ頭を下げられても却ってこそばゆい。
と、これまでの誤解・行き違いも解けて落着が見えてきたところに料理が運ばれ始めた。
出された料理はこれから一族郎党集めての晩餐会でも始めるつもりか? と言いたくなるほどの種類、量であり、激安スーパー税抜き¥198弁当以下とは言え、一応昼食を済ませた龍海や洋子の胃袋にはあまりにも過多に過ぎた。しかし、
「ほほほ~、これはこれは美味そうなものが並んできておるではないか。のう、タツミよ。一本くらいアレを出してもらえんかのう? 美味い料理には美味い酒だ」
小声でこそっとビールを所望するカレン。元は竜だけに、やはり胃袋のキャパが違うのか?
「また昼から飲むのぉ?」
「作戦に手を貸したら朝から飲んでもいいと言っておったではないか。のうタツミぃ」
「酒ならこちらでも用意されてるじゃないか。あまり素性を語るなって言ってたのカレンだろ?」
「伯はお主の身上を知っておろうが? ポリシックの午餐の時は空気読んで我慢したのだ、少しくらい良いではないか!?」
「どうしましたか? 何かご不満な事でも?」
カレンと龍海らのやり取りに伯爵が聞いてきた。
「いやあ、そういう訳じゃ無いんですけど……」
「イオス伯殿? 王都からの通達で彼らの身上・使命はご存じであるな?」
「はい、興味本位の好奇心は抑える様に、とも承っております。我がアデリア王国の窮地を救って下さる方であると」
「大丈夫のようではないか。の? の?」
「う~ん、いいのかなぁ」
ここまで言われると、この世界への影響に対する考えが揺らいでくる。
伯爵は娘の不手際が有ったばかりで龍海らへのもてなしには過敏になっているので、何のことか釈然としないまま、は尻の座りが悪かろう。
かと言って戦闘とか、自分や洋子の命に係わる事ならともかくも、嗜好品であまり地球文化の持ち込みと言うのも抵抗がある。
――全く、言い出しっぺがよぉ……
釈然とはしないが龍海はビールを出してやった。まあ先の作戦での、人質の位置を的確に見抜いた功績は認めざるを得ないし。
「おお、感謝感謝! イオス伯、貴殿もご相判遊ばれよ。勇者殿らの故国の酒であるぞ」
「これはこれは。有難く頂戴いたしましょう」
適当な器が無いのでボルドー型に似た、底が卵形っぽいワイングラスで受ける伯爵。注がれる異世界の酒をまじまじと眺めながら、
「エール……より澄んだ色合いでございますな。では」
ごきゅっ…………ごきゅっ ごきゅっ ごきゅっ!
「ほお! エールとはまた違ったスカッとした後味、のど越し、なかなか爽快でございますな!」
「そちらのソーセージと合わせてみられよ。世界が変わりますぞ?」
「もむ! ほむっ! んぐ、んぐ。ぷはぁ~。くうぅ~! これは~! 口内に残った脂をサッパリと洗い流すも旨みは舌の奥にほんのり残ってまたソーセージが欲しくなる……うむ、これは止まりませんな!」
「さもありなん、さもありなん。タツミ! おかわりだ!」
「おいおい……」
「もう、飲んべぇは~……」
さて酒と美食談義も落ち着き、イオス伯も今回の計画についての話題に振り始めた。
と、ここで龍海はロイに一計をぶつけた。
「ロイ?」
「はい! シノノメ卿、何でございますか!?」
「君とお嬢さんは先ほど昼食を済ませたよね? どうだい? お嬢さんと散策でもして来ては?」
「は? いや、自分は片時も卿の傍を離れずに……」
「同じ邸内に居るんだから何かあったとしてもすぐに来られるよ。お嬢さんと会うのも久しぶりなんだろ? いい機会だし、どうかな、イーミュウさん?」
パアァ!
イーミュウの顔に神の後光にも勝るとも劣らない歓喜の光が浮かんだ気がした。
「シノノメ様、なんと深きお心遣い。さすが勇者サイガ様の御従者!」
「あ、あの! シノノメ卿、サイガ卿!」
「うむうむ。ロイも久方ぶりの故郷じゃ。ゆるりとするがよいぞ? イーミュウよ、今年手を入れた中庭、ロイは初めてであろう。案内せよ」
「はい早速! さあロイ、行きましょう!」
さらに輝くイーミュウの笑顔。ロイにとっては、この光はさながら自分を焼き尽くす地獄の業火のごとく感じられた事だろう。
「ちょっと待って! 自分には任務が!」
「まだ言う? あたしの名で命令しちゃう?」
洋子も乗ってきた。メッチャ意地悪い笑い顔でニヤつく。
ロイの顔に額から口にかけて、サーッと蒼線が降りてきた。
「それでは皆様、ごめんあそばせ。さあロイ、こっちよ!」
「卿~!」
ギルドから出る時の既視感? と思えるくらい同様に、ロイはイーミュウに襟首を掴まれて引き摺られていった。




