状況の人、小娘に手を焼く2
「ギルドごと灰になるから堪えてくれ、気持ちはわかるけどな(こっちも中年呼ばわりだし)。おい、ロイくん?」
「は、はい!」
「この子は君の知り合いで間違い無いな? だったらとりあえずこの娘に付き合ってやりなよ」
「え! いえ、しかし、自分は卿の傍を離れる訳には!」
「大丈夫だって。俺たちはちゃんと街に留まってるから。今のところは俺たちは宰相閣下やレベッカ隊長に不利になるような事しないって」
「そ、それは存じているつもりです。しかし自分としては……その……」
「なんだよ? 奥歯にモノ挟まった様な言い方だな? キミ、まさか任務に私情を挟んではいないよね?」
「い!」
いや、これまでのロイとイーミュウのやり取りで彼が彼女を苦手としている、もしくは関わりたくない、遠ざけたいと言う事、しかも彼女は彼女で彼にかなり入れ込んでいるらしき様である事くらいは恋愛経験皆無の龍海ですら容易に気が付く。私情云々など、確かめるまでも無い。
更に、ロイが女の色香より男気を尊ぶクチであるなら何か色々とややこしくなりそうなので、あまり首を突っ込みたくないのが本音ではある。
故に、その面倒の火種が洋子やカレンに移る前に他所で勝手にやってくれと龍海は思うのであるが、ロイ自体は任務に託けたい気マンマンの模様。
「ま、ままま、まさか! じ、じじ自分は任務に、ちゅ、ちゅちゅちゅ……」
ちゅちゅちゅのちゅ?
「に、任務に忠実なんです! そ、そうだ、こうしましょう。自分は卿らとご一緒する義務がある。卿もご一緒なら午餐に行けると!」
――あ?
龍海が思うに、この状況下でイーミュウが望んでいるのはロイと二人きりの昼食。
お荷物が三つも増えた状態ならば彼女も諦めるだろうと。いくら領主の血縁者でも王都行政府からの命令に逆らうことは出来まいと、彼の思惑はこんなところであろう。
龍海は言ってやりたかった。
なあロイ? フラグってものを知っているか? と。
「いいわよ?」
ロイよりも私情を挟む事の無いフラグさんは適確に仕事をした。
イーミュウは龍海らの同行をいとも簡単に受け入れたのである。
と言う訳で、イーミュウは顎が垂れ下がったロイの襟首をむんず! と掴み、彼をズルズルと引き摺りながらギルドを出て行った。
「皆様、こちらへどうぞ」
入れ替わるように、イーミュウのお付きであろう、歳の頃40代後半から50代前半の侍女らしき女性が現れて龍海らを案内した。
彼女らの豪奢な馬車に同乗は出来なかったが、龍海ら三人は即座に用意された辻馬車に押し込まれ、連行よろしくイーミュウの馬車に追従して行った。
こちらの馬車にはさっきの侍女も同乗していた。
「あの……」
「はい?」
「俺たちは王都から来たばかりでロイくんとは……」
ジロッ!
――う……
ロイの名をくん付けとか気安く呼んだ事に反応したのか、侍女の目が厳しくなった。
侍女にはロイからの、ちゃんとした説明が無かったので彼女にとっては龍海らはどこの馬の骨とも分からない平民風情レベルの存在と判断したのだろう。
「あ、ロイ・トライデント軍曹とはお話したのですが、もうお一方の御令嬢は全く存じ上げませんので……やはりトライデント軍曹とは近縁の仲で?」
「ロイ・トライデント様はアープの将来のご領主さまです」
――はい?
「え? でもロイ……いえトライデント軍曹は分家の方だと……」
「ロイ様は我が主の許嫁にございます」
――あ、やっぱりぃ? なんかそんな雰囲気はあったけど……ん? てことは……
「我が主、イーミュウ・エスワイナ・イオスさまはアープの領主、イオス伯爵のたった一人のご息女でございます」
もしかしたらクロノス家の可能性も捨てきれなかったが、ド本命だったらしい。
「この馬鹿者がぁー!」
イオス伯爵邸の応接室で、領主のカルロス・エスワイセブ・イオス伯爵の怒号が響きわたった。イーミュウの様に耳に刺さるほどの甲高さは無い声質ではあったが、それを補って余りある声量に龍海らはやっぱり眼を瞑ってしまった。
「でもお父様……」
「でももへったくれもない! なぜおまえは未来の夫の言う事を信じなかったのか!? ロイは一貫して王都府からの特命だと言っておったのだろうが! なぜ許嫁の言葉を信じん! 世の中の全ての者が疑いを掛けようとも、最後まで夫を信じるのが妻たるの心得であろうが!?」
「も、申し訳ありません!」
恐縮しまくりのイーミュウ。しかし伯爵は尚も続けた。
未来の領主だの、手に手を携えてだの、二人の共同作業だの、何かのスピーチからパクったんか? てなセリフがそこかしこに散りばめられており、聞いている龍海らの眉毛を歪ませていた。
「なあロイ?」
「は、はい……」
「俺、なんか君が、どうにか彼女、遠ざけようとしたの、分かってきたわ」
「……恐れ、入ります」
未来の夫だの許嫁だのと言う言葉がイーミュウではなく、むしろロイに向けられていそうな雰囲気は色恋沙汰とか関係なく、龍海にでも理解できる。娘への説教と言う体であっても、ロイへの態とらしいほどの絡め技込みである事、気付かない者もそうはおるまい。
「伯爵には他にお子さんは居なかったんだっけ?」
「いません」
「側室とかお妾さんの子とか?」
「いえ、全く」
「クロノス家は?」
「女の子が二人。男子は一人いますが今年やっと四歳で……」
「君の家は?」
「兄と姉が……」
「そうか……だから文官の家柄でありながら士官学校を……」
「お察しの通りです……士官として昇進すれば王都駐留も有り得ますし」
「……もしかして、今回の任務の報奨は……」
「え、ええ……卒業後、王都配属を約束すると……」
実に分かり易い。
男子に恵まれなかった本家に、トライデント家の跡を取れない次男坊のロイを婿として迎えようとする伯爵家及び分家。
それを嫌がり士官学校への道を選んだロイ。
――いや~、そんな都合よく行くかな~?
龍海は首を捻った。
地方領主の後継に支障が出そうな裁可をそう簡単に下しては地方の王都府への信用を損なうんじゃないかな~? と。
まあ、自分等には直接関係は無いし、それに心砕く必要も無いのではあるが。
「ところでロイよ?」
カレンが割り込んできた。
「あなたに呼び捨てを認めた憶えはありませんが?」
「細けぇことはよかろう。で、お主はどちらなのだ?」
「どちら……と言いますと?」
「彼女の事が気に入らんのか? それとも彼女が女だから気に入らんのか?」
「そ、それは……う、上手くいくとは思えませんので……」
「答えになってなくない?」
洋子も入って来る。
「いや、それが答えであろう。なるほどお主らは……ん?」