状況の人、小娘に手を焼く1
龍海らが瞑った眼を開けて声の聞こえた方に視線を向ける以前に、その声の主はテーブルまで駆け込んできていた。
歳の頃は洋子やロイと同じくらいだろうか?
身長は155cm程度と洋子とほぼ同じと言ったところ。
「見つけたわよ、ロイ!」
眩く光る金髪をツインテールにした少女は随分とご機嫌ナナメそうな顔つきでロイに詰め寄ってきた。
「や、やあ、イーミュウ。げ、元気そうだねぇ」
「何が、元気そうだね~、よ! 手紙送ってもロクに返事寄越さないくせに! 帰って来てたのならなんで私のとこに来ないのよ!」
「帰って来たって言っても今回は任務なんだよ! 今もデクスの町から戻って来たばっかりだし任務の途中なんだ! 悪いけど席を外してくれないかな!?」
「任務って、士官学校生が何の任務よ! 学生がバカンスでも無いのに帰郷なんて謹慎か退学しかないでしょ!?」
「た、退学って! 人聞きの悪い!」
「それならそれでいいじゃない、ずっとここに居られるんだし!」
イーミュウと呼ばれた少女は、短めのブリオーの上にこれまた短めのシュルコの様な上着を纏っていた。
一見、街中でも見かけるデザインだが色合いと言い、煌びやかな素材と言い、多くの目を引きそうな装いだ。
生地は先だってカレンが古着屋で買ったような普及品では無く、シルクほどの輝きを放っている素材である事からしても、彼女が高貴・裕福な家の人間でありそう……とは容易に想像できた。靴にもシミは無く、ギルド職員たちの履いている靴のどれよりも艶やかだ。
何より領主の親類たるロイにタメ口で捲し立てているわけで同じ縁者か、もしかしたら家族、と予想してもおかしくは無かろう。
かてて加えて、そんな綺麗なおべべとはおよそ似つかわしくないこんな冒険者ギルド内に、ズカズカ入り込んでの一方的な物言い、その自己中心的な言動は如何にも貴族のヤンチャなお嬢様と言った臭いがプンプンだ。
「だから任務なんだってば! ちゃんと君のとこにも顔出すからさ、今のところは引き上げてくれないか?」
「こっちはあなたが街に戻ってきてたって聞いて歓迎の午餐の準備もさせてるの! せっかく領民が献上してくれた食材を無駄にする気は無いでしょうね!? さ、いくのよ!」
――領民、ね。やはりお貴族様か?
イーミュウはロイの意向など全く無視して彼の腕を引っ張り上げようとした。
しかしロイが任務中であると言うのは事実で間違いなく、彼女の意向に沿う事は出来ない。
ロイは懸命に手を振り払うと、
「だ・か・ら! 僕は任務でこの方々と同行しなきゃいけないんだ。王都親衛隊治安部隊長直々のご命令なんだぞ!」
と言いつつ懐から命令書を取り出してイーミュウに突きつけた。
イーミュウは差し出された命令書にこれ以上は無いってくらい眉間にシワを寄せながら目を通すと、続いて龍海ら三人を凝視し、
「これには、この色気過多のおばさんの事は書かれてないけど?」
などとカレンを一瞥しながら、おほざき遊ばされました。
別にメイクガンガンで決めてるわけでも無いカレンに色気過多とか言うのはやはり誰もが目を引く爆乳を指しているのだろうか?
龍海はイーミュウに目線を合てて、女性を見る時はまずはお胸からと言う彼ならではの通常運転で注視していた。
古着屋からの情報では最近は体の線を強調するファッションが上級民の流行りらしいが、それを意識していない、そこそこゆとりのある服なので、お胸の素性を垣間見ることは残念ながら出来なかった。袖口を見るとゆとりと言うより、だぶついていると見た方が良いかも?
――成長を見越して仕立てたが、思ったほど育たず止まってしまったのかな? それでスタイルの良い、かてても暴力的爆乳のカレンに嫉妬交じりで口にしてしまったと?
「ちょっとそこ!」
イーミュウが龍海の視線に気付き、ビシッと指をさして申された。
「なにを、成長を見越して仕立てたけど思ったほど育たず胸周りがガバガバになってしまったのか? みたいな目で人を見てるのよ! いやらしい!」
「ちょ! そこまで思ってねぇし!」
「半分は当たっているのね!? 胸がガバガバだとは思っているのね!?」
「そっちじゃねぇ!」
「どうせ、また胸から見てたんでしょ?」
洋子ちゃん、ジト目で龍海を見るの図。
「火に油を注ぐでないぞヨウコ。まあ同類相哀れむのも分からんではないがな」
口元ニヤぁ~なカレン姉さん。注いどるの、お前やぁ~! とアセアセな龍海くん。
「「ああ!?」」
注がれた油を燃料に、激しく凶悪な目つきとなった少女二人が仮想熟女とメンチ切り合う中、
「イーミュウ! 卿に絡むのはやめてくれ! この方は……!」
ロイはイーミュウの耳に口を寄せて、
「国賓レベルの御方なんだぞ。お二人に何か不都合が起きたら本家も責任を問われかねないんだ!」
と小声で言い聞かせた。
ロイとしてはそこで二人相手に畏まってもらいたかったところだが、
「はあ? こんなむさ苦しい中年と小娘がぁ?」
全く真に受けてもらえなかった。おそらく自分を煙に巻く言い訳くらいにしか思っていないのだろう。身なりにしても、訓練や作戦中ではない今現在は他の冒険者に溶け込めるような服装であるし。
洋子の冒険者風の服は王都府で仕立てられてはいたが、冒険者を装うために高級な素材は使われず、一般的な木綿や麻の生地で作られている。
故にイーミュウの目にもそんじょそこらの冒険者に見えたのだろう。お針子さん、GJである。
そういった偽装の方では功を奏したと言えるが、命令書には機密保持もあって龍海らの氏名は書かれてはあるものの、素性には一切触れて無いのが仇になった形だ。
その分は口頭で捕捉説明があったわけだが、今のイーミュウには信じてもらえそうにない。んで、さらに、
「小娘ってあたしの事ぉ? あんたも似たような年頃じゃん! なに上から人見てんのよ!」
洋子さんもブチ切れです。
「あんた以外、誰がいるのよ! 根無し草の平民がロイに擦り寄って後宮狙いとか烏滸がましいわよ!」
「コーキュー? 何ワケ分かんない事言ってキレてんのよ!」
――ああ、そっちの知識はナシか。まあ知ってたらもっとブチ切れたかも? てか洋子は17歳だしギリ小娘の範囲じゃね? 俺まだ30そこそこなのに中年呼ばわりだよ?
「まあまあ、歳も胸も小娘同士仲良くするがよかろう?」
「「黙れ、乳牛ババァ!」」
「……タツミ、この小娘どもに火ィ吐いていいか?」
青筋立ててボソッと仰る牛バ……カレンさま。牛を食うのは好きだが牛呼ばわりは罷りならん! てか?