状況の人、招待を受ける3
翌日の朝。
龍海たちは、セレナの一行、治療の終わったミコ・ジュノンたちと一緒に一路アープの町を目指して出発した。
セレナたちの護衛も兼ね、加えてギルドマスターにも顛末は話して置くべきかと判断し、帰路も同行することにした。盗賊団の壊滅はこの街道を通るアープの商人たちにも朗報であろう。
一晩野営し、町に着いたのはもうすぐ正午と言った頃合いだった。
「タツミさん、ヨウコさん。カレンさんにロイ様。今回の事……もう、なんてお礼を言っていいか……この恩は一生忘れないわ、本当にありがとう!」
到着後、ギルドマスターへの報告のため、龍海らはギルド近くでセレナと別れることにした。彼女らは彼女らで、教会に赴いてミコたちの無事をマザーに報告するのだそうだ。
というわけで、セレナたちに潤んだ眼で感謝される龍海たちであった。
「力になれた事は俺たちも嬉しいことだよ。結果論だけどポリシック卿ともパイプが出来たしね」
「この町で滞在中に何かトラブルでもあったらいつでも言ってね? あたいたちも出来るだけ協力するよ!」
「ありがとうマミイ。あ、そうだ。これ、持ってってよ」
そう言いながら龍海はセレナに小袋を渡した。
「これは……え!」
セレナは小袋の中を覗くと目を見開いて驚いた。
袋の中には魔導国発行の金貨が6枚入っていたのだ。
「これって、タツミさんたちへの報奨金じゃない! そんな、あたしたちが受け取るなんて!」
この金貨は発行元が魔導国ではあるが黄金の値打ちには変わりはなく、アープやプロフィットでも通用・換金できる物だ。純度においてもアデリアで流れている金貨とほぼ同等らしい。
「俺たちの取り分はちゃんと貰ってある。作戦には君たちも参加したんだから当然の分け前だよ」
ポリシックは盗賊討伐の報奨金として龍海たちに金貨10枚を下賜してくれた。
で、均一に一人一枚ずつと言うわけである。
「な、なら、これをタツミさんたちへの依頼料として!」
「いいから受け取ってよ」
「で、でも!」
「どうしても気が引けるんなら教会への寄進とでも思ってくれないかな。ね?」
言われてセレナは洋子の顔も見た。
洋子も龍海の沙汰に同意しているらしく、笑顔でうんうんと頷いた。
「あ、ありがとう! マザーに代わってお礼を言うわ!」
「ま、さっきの話じゃないけど、あたしたちが困ってあなたたちの教会に縋る事もあるかもしれないし。その時はよろしくね!」
「はい、ヨウコさん! いつでもいらしてください!」
セレナは「ホントにありがとう!」と洋子に抱き着いて感謝した。
続いて龍海にもハグ。そして……
ちゅ!
龍海の頬に感謝のキス。
いきなりのスキンシップに眼を見開いて硬直するも、ミコやマミィたちからも次々と感謝のキスを贈られる龍海。
こちらではこれくらいの事は普通なのかもしれないが、慣れないシチュに同じく眼を見開いて驚く洋子さん。
やがて教会に向かうセレナ達を乗せた馬車に手を振って見送る頃には、龍海の顔は目尻も口元も鼻の下も大変だらしな~く垂れ下がっていた。
ようやくやってきた体感型お色気イベントに、それはそれはみっともないほど破顔したままの龍海であったが、
「いつまでネコがマタタビ食らったみたいな顔して呆けてんの、このエロオタ! さっさと報告しに行くよ!」
などと洋子に罵られ、耳を引っ張られながらギルド内へ連行されていった。
ロイの声掛けでマスターに出向いてもらい、先だって座った所と同じ隅のテーブルで龍海たちは事件の顛末を説明した。
「そうでしたか。いや良かったです。何より皆さん全員無事にお戻りになられて」
「ギルドが断ったのに勝手に依頼を受けちゃったから問題だったかなぁって気にしてたんだけどな」
「いえ、こちらが正式に受領しなかった依頼ですし問題はありませんよ」
「なら良かった」
「しかしポリシック卿が相変わらずこちら側との共存を望んでいると言うのは有難いですね。中部や、事に南部ではキナ臭い話も多く、衝突も散見されるそうですし」
「なんか拍子抜けするくらい好意的だったよね。それならもっと交易とか広めればいいのに」
洋子がふと疑問に思ったことを口にした。お互いがそれを求め合っているのなら躊躇する意味が分からなかった。
龍海もそこは引っ掛っていた。だがポリシックの前であまり根掘り葉掘り聞くのは、初対面であることも相まって聞きそびれていたのだが。
「規模的には大戦前の方が取引量は今よりもっと大きかったんです。しかし中・南部は戦争被害の大きさもあり、北部だけが和気あいあいと商取引を再開するわけにもいかず……今現在のようにお互いが中央の目を気遣っての規模でしか」
「そんなもんなの?」
洋子は今度はロイに振ってみた。
「はい、その辺は辺境の哀しさで、軍備にしろ中央からの派遣軍に頼っているところや、自然災害時の支援等、あまり王国に睨まれることは避けたいところでして」
「矛盾、感じるなぁ」
「俺たち庶民には与り知れない、いろんな柵とかが有るんだろうな」
と龍海も思う事を言ってみた。その辺りは程度や毛色の差はあれ、日本をはじめとした前世()の世界でも有った事だし。
「まあ取り敢えず、盗賊団の壊滅は嬉しい限りですね。越境しての護衛依頼も受けやすくなります」
「あら、ギルドとしてはちょっとくらいキナ臭い方が報酬が増えるんじゃない~?」
洋子がちょこっと意地悪くマスターに言ってみた。そんな容子の揶揄いに、
「いやいや、隊商とかの護衛は主に魔獣や野獣が相手なんですよ。もしも皆さんが南に行く事が有れば十分気を付けてくださいね」
などとふんわり応じつつ、マスターはその後、話を適度に切り上げて奥に引っ込んで行った。
「南か……ポリシック卿は魔導国の中では穏健派だとみていいのかな?」
「角の生えた鬼族が穏健派とかちょっとギャップよね」
洋子が微笑んだ。
「だよな。鑑定してみると総じて体力や戦闘力もヒトに比べて2割から最高で4割り増しくらいは有ったし、結構おっかない相手のはずだ。でも南の方はどんなものかな?……そちらも早いうちに探った方が良いか?」
「じゃあ、今度は南へ向かうわけですね? いつ発ちますか?」
ロイが身を乗り出してきた。声にも力が入っているように感じる。
「え? まあ余り焦る事も無いさ。一仕事終わった後だし、ちょっと体を休めてからでも悪くないんじゃないかな?」
「あたし髪の毛、ケアしたい~。毛先はある程度はセレナさんたちに整えてもらったけど、なんかまだ臭ってそうなのよね~。ねえロイ? この町でヘアケアのお店とかってお薦めある?」
「そ、それなら王都の南のメロトロ市に評判の理髪師がいるって王都の御令嬢方が言ってましたよ? ぜひそちらへ!」
「……ロイよ。先だっても感じたがお主、やたらと他所へ行きたがっとるように思えるのう。ここはお主の故郷であろ? そんな居心地が悪いのかや?」
ロイのあまりにも本音を隠さない言い様に、カレンが突っ込んだ。
「い、いや、別段そう言う事では……」
「それは俺も感じてるなぁ。任務とは言え寮制の士官学校生なら久しぶりの里帰りなんだろ?」
「は、はあ、まあ」
――なんか煮え切らんなぁ……
なにやらロイの個人的事情が見え隠れしそうだな、と思い込んでいる中、
「見つけたー!」
ギルド内に響く、耳に突き刺さる様な甲高い声。龍海らは思わず目を瞑った。マジで鼓膜がジリジリする。
対してロイは「い!」なんて声が漏れそうな、焦燥感丸出しの顔をしながら椅子からケツを浮かせた。




