状況の人、招待を受ける2
「やあやあフランジャー中佐、一報は聞いたぞ。圧倒的だったそうだな!」
ポリシックは入ってくるや大変上機嫌な口調でフランジャーと力強く握手しながら彼らの功績を称えた。
「盗賊団は一人の逃走も許さず全滅させたと言うではないか! いやあ良くやってくれたよ。これで商人たちも安心して行商に出られるだろう!」
「お褒めのお言葉を賜りまして光栄の極みでございます閣下。今後、捕縛した盗賊どもを尋問し、他の盗賊団や犯罪者の情報などを聞き出す所存であります」
「うむ、期待しておるぞ!」
ついで領主は後ろに並ぶ分隊長らと順番に握手し、労いの言葉をかけていった。
そして龍海の番となる。
「そなた、名を何という?」
若干笑みを残しながらもポリシックはフランジャーらに向けた目とは違う、少々厳しい目つきで龍海を見た。と言うか値踏みする気も隠さない印象さえ受ける。
「我が名は龍海と申します」
「アデリアの冒険者とな?」
「仰せの通りです」
「……」
ポリシックはじっと龍海を見ていた。
龍海はポリシックの目に自分の目線を合わせながらもその目力は強すぎず弱すぎず、あえて無表情を意識して姿勢を正していた。
「ふ……」
「……」
「ふはは、はははは!」
ポリシックは笑い出した。更に龍海の両肩に手をのせグイグイと揺すり始める。
「聞いたぞ聞いたぞ! 盗賊団の隠れ家にたった2人で乗り込んだそうだな! それでいて留守居の盗賊どもを20人も屠ったとか、最初は我が耳を疑ったぞ!」
魔王さま、また上機嫌にお戻り。龍海の肩をバンバン叩きながら喜んでいらっしゃる。
「恐れながらポリシック閣下。私どもが相手をしたのは17名です。そのうちの捕縛8名はフランジャー中佐指揮下の討伐隊の功績です」
「うん? …………わーはははははは!」
龍海の修正報告にポリシックはこれまで以上に大声で笑いだした。そしてまた肩バンバン。
――痛ぇよ……
「功名心に逸る中央の武人や傭兵どもは少しでも自分の手柄を誇張する奴らばかりだと言うのにイヤに謙虚ではないか! フランジャー! この男はそなたの親類か何かか!? 堅物なところがそなたにそっくりだぞ、もしかして隠し子か? はーははは!」
――そういや中佐もお堅いこと言ってたなぁ
「わしは己を知りつつ、さらなる研鑽に努める奴が大好きだ。このフランジャーにもわしは全幅の信頼を寄せておる! どうじゃタツミとやら、冒険者など辞めて我が領地の防衛軍に入らぬか!?」
――はいいい?
「お、お戯れを……私はアデリア王国の臣民の身でありますゆえ……」
「何の事も無い、優秀な人材は国の内外、人種、民族関係なく誰でも歓迎だぞ? とは言えそなたにもいろいろ事情もあろうでな。ま、気が向いたらいつでもわしのもとへ参れ。これ、午餐の準備はどうなっておる?」
ポリシックは執事に尋ねた。
「は、隣室で既に……」
「おお、そうか。フランジャー、タツミ。あとは飯でも食いながら語るとするか。今日の捕り物、ぜひ詳細に聞かせてくれ!」
ずいぶんと自分に好意的に接してくれている、それは僥倖であった。魔導王国の情報を聞き出すにもアタリが良ければ余計な神経を使う事も少なかろう。
だが、上級民のこういう言葉はリップサービスの場合も多々ある話なので額面通りに受け取らない方がいい――龍海は気を緩める事無く警戒を続けることにした。
午餐の間中、フランジャーら討伐隊や龍海の話を聞きながら、ポリシックは終始ご機嫌であった。
しかし、一通り討伐の話を聞くとポリシックは今度は笑顔を押さえてセレナたちに話を振った。
「セレナと言ったな? 仲間は全員無事救出されたのだったな?」
「はい、多少の擦りキズや打撲は受けておりましたが、後遺症や命に係わるような症状は見られないとお医者様が」
「うむ、それは何よりだ。我が領地内へ商取引に来る者に最悪の被害がなかったのは喜ばしい。だが、彼女らも生きた心地はしなかっただろう。我が領地内でそんな目に合わせてしまったことは大変申し訳なく思う」
「いえ、越境しての商いにおいては基本的には自己責任と言う事は心得ております。しかるに警衛隊をもって治安の維持に努めて頂き、あたしたちのような外国人にも手を差し伸べて頂いたこと、大変感謝しております」
「郊外はただでさえ魔獣による被害も馬鹿にはならん。盗賊にしろ魔獣にしろ、捨て置いて行商人たちに、この界隈での商行為から手を引いてもらっては我が領地の経済も細る一方だ。各国、各地方との交易を活発化させるためにも安全保障は重要課題だ。だがわしらの様な辺境は武力を整えるのも一苦労でな」
「最近魔導王国では軍の再編が進み、大戦前の勢力にあと一歩と聞こえておりますが?」
話題の頃合いを計っていた龍海は、時期尚早かとも思ったが、差しさわりの無い所で踏み込んでみた。
自分たち平民に気安く話しかけてくる領主の気さくさについ口に出してしまった。
「ああ、南部のウエアウルフどもが何やら息巻いておるようだな。まあ連中は王都にも近いし中央府からの補助金も多いからな。全く、あんな戦争を再度引き起こしてもアデリアも我が国も共に疲弊するし、結果アンドロウムやポータリアがほくそ笑むだけであるのに、バカ犬どもは牙を剥き出すしか能が無いのかと言いたくなるわ」
「領地を武力で広げようとは思われないのですか?」
洋子が聞いてみた。
「他の町や領地を占領してしまえば確かに手っ取り早く国力は上げられるが、この辺りの魔導王国側の我が領地とアデリア王国のアープの町やプロフィット市との間は荒れ地が多く、進出するにも難儀な地形が多くあるのも行商に携わる諸君には馴染みであろう。それにかかる兵力、物資、資金等を天秤にかければ、荒野を開墾し、新鉱山の発見に注力した方が得策と言うものでな」
とポリシックが答え、
「先の大戦でもこの辺りはそれほど激戦区とはならなくてな。戦争状態になってそれぞれの特産品の物流が止まってしまって生活に支障が出た事の方が問題だったくらいだ」
フランジャーがさらに補足した。
「もちろん我らも魔導王フェアーライト陛下に忠誠を誓う魔導王国臣民だ。王が裁可されればわしらとそなたらは敵同士、こうして卓を囲むことも叶わぬが、出来ればそれは避けたいものだ。適度な均衡と程よい交易、今の状態が維持できれば共に発展も出来ようぞ」
――魔導王フェアーライト、か……カレンの情報通りだな
龍海としては魔導国の生の情報はいくらでも欲しいところ。だが、あまりにも根掘り葉掘り矢継ぎ早に質問攻めも考え物だ。
アデリア民なら当然知っている事でも聞いてしまったりすると齟齬が生まれ、変に腹を探られることにもなりかねない。龍海はあくまで冒険者としてのキャラに徹する事にした。
自分たちが転移・召喚された異世界人であることはいずれは知られるとしても、それをわざわざ早めるような言動にメリットがあるとは思えない。
王都ならば他国の間諜がいてもおかしくない等、王宮でアリータたちに言ったのは他ならぬ龍海である。
神経過敏かもしれないが、異世界人の召喚・追放の一報がこちらにも届いているかも? という可能性は捨てるべきではないだろう。
ポリシックもそれを知っていて自分らを試しているのかもしれないのだ。
今回はここまで位で……龍海は詮索にならない程度の会話を心掛け、午後3時ごろまで続いた午餐の時を過ごした。