状況の人、戦闘に入る4
火球攻撃の効果に、やんやと囃し立てていたもう一つの小屋の連中は一瞬で言葉を失った。
魔導士か、他の盗賊のモノかは不明だが、肘から千切れた仲間の腕が転がり、血の塊に等しい色合いの内臓らしき物体が飛び散っている現状を目の当たりにしては血の気も一気に引いただろう。
そんな連中を尻目に、龍海は二発目の擲弾を装着し終えてもう一つの小屋に照準を合わせた。
「待て! 止めへ……」
爆裂の恐怖にとらわれ、まともに舌が回らない盗賊どもは次々弓や剣を手放し、眼球がこぼれるほど見開いた目で命乞いをし始めた。
さっきまでの勢いはどこへやら、実に虫のいい話だ。
龍海も当然そう思っていた。何をいまさら、である。
連中は今の今まで、自分らが火球に飲まれて焼け死ぬのを笑って見物しようとしていたのだ。情けを掛ける必要など、どこにもない。
先ほどの魔導士でもそうだ。
自分と洋子を焼き殺す気満々で火球を放ち、周りの連中もそれを笑いながらはやし立てた。
その時、龍海は心底怒りが沸いて来ていた。
焼かれる恐怖よりも、自分を殺そうとする奴らに対する怒り、これがもう半端なかったのだ。貴様ら如きに殺られるか、クソが―! と。
更にこういう手合いはこちらが情けをかけて背中を見せればすぐさま矢を射かけてくる、そんな連中だ。手心を加える余地なんて欠片も有りはしない。
後顧の憂いは無くす。自分は攫われた娘たち、何より洋子を守らなければならない。
龍海は引鉄に力を込めた。
が、
「そこまでだ!」
右後方から大声が飛んだ。
想定していなかった新しい状況に、龍海の動きが止まる。
しかし止まったのは一瞬。すぐに背中を樹の幹に預けて擲弾を装着したままの64式を左腕で抱え、サイドアームのG17に右手をかけて声の正体を探る。
「吾輩は魔王ポリシック卿配下の防衛軍警衛中隊長フランジャー中佐である! 双方ともこれ以上の諍いは吾輩が許さぬ! 全員その場を動くな!」
声は沢のある方向からだった。
名乗りを上げたフランジャー中佐とやらが率いる十数騎の騎馬隊の他、相当数の歩兵が沢から登って来ており、足早に展開を進めて龍海たちを含めたアジト全域を包囲し始めていた。
――警衛中隊? 魔族の治安部隊か……
どうやら領主側の治安維持部隊らしい。龍海はG17から手を離した。
「タツミ、聞こえるか?」ザッ
「カレンか」ザッ
「セレナたちとは合流した、全員無事だ。だがおまけが湧いて来おった」
「警衛隊か。そちらにも来てるのか?」
「おう、お主もそやつらの指示に従った方が良さそうだぞ。どうやら盗賊の討伐が目的らしくてな。少なくともお主らとは敵対する理由は無さそうだ」
「どっちにしても、何を今頃、だな」
あと一日二日早ければセレナたちが誰彼構わず涙ながらに縋る事も無かったろうに、と。
この新状況が自分たちに仇を成す訳でも無さそうなのは安堵すべきではあるが、まだ血が昂っている状態ではどぶ付きたくなるも已む無しか。
「そうぼやくな。先発した盗賊どもも大方討ち取られたか捕縛されたからしいし、娘たちの安全は確保出来ようぞ」
今回の作戦は彼女らの救出が第一目的であったし、盗賊とは言えオーガを中心とした魔族らの値踏みも出来てまずまずの首尾と言えよう。
「わかった。こちらも撤収にかかる」
カレンからの通信を終了し、龍海は洋子のもとへ向かった。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。火球当てられた時は焦ったけど、そういや自分で水出せるんだって我ながら笑っちゃった」
と、びしょ濡れになった髪の毛の水を払いながら答える洋子。
「お疲れさん。攫われた娘たちはロイやカレンが保護してるよ。取り敢えず作戦は成功だ」
「やったね! よかった! じゃあこの盗賊たちは?」
「領主の警衛隊が捕縛するだろうな」
「そっか。じゃあこれで落着だね!」
「ああ!」
パァン!
二人は目標達成と、お互いの無事を喜び合いハイタッチを交わした。
「あ~、燃やされたりずぶ濡れになったりもう散々。お風呂入りたい!」
「だな。あの火球は厄介だった。あの手の魔法攻撃に対する防御とかも、もっと研究しないとな。あーあ、髪の毛縮れちゃってるよ、手入れが大変だな?」
「え! やだ、マジ!?」
言われて洋子は自分の髪の毛を確かめた。
後ろに纏められていた髪の毛先、その至る所が火球に炙られて縮れ捲っていた。まるで痩せたブロッコリーの如しである。まだ髪の毛が燃える独特の嫌なニオイも漂ってきているし、これはかなりの毛先を切らなければならなくなりそうだ。
「……シノさん、それ貸して」
「へ?」
「ちょっと連中の頭、焼きハゲにして来る……」
一瞬で、放射熱線を吐くゴジ〇より凶悪な目付きに変貌した洋子は擲弾が装着されたままの64式を龍海からひったくろうとした。
髪は女の命と言われて久しく、男の龍海でも髪は長い友達であり続けたいと常々思っているし、洋子の怒りの気持ちはたいへん強かろうと理解はするモノの、この場で小銃擲弾をブッ放して捕縛行動に出ているフランジャーたちを巻き込んだりしたら全くシャレにならない。マジで両国開戦の発端になりかねない。連中は領主配下の歴とした正規兵だ。
龍海は小銃を収納に戻し、
「落ち着けって。こういう世相なら盗賊は死刑を含めて重罪だから、これ以上こっちが余計な手間かけること無いって、な?」
と洋子をなだめた。
しかし、
「……そっか。自分で火ぃ出せるんだったわ……」
地獄の底から湧いて出たような凶悪な笑顔を浮かべた洋子さんの指先からは炎がポワッと。
あわてて龍海。
「やめヤメ止め! それにお前の髪焼いた奴はもうくたばってるし!」
しかもその張本人は擲弾の直撃で見るも無残な有様になっているはず。
「うげえぇぇ!」
「グフォぉ! げほ! ごぼ!」
被弾した小屋に入って中の様子を窺った警衛兵二人が、いきなり飛び出してきてリバースし始めた。
――よほどクリーンヒットしちまったかな~
擲弾が、例えば頭部や胸部にまともに直撃・炸裂していたら首から上、いや上半身も原形を留めてはいなかっただろう。実際、外まで腕や臓物が転がっていたわけで。
他の連中も狭い屋内に集まっていれば爆風で肺はやられるだろうし、至近からの破片弾は容赦なく盗賊の身体を刻んだに違いない。
もう一つの小屋や他の天幕も警衛隊に制圧され、捕縛された盗賊は次々に引き摺り出されてきた。
「中隊長殿。全ての天幕、小屋を調べました。捕縛8人、死者9人です」
「そうか。捕縛の8人も抵抗は無かったようだな」
「無傷は4人だけです。全く、17人も相手に只者じゃありませんよ、あの2人」
まあ、小屋に潜んだ連中はともかく、途中の天幕に隠れた奴らは龍海の掃射と洋子の散弾から逃れる術などない訳で。
数少ない無傷の4人は、残った方の小屋内で震えていた連中である。