状況の人、戦闘に入る3
タン!
龍海の耳に天幕内で放たれたであろう激発音が届いた。
ロイたちが動いた証である。
タン! タン! タン!
さらに響いてくる。
音も音量も自分等の銃声とは似通ってはいるものの異質ではあるし、別物と判断されてそちらの方に耳目が移ってしまうとマズい。
だが盗賊どもは、目前の龍海らによる未知の脅威の方が最優先でそちらへ向かう者がいるような動きは見えない。盗賊たちはこの音は全て龍海と洋子によるもの、と認識している様だ。陽動は成功し、連中を混乱させられたことは上出来だと言えよう。
しかしながら一発で終わらなかったという事はロイたちの現場での障害が首尾よく簡単に排除されたわけでは無いと言う事も同時に物語っていた。
ガタイのガッシリしたオーガ相手に9mm弾は確かに心許なくはあった。
しかし初心者のロイにいきなり重くて強反動のハイパワー銃を持たせるのは躊躇われた。
ダニーとの連携で計画通りに娘たちの救出に成功された事を願うばかりである。
こちらとしてはロイたちの動向を察知されず、連中を引き付けなければならない。
龍海はロイの発砲音を隠すように再び銃を撃発させた。
ドバドバァン!
「ひい!」
「な、何だこの魔法はー!」
残りの三人は転がるように逃げ出した。一番奥の小屋を目指して足を縺れさせながらも駆けていく。
ヒュン! ヒュンヒュン!
「洋子、伏せろ!」
二つの小屋や奥の天幕から弓やクロスボウでの攻撃が始まった。
弓矢は近代戦においては廃れてはいるものの、結構厄介な武器だ。
鋭利な矢じりに、銃弾もかくやと思われる貫通性能は並の防刃繊維など抜いてしまう事が有る。強力な複合弓・クロスボウの類なら尚更だ。
龍海は64の二脚を広げた。半身を木の幹に隠し、根っこから覘く形で脚使用寝撃ちの姿勢を取る。
ドンドンドンドン! ドンドンドン!
安定した連射で制圧射撃開始。
「こっちへ!」
洋子を誘導する。
洋子は起き上がると膝撃ちで連射。相手の頭を押さえると龍海の左後方の樹の陰に隠れて、
「装填!」
と言いつつM500の筒弾倉に弾薬を詰め込む。
洋子が5発の弾薬を詰めたあたりで、
「装填!」
龍海も弾が切れた。洋子に援護してもらい弾倉を交換する。
平地の一番奥にある、盗賊が籠る小屋までは約40m。
威力は落ちるが1m以上に拡散し、木の壁を削りまくるペレットは相手を牽制するには十分であった。弾倉交換を終えた龍海はすぐさま小屋に向かって制圧射撃を再開。
「ぐわっ!」
途中の天幕に逃げ込んだ連中は洋子の散弾の餌食になった。
死亡には至らなくとも、直径8㎜弱の散弾を何発も食らっては弓など引き絞ることなど出来はしまい。
「タツミ! ロイたちが戻った。娘どもも無事だ、お主らも引き上げよ!」ザッ
カレンから通信。人質救出は成功した。
――よし!
「洋子! 作戦成功だ、撤退するぞ! 援護するから森を目指し……」
撤退を伝えるため龍海がそこまで言った時、小屋の窓からボゥッとオレンジ色の光が彼の目に入って来た。
――か、火球か!
ブオォッ!
そう龍海が予想したと同時に火球が放たれた。一直線にこちらに向かってくる。
龍海は64を抱えて全力全速で左に転がって木の幹に身を隠した。
ボオン!
火球はさっきまで龍海が上半身を乗り出していた付近に着弾した。
ボバァン!
炎はまるで火炎瓶をぶつけた様にぶわっと広がり、燃焼範囲は直径2m以上、人の一人や二人くらい一度に包んでしまうほどの火力を見せた。
――これが、魔導士による火球魔法……
初めて見る魔法攻撃に息を飲む龍海。
威力自体はカレンのブレスに比べると遠く及ばないが、直撃したらタダでは済まないだろう。
ボワァッ
再度火球の光が浮かんだ。
「クロスボウ、援護しろ!」
誰かが弓遣いに発破をかける。ほぼ間を置かず放たれた矢が龍海らの横を掠めてくる。
ブオッ!
二発目の火球が放たれた。今度は洋子に向かってくる。
「逃げろ!」
龍海は叫んだ。
だが、
「え? え!?」
洋子は左右どちらに飛ぶか躊躇し、機を逃してしまった。
結局は身を預けていた樹の陰に隠れM500を抱えてしゃがみ込むしか無かった
ボバッ!
火球は樹に直撃し、舞い上がった炎は樹を回り込んでしゃがんでいた洋子に襲い掛かった。
「きゃあ!」
直撃では無いため一気に火が回るという事は無かったが、廻り込んだ炎は洋子の腕に脚に纏わりつき、戦闘服を炎上させた。
「わ! わ!」
思わず手で火を払おうとする洋子。
「魔法だ! 水を出せ!」
「あ!」
龍海に言われて洋子は、やっと気が付いたかのように念を込め、魔法で水を噴出させた。
ブシャアー!
水は体全体を覆うほどのスプリンクラー並みの勢いで降りかかり、洋子とその周辺の火勢を一気に押さえ込んだ。
「なんだ? 水魔法も使えるのか!?」
「だが効いてるぞ! 手を緩めるな!」
「やれ! もっとぶつけろ! 消し炭にしてやれ!」
連中の声がここまで聞こえてくる。
見た事も無い火器の威力に委縮していた盗賊どもだったが、火球が効果を見せるや士気を取り戻したようだ。クロスボウや弓の矢も間断なく浴びせてくる。
64式を抱えた状態で樹に隠れながら龍海は血圧が一気に上がった気がした。
――そうかい。俺たちを焼き殺す気マンマンなんだな?
焼き殺されるかもしれない恐怖。龍海も多少はそれを胸の内に抱えた。しかしてその胸の内は、それをかき消すほどの怒りがみなぎって来ていた。
自分を殺害・排除しようとする盗賊どもに対して、恐れなどよりも無性にむかっ腹が立ち、血圧が急上昇したのだ。
――腹括ってるってワケだよなぁ!
龍海は怒りで血が昇りアツくなった勢いのまま、再現を発動した。
現れたのは直径4cm強、全長30cm弱の筒状の物だった。
そしてその後端には矢羽根のごとく並ぶ8枚の板が装着されていた。
06式小銃擲弾である。
小銃擲弾――個人で運用できる最小の対戦車兵器だ。
龍海は擲弾を銃の先端、消炎制退器に差し込んだ。
銃を樹の幹に寄りかけて膝撃ちで小屋の窓を狙う龍海。狙いが決まると間髪入れず、
「くたばれ!」
龍海は引き金を引いた。
ドォン!
旧式の64式+M31擲弾は膝撃ちで撃つと腰がねじ切れるんじゃないかと思うほどの強烈な反動があるが、06式の反動は分離飛翔式の採用によりそれほど強くはない。龍海は即座に身を翻し、樹の陰に退避した。
放たれた擲弾は軽い放物線を描き、火球を放つ魔導士の居る小屋の窓に消えて行った。
次の瞬間、
ドガッァン!
凄まじい爆発音とともに爆煙が窓のみならず小屋の隙間と言う隙間から噴き出した。
噴き出したのは煙だけではなく、直撃した魔導士を含む爆散した盗賊の血や肉片も当然の事ながら混じっており、それらが辺り一面に、べったり、べっちゃり、と飛び散った。