状況の人、戦闘に入る1
龍海と洋子が沢を昇り、盗賊のアジト内で燃えるかがり火を視認できるところまで近づいた時分には東の空は白み始めていた。
それに合わせているのか、小さくなったかがり火には新たに薪は焼べられてはいなかった。このまま燃え尽きて今日の分をお仕舞にするのだろう。
沢とアジトを繋ぐ道には歩哨が一人、大きなあくびをしながら立っていた。
襲撃班を見送った後、どうせこんなところに誰も来やしねぇだろと言わんばかりのあくびを終えて眠気を覚まそうとしているのか、盛んに首を振りまくるその盗賊には警戒心のかけらも感じられなかった。
「こちら東雲。配置についた。ロイ、そちらは?」ザッ
「ロイです。アジトの西端に到着しました。歩哨はいませんが動哨が一人回っているようです」ザッ
「了解。こちらが動けばそいつもこっちに来るだろう。あと、無線で敬語はいらん。必要事項を簡潔・正確にな。カレン、連中が飛び出したら要救助者の特定を頼む」ザッ
「まかせろ、受けた以上は必ず見つけてやる」ザッ
「よし、これより作戦を開始する。今後は各自、任務達成に邁進せよ、終わり!」ザッ
通信を終えると龍海は64式を取り出して弾倉を装着し、初弾をゆっくり静かに装填した。
洋子もM500を用意した。薬室込みで6発を目一杯詰め込む。
更に周りが明るくなり始めた。
二人は暗視眼鏡を外し、銃を胸の前に抱える控え銃の姿勢でアジトに向かった。
歩哨まで、15mくらいまで近づいた。
だが歩哨は襲ってくる眠気に負けているのか何の反応も示さなかった。
――さてと……
龍海はふーっと一つ息をついて呼吸を整えた。
拉致女性奪還作戦発動、状況の人モード・スイッチオン。
――いよいよ、実戦だな……
龍海は64式の安全装置を摘まみ上げて銃口側に回し、レ、つまり連射に切り替えた。
さらに接近。
10mを切った。しかし歩哨はまだ反応しない。
「おい」
「ふぉ!」
龍海に声を掛けられ、歩哨のオーガはようやく二人に気が付いた。
「な、なんだてめえら! いつの間に現れた!?」
おのれが居眠りしている間に決まっとろう、と突っ込むのも面倒くさくなるほど間抜けなシチュである。まあ、それは置いといて。
「一昨日、有翼人の娘二人を攫っただろう。返してもらおうか?」
いらぬ時間稼ぎも余計な言い回しも必要はない。龍海は直球で要求した。
「あ? いきなり出て来て何を寝ぼけたことほざいてんだ。人間の分際でだれにモノ言ってやがんだコラ?」
どの口が寝ぼけているだと? うん、再び突っ込むのが面倒くさくなる二人である。
「サービスだ、もう一度だけ言ってやる。有翼人の娘を返せ。断るというなら皆殺しも躊躇しない」
淡々と抑揚無く続ける龍海。
自分の威嚇に全く動じない、自分より頭一つも二つもちっこい人間ごときが棒読みレベルで自分にタメ口聞いてくさる。
しかも剣も槍も持っていない、見た事も無い妙な服装で怪しげではあるが、短めな杖しか持っていない。そんなんで何をイキッてやがる、ふざけてんじゃねえぞ、と。
だが一人はなかなか年頃の女だ。
有翼人と一緒に売ればそれなりに値は付くだろう。
「あの娘の仲間かなんかか? わざわざとっ捕まりに来るたぁ余程の間抜けだな」
余裕を見せつけようというのか、歩哨は口元を歪めていやらしく笑って見せた。
だが龍海も動じない。
「お前に権限が無いなら有る奴を呼んで来い。ザコに用はない」
ビキ!
ザコと言う言葉に反応し、歩哨のこめかみ辺りに青筋が浮き上がった。
この程度の煽りでビキっているようでは、おつむの沸点はかなり低そうだ。正にザコ。
「ああ、そうかい。いい度胸だよ、身の程知らずが! 俺様がミンチにして豚の餌にでもしてやんよ!」
聞いているこちらが恥ずかしくなりそうな、絵に描いたようなザコ丸出しのセリフを吐きつつ歩哨は二人に歩み寄り、剣を振りかぶった。
見張りは、体格的に劣っている上に短い杖しか持たない二人の間合いの外から楽に一撃を食らわせられる、と余裕綽々であった。
しかし、
ドバァン!
そんなザコに、龍海は64式の床尾を肩に着けて構えると、間断なく無言でブッ放した。
バァーン! バーン、バーン……
朝の山間に7.62mm弾の咆哮が木霊する。
「うぎゃあぁ!」
撃ち出された銃弾は、洋子の腰よりも太そうな見張りの腿に着弾した。大腿部を撃ち抜かれ、転倒するザコオーガ。
通常、動く人物に致命傷を避けて脚やら腕やらに銃弾を命中させるのは、10m程度の近距離と言えども非常に至難の業である。
だがこの歩哨は、剣も槍も弓も構えず、呪文も詠唱も無しで杖だけ構えて突っ立っているだけの二人を侮り、自分の剣の間合いに入るまでノコノコと無防備で近寄ってきた。
そんな警戒心の欠片も無いデカい体が相手であれば、その太い腿に当てるのはさほど難しくはない。相手が俊敏に動いていれば、3~4mでも難しくあるのだが。
「うが! あぐあぁ!」
歩哨は剣を放り出し、撃ち抜かれた脚を抱えて転がりまくった。
「なんだ!」
「何事だ!」
派手に響いた銃声に他の盗賊どもも目を覚まし、天幕から次々顔を覗かせた。
アジトの入り口近辺、変な錫杖を持つ人間の男女が立っているのをそれぞれが視認する。
人間の一人や二人はどうと言う事は無いはずだが、歩哨に立っていた仲間が脚から夥しい血を流して苦痛に悲鳴を撒き散らしている。
そして先ほどの大きな破裂音。これが敵襲であることは覗いた全員が理解した。
しかし二人の人間は中へ攻めてくるわけでも無く、錫杖を構えてずっと突っ立っていて動かない。
盗賊たちは手に手に剣や戦斧を握り、ゆっくりと、あるいは小走りで歩哨の元へやって来る。
そこで仲間が脚を何らかの方法で抜かれ、大腿骨まで粉砕されているかのような腿の曲がり具合を見て、ようやく只事ではないことを認識した。
「誰だてめぇら! こいつに何をした!?」
集まってきたのは6~7人ほどか? まだ、小屋や天幕の入り口辺りで様子見の者がいるはずだ。
――もうちょいか?
「有翼の娘を返せ。さもないと全員コイツ以上の目に合わせるぞ、クズども」
龍海は尚も挑発した。
「あ!?」
思惑通り盗賊らの頭には、一気に血が昇った。
目の前に転がっている仲間。それはこいつらがなんらかの手段を講じた――攻撃を加えたのであろう事は分かる。
しかしそれは2対1だったからだ、今はこっちが優勢。
こいつらが使ったのは弓矢か攻撃魔法か、いずれにせよ一度にこれだけの人数は相手できまい。
しかも相手は自分らより脆弱な人間族、おまけに一人はさらに小柄な女。
油断せずに一気にかかれば結果は火を見るより明らかだ!
とまあ、銃を知らない盗賊どもがそう考えるのもやむを得ないか。