状況の人、西へ2
「アホなこと言わない?」
「ふごっ、ふごごっ、ふぉごごごぉっ(言わねぇ、手をどけてくれ!)」
「ん、よろしい」
洋子は手を離した。よく聞き取れたな……
「げほ! ぐふぉ! 今マジで殺しに来てただろ! 身体強化してたし!」
「筋力強化もよ。魔法乗せれば格闘戦でもシノさんに引けは取らないわよ?」
さすがは勇者様のタマゴ、いつの間にやらレベルアップされてなさる。
「セレナさん、あんたもあんたよ。奴隷にされそうな仲間を救うのに、自分から奴隷堕ちとか何考えてんのよ。そんなこと彼女たちが知ったら、なんて思う? 自分たちを助けるために、あんたがこの陰キャに辱められて、このクソオタに弄ばれて、このエロオタに慰みものになったって聞いたら、すっごく傷つくんじゃないの?」
「おい、言い方!」
「そ、それは……」
「ぬしの気持ちもわからんでは無いがの、あまり根を詰めすぎると足元が疎かになるだけぞ? 自らこやつのオモチャに成り下がろうなど正気の沙汰ではないぞよ?」
「彼女らが傷つく以前に、俺がメッチャ傷つけられて、エグられてんだけど!?」
「もう! お二方とも言いすぎですよ! 卿はそんな婦女子の色香になんか乗りません! 卿のその手の欲望は自分が全て引き受けますから安心してください!」
「うおぅい! 誰かこいつの口を止めろー!」
「ご、ごめんなさい、あたしもつい先走っちゃって……」
と、四人の寸劇もどきを見せられたセレナが不安そうに。
「反省します、だからその……この依頼、やっぱりダメ、なんて事は……」
「ここまで聞いて、ハイさよなら! は無いわよ。やるんでしょ、シノさん?」
窒息と全員分のツッコミをこなして肩で息をしている龍海は、まだ洋子の手の跡が残る口を開いて、
「ああ、とにかく現場を目指そうか。時間的な余裕もそれほど無さそうだし」
とセレナを安心させた。
ようやく光が見えてきたセレナは洋子の手を取り、ありがとう、ありがとう! と涙目で感謝した。
「しかし、暫定とは言え彼我戦力差1対8というのは絶望的だの。この差を埋めるには相当な策が必要だが……セレナとか申したな? そちらで人手は集められんのか?」
「隊商の仲間なら応じてくれる奴もいるだろうけど、女所帯だし、精々3~4人くらいしか……」
「それでも1対5。おまけに相手は身長2m越えがゴロゴロしておる大物魔族と来とる。しかも女手では足しになるかのぅ?」
「アジト近辺に近付くまでは隊商を偽装したいからな。セレナさん? 一応、隊商を装える程度に人を集めて、荷も用意してもらえるかな? 戦闘には巻き込まないのは確約してもいいから」
「わかった! すぐに用意する!」
「俺たちは西門の所で待ってる。合流出来次第、出発しよう」
龍海ら一行は、セレナたちの護衛と言う形で隊商を作り、アデリア側、魔導国側の巡回兵による職務質問を抜けて一路ソーロ山を目指していた。
依頼を受託した後のセレナの動きは迅速で、午後一時手前には行商の馬車と彼女の仲間3人が集まって来ていた。
集まってきた3人は皆若く、同じ有翼のエル、マミイは二〇歳前後、ただ一人の男であるダニーは十六歳との事。彼は有翼種ではなく、猫種の獣人である。
短剣の使い手であり、猫族の俊敏性でもって、冒険者と共に隊商の護衛役をこなす事もあるらしい。実際に盗賊団と相まみえる場合、戦力として期待できるのはおそらく彼一人であろう。
集合して早々、龍海らは魔族領に向けて前進を開始した。とにかく今は時間が惜しい。
とは言え、馬車馬の補充・交代などは望めないので、そうそう速度を上げられるわけではない。馬の調子も鑑みつつ焦らず急ぐ、と言った調子で進む。それでも徒歩よりは当然早いし体力の消耗も防げる。
やがて日も暮れて一行は夕食を取ることにした。
「これから作戦終了まで見る事聞く事は厳に他言無用にしてほしい。それがこの依頼を受ける条件だ。その代わり君たちから報酬を請求する事も無い。同意してくれるかな?」
龍海はまず、エミ救出時と同様の条件をセレナたちに要求した。
イーナと同じくセレナ達も、受けて貰えさえすればどんな理不尽な条件でも聞き入れる覚悟であったのでこれは意外な要求であった。
もしかしたら逆に弱みに付け込んで自分らを騙くらかして盗賊に売り飛ばそうとしている? などと言う可能性も捨てきれてはいなかった。
しかし、表立って公言することは出来ないが龍海と洋子が王都府のとある案件に携わっており、彼女らの仲間を救出する行動はそれに合致する……と説明され、国防軍のエリート養成機関である士官学校在籍のロイが持つ認識票と共にそれを証明すると、彼女らは心底納得した。
それで最初に見せられたのがレトルトカレーとパック飯であった。
作戦の時間的制約上、通常の野営の炊爨は手間がかかると龍海は踏んだ。
薪と魔法による加熱で素早く湯煎したのち、即座に食べる。
迅速さを優先させた判断ではあったが、セレナたちは当然のように驚いた。
火や水を魔法で賄い、調理の手法として使用されることは彼女たちにも馴染みだが、見たこともない入れ物から食材が現れ、しかもそれが、こちらではまだ高級食材であるスパイスをふんだんに使用された香り高いカレーソースだったりするのだから目を丸くすることしきり。野営食と言えば干し肉にガチガチのパンを湯やスープに浸して食べるのが定番であるので「これが携行食?」と驚きを隠せないが、まあ当然であろうか。
そして用意された紙容器等はすべて焼却。
食事にかかった時間は、約二十分ほどだが、馬車馬を少し休ませなければならなかったので更にもう一五分ほど休止する。
「一五分で足りるのかな?」
「ポーションを染み込ませた飼い葉も与えてますのでそれくらいあれば……」
なるほど、ポーションはそういう使い方も出来るのか? かけて良し、飲んで良し?
回復魔法とかもあれば更に航続距離や速さを求める事も可能か? 龍海はロイにいろいろ聞き出していた。
その横で洋子はセレナたちの身の上を聞いていた。
「ふ~ん、捕らわれてるコたちは家族って訳じゃ無いんだ」
「まあ、家族みたいなもんさ。みんな物心ついたころから教会に居たからね」
「アープの教会は僕たちみたいな孤児の面倒も見てくれてるんだ」
「セレナ姉が独立して商いやりたいって言いだしてさ。じゃあ、あたい達も手伝おうって」
「やっぱり稼ぎから教会に寄付したり?」
「当然よ。今あたしたちが居るのはマザーのおかげだもん」
「エルの言う通りでね。今捕まってるミコはいつかマザーに師事して後を継ぐんだっていつも言ってた……」
「もう一人のジュノンは襲われたミコを助けようとして逆に……」
「……大事な仲間なんだね」
「どうしても……助けたい!」
ロイと話していた龍海も彼女らの身の上の話に耳が傾いた。
自分も自衛隊で、いわゆる同じ釜の飯を食った仲間との絆は深く感じている。
前期後期の教育隊での付き合いはわずか数か月ではあるが、そのうちの何人かはこちらに来る寸前でも連絡を取り合っていた。
隊に残った同期の一人。自分と同じ趣味に没頭し「俺たちゃ結婚とか無縁だよなぁ」と笑いながら言い合っていた奴が、とある大震災の災害救助に赴き、そこで救助した避難民の女性と縁が出来て結婚したと聞いた時は我が事の様に喜び彼らを祝福したものだ。
なんとか彼女らの、寝食を共にした仲間への思いも大事にしてあげたい。
「この辺のオーガってどんな連中なんだい?」
龍海が聞いてみた。