状況の人、西へ1
ギルドから出ると、表では先刻の有翼人女性が、まだまだ諦め切れずに出入りする冒険者たちに縋っていた。
なんとか力を貸してくれるように涙ながらに訴えているのだが、彼らの態度はつれなかった。
冒険者らも気持ちは酌んでやれるものの、ギルド所属の冒険者がギルドをすっ飛ばして受ける訳にもいかない。
しかも魔族の盗賊団を相手にするとなると、個人や数人のパーティで太刀打ち出来るものでは無いのは彼らも熟知しているところであろう。
イーナが襲われたゴブリンの群れ程度なら分からないが、ロイによるとオーガ族が中心と予想され、一人一人がかなり屈強であるらしく、やはり本来は軍が出張る案件なのは冒険者らが知らないはずがない。
「放してくれ!」
懸命に縋られた冒険者は、いささか乱暴に彼女を振り解いた。女性はあおりを食って転倒してしまい、純白の翼に泥がへばりついて汚れてしまった。
「同情はするけどさ、あんたも魔族領で商売するならこういう事は覚悟してたんだろ? そのお鉢が回ってきたんだ、諦めろよ」
そう言いながら、倒れてそのまま突っ伏して嗚咽を漏らし始める女性を尻目に、パーティはギルド内に入って行った。
「何もあんな言い方……」
洋子が口を尖らせながら零す。そんな洋子に、
「お主らの世相とは違うのよ。彼らを責めることは出来んぞ?」
とカレンが釘を刺す。洋子は、分かってるわよ、と言いたげに眉にしわを寄せて数回頷いた。次に龍海を見る。
龍海は洋子の目線に応じるように彼女に近づいた。
「う、うう、ううう……ミコ……ジュノン……」
龍海は伏せている女性の肩に手を掛けた。
「大丈夫かい?」
声をかけられ、その女性はしゃっくり上げながら龍海を見上げた。
そして間髪入れず、さっきと同様に龍海の胸に縋り、
「あ、あんた冒険者? なら!」
と懇願し始めた。
それに合わせて龍海は人差し指を口に当てて、しっ! と言葉を遮り、
「場所を変えよう」
と小声で話しかけた。
応じてくれた!
今まで他の者には、けんもほろろにあしらわれていただけに、話を聞いてくれるだけでも脈がある! とばかりに、その女性はうんうんと小刻みに頷いた。
「お待たせしました。ミートサンド5人分、お持ちしました!」
龍海らは人通りの少ない裏路地の一角に場所を移した。
時刻もちょうど昼食時、龍海はロイに手軽に食べられる食べ物の調達を指示した。
ロイは、焼いたこま切れ肉を野菜とともに薄いパンで巻き上げたケバブの様なサンドウィッチを全員に配った。
が、龍海らはともかく、有翼の女性――名はセレナ――は受け取りはしたが食べようとはしなかった。
――ま、当然か
「場所は分かっているのかな?」
「ソーロ山の麓辺りにアジトが有るって聞いたわ。詳しい場所は空から探せば特定出来ると思うけど……」
「その情報はどこからですか?」
「魔族側の国境監視兵からよ。ただ、転々と位置を変えるから確定ではないらしいんだけど……」
「敵国兵でしょ? よく教えてくれるわね?」
と洋子が聞きながら龍海の顔を窺うが、龍海は右手を逸らして袖口を指さした。
あ、そう言う事か――洋子は変に納得した。
「人数は?」
「襲われた時は12~3人くらい居たよ。夜明け前でみんな寝入ってて……気が付いた時は既に囲まれてて、とても太刀打ち出来なかった。あたしたちは何とか空へ逃げたけど、後ろの方でまだ7~8人が待機してたよ」
「実働が約20人。アジトで留守居しておる者も入れれば、総勢30人、下手すれば40人程度は居てもおかしくないのう」
「なるほど、本来なら軍が100人レベルで対処するべきところだな」
「それを4人か5人で、とはの~」
「だから必ずしも全滅させる必要はないでしょ? 拉致された娘を助ければいいだけだし」
「場所が特定出来て他の大勢に見つからずに救出できればな。しかし、最悪全員を相手にする事も考えなきゃならないな」
「10人程度ならともかく、5人で40人相手なんてさすがに無茶ですよ! しかもオーガ族が中心の盗賊団ですし!」
「そういやオーガにも魔法使いがいるとかトレドが言ってたな。盗賊団の中にも居るかな?」
「オーガは、多くの者が筋力強化や俊敏さを上げる肉体強化系の魔法を得意としてますが、火球や魔法弓など戦闘魔法を使えるのは少数、とは聞いています。ですがそう言った遠隔攻撃を駆使する個体の攻撃力は侮れませんし、高位の魔導士、魔法戦士はメージオーガと呼ばれて一目置かれております」
「ああ、それ聞いた。精神攻撃できるんだってな?」
「そんな高尚なオーガは盗賊にはならないよ。私たちを狙ったのは絵に描いたような低能のならず者さ!」
「精神攻撃を会得するほどのメージオーガが盗賊団などに身を窶すというのはあまり考えられませんね。ですが炎や氷での攻撃、仲間への付与魔法程度の使い手はいると思った方がいいかと」
「攫われたのは昨日の未明か。もう売られたって事は無いか?」
「ある程度人数が集まってからとも思えますが……動くなら早い方が良いのは変わりませんね」
「今から出向いて現場に到着するのは?」
「おそらく未明から夜明け、5~6時」
「不眠で歩き詰めて、そのまま戦闘か。おまけに多勢に無勢で持ったところが無いのう」
「今回も分が悪いなぁ。ま、最初から分かってたことだけど……さて、どうしたものか」
「馬車なら出せるよ。仕事で使う荷馬車だけど……。まさか……やっぱり無理、だなんて言わないよね? 受けてくれるよね?」
「でもこれ以上は人は増やせないしな。最初に言ったように、やるとしてもギルドに累が及ばない様な受け方をしなきゃいけない。まあ、イーナの時と違ってギルドに金額を提示された訳じゃ無いから、そちらは気にしなくていいと思うけど」
「報酬なら有り金全部はたくよ! 在庫の商品も全部持って行ってくれていい! それでも足りなければ、この私をつけるよ! その子みたいに若くは無いけど、こんな私でよければ何でも言う事聞くから! この体も好きにしてくれていいから!」
「よし! 乗っ……うごふぁ!」
龍海は「乗ったぁ!」と言うところであった。しかし最後までは言えなかった。洋子が後ろから口と鼻を手の平で押さえよったのだ。
「連続でバカなこと言ってんじゃないわよシノさん?」
「ほごぐぁっ(くるしい!)ぐごがごごっ(息が詰まる!)ぼげばがへっ(手を放せ!)」
「ちょ! サイガ卿! シノノメ卿の顔が真っ赤に!」
その顔がやがて青くなっていく。そうなったら二度目のあの世に到達だ。




