状況の人、お目付け役が付く4
「とにかく! ギルドマスターの立場で言えるのはうちでは受けるわけにはいかんと言う事だ。領主のイオス伯爵から王都に打診してもらうか、王都府へ直訴するしかないんだ。だからもう、ここで粘っても無駄なんだ」
「くっ!」
――翼……有翼種? ハーピー?
事務所から出て尚食い下がり、ギルドマスターに詰め寄っているのは背中に翼をもつ女性だった。
王都もヒト種以外の、いわゆる亜人・獣人の種族は多数いたが翼をもつ種族は初めてだった。
「キレイ……まるで白鳥の様な翼だわ」
洋子がため息交じりで呟いた。なるほど、その有翼人の翼は純白そのもの、洋子ならずとも見惚れてしまう者も多かろう。
だが龍海は、
――CからD……大きさを誇りつつ、その形のバランスも絶妙……
と、おそらくは初めて見る有翼人であるにもかかわらず、やはりお胸から凝視していた。
次いで顔を注視するのが相場だが流石に翼に目が行った。
洋子同様に翼に見惚れた後、視線は顔に移る。
人間で言えば20代中盤、龍海より少し下の世代辺り。
その彼女はマスターに必死に食い下がるもその思いは受けて貰える様子は無く、やがて落胆し、とぼとぼと出口に歩を向け、恨めしさいっぱいの目線でギルド内を一瞥した後に外へ出て行った。
「……イーナさんみたいなパターンかしらね?」
しょぼくれた有翼女の後姿を見ながらボソッと話す洋子。それに、
「マジ、デジャヴだな」
と答える龍海。
第26話
2024/01/05
「マスター? 何か揉め事だったのかい?」
ロイが、ため息をつきながら頭を掻くマスターに事情を聞いてみた。
「え? こ、これはロイ様! 王都よりお戻りでしたか!?」
「し! 任務で戻って来ただけだから、あんまり人に言わないでね?」
ロイは人差し指を口に当てて大声を立てない様に求めた。
「ところで今のは?」
「は、はあ。ちょっとやっかいな依頼を申し込まれまして」
「越境がどうとか言ってたから……魔導国絡みかい?」
「はい、行商で魔導国内に入ってからの野営中に盗賊に襲われて、仲間が攫われたそうで」
「盗賊? 魔族かな?」
「そうらしいです。彼女の説明では相手はオーガ族だったようで、隊商のうち女二人が拉致されたそうです」
「女の人ばっかで? いくらなんでも物騒なんじゃないかしら? 護衛とか雇わなかったの?」
「もちろん王国内なら我々が護衛を請け負うことは出来ますが、魔導国に入れば表立った活動はあまり派手には……。その後は魔導国のギルド、もしくは両国内での活動を特別に許された許可証を持つ特定冒険者に依頼するしかありません」
――まあ、商取引があるなら護衛依頼も引き受けてもらえるだろうけど
日本にいた時の感覚だと魔族=人間の敵みたいな構図が多いから、ややもすると魔族を悪と見てしまいがちだが、普通に人間が主流の国対国の関係と同様と見た方が良さそうだ。
「彼女らは魔導国内で護衛を雇わなかったのか?」
「当然雇ってはいたそうですが、残念ながら人数も少なく力及ばず倒されたとの事」
「有翼人だし、いざとなったら飛んで逃げれば……と、タカを括ったかな?」
「仰る通りで。しかし賊は最初から拉致を目的にしていたらしく、寝込みに奇襲されて後手に回ってしまったと」
フォールスでもそうだが、商売するにも命がけが当たり前の世界なんだなぁと改めて思う龍海。夜中に気軽にコンビニへ行けてた日本は平和だったのね~、と洋子も振り返っていた。
「となるとやはりギルドで受けるのは難しいなぁ」
「はい。王都府の国務省に申請して魔導国に保護と引き渡しを要請するのが正規の手続きですが……」
「その間に拉致被害者は行方不明になる訳か」
「聞いた話では若い女の有翼人は奴隷として需要が高いそうで……」
洋子の口元が歪む。
中世風の世相でもあり、そう言うのもアリだろうとは思っていたが、いざ耳にすると不快なこと極まりない。
「飛んで逃げるとかは期待できない?」
「真っ先に風切羽を切られるんですよ」
龍海の問いにロイが答える。まあ、盗賊としても対策も考えずに攫うなんてこともあるまい。
「聞いてるだけでムカついてくる……」
洋子の目線が険しくなってきた。確かに、この盗賊の行いは同じ女として唾棄すべき所業であろう。
「力になろうと思って居るのかや?」
カレンが洋子に諫める様に言う。
「……魔導国の一端でも見ておくのってダメかな?」
洋子は洋子でカレンに食って掛かりそうな目をし始めた。
この世界の勝手も分かり始め、幸運が重なったとは言えドラゴン相手に戦い、一本取った経験は彼女に自信を与えたのは確かだ。
しかし、それをもって図に乗るのは当然の事ながら考え物である。
とは言え、魔族の生態――と言うか魔導国の現状を知っておきたいと思うのは龍海としても反対するところではない。
龍海はロイに目配せしてマスターを外すように求めた。
それを受けてロイが「ありがとうマスター」と声を掛けると、マスターは一礼して去って行った。
「ロイ? 君の知っている範囲で、この案件と背景などをどう見るべきか、どう考えるか述べてくれるかな?」
昂ってきた洋子を落ち着かせるのと同時に、地元出身の知識と情報で客観的な目線での情報を得ようと思った龍海はロイに話を振った。
「今回の件を、でしょうか? それとも、あの界隈の過去と傾向?」
「出来れば両方で」
「わかりました」
コホン。ロイは一つ咳を突いて喉を整えると三人に話し始めた。
「先にご説明致しましたようにイオス伯領は魔導国と国境を有しておりまして、先の大戦でも戦乱に巻き込まれましたが、それぞれが王都より遠くの辺境と言う事で軍事衝突は中央や南部より比較的少数でした。その近辺はオーガ族を主にした集まりで、デクスと呼ばれる町を中心に広がる全域を支配するオーガの魔王ポリシック卿が長となっております。町の人口は二万人弱とアープの町よりかは若干少ないです。領地内の町村や集落を全て合わせると十万人を超すくらいは居るかと」
「大きい町になるのかな?」
「北方としてはまずまずの規模と言えます。人口が同じなら戦力は魔族の方が大きいです。我が領地は内陸からの駐屯兵が派遣されているので何とか帳尻があっている状況ですね。産業は農耕・牧畜が主で、次いで魔道具。これは都市部に集中してます。とまあ、種族は違えど政治・生活の形態は酷似してますね」