状況の人、お目付け役が付く3
カレンの服を見繕い、あんまんを食っただけではあるが、とりあえず龍海らは街の冒険者ギルドへ向かった。
実際は訓練と、この世界に慣れる事を目的とした行脚なのだが一応冒険者としての体裁を保つために薬草や香草の採取はやっていたので、それを引き取ってもらうのだ。
「これはロイ様! 確か士官学校へ行かれているはずでは?」
「お久しぶり。実は任務を受けての予定外の帰郷でね。もちろん鍛錬も込みさ」
親指で背嚢を指しながらギルド職員と話をするロイ。顔見知りだろうか?
「じ、じゃあ、ただいまマスターを呼んできますので!」
「いや、それには及ばない。単独の任務なんだ、あまり騒がないでくれた方がありがたいな」
見たところ、この町の出身と言うのは間違いなさそうだし、職員の接し方、言葉使い等は、ロイの方が位が上らしき会話をしている事からすると、カレンの言う領主の親類と言うのは有り得そうな感じを受ける。
薬草の引き取りを代行してくれたロイは、手続きを終えて一番隅のテーブルで待機している龍海らの元にやってきた。
「お待たせしました。こちらが薬草と香草の代金となります」
いくらかの小銀貨と銅貨を机の上に置くロイ。
「よそのギルドでも引き取ってくれるの?」
「簡単な作業で報酬が少ない割に、薬草は需要がありますからね。それにお二方のギルド証は、どのギルドの依頼でも受ける事が出来る特別証ですから」
「俺たちの素性とか、伝わっているのはほぼ間違いなさそうだな。じゃあ聞くけど、君はカレンの言う通り、ここの領主の親類か何かって事でいいのかな?」
「はい、初代領主の庶弟がトライデント家の祖です」
「そうか。それじゃぁ、まずは実家に向かうのかな?」
「時間が合えば、顔くらいは出そうかと思ってますが、この帰郷は任務の一環です。シノノメ卿方がご出立成されるのなら、そちらは破棄して皆様とご同行させていただきますよ?」
「いやいや、家族は大事にしろよ。君も士官将校を目指す者ならば、国を守る=家族・一族を守るってことは思うところだろう?」
「ま、まあ、そうなんですが……」
「ん?」
目線を逸らすロイに首を傾げる龍海。
家族仲が良好では無かった龍海が言うのもアレなセリフだったが、お貴族様でよく見られる、家風や一族の誉れのために高級将校を目指している、と言うパターンではないのだろうか?
「そう言えばトライデント家は文官の名門と聞いた事が有ったがの? 武に関してはクロノス家が名を馳せていると聞いとるが……最近はお主らの家も武に力を入れ出したか?」
「滅多に来ないとか言いながら結構詳しいな、カレン?」
「人の浮世話は食と同じくらい退屈せんぞ?」
「魔導王国ともキナ臭いし、分家さんも武力を伸ばそう、備えようって事なのかしら?」
「ああ、いや、そういう事では……無いんですが」
なんだか歯切れが悪くなってきたロイ。出会った時のハキハキした喋りとは違った雰囲気が沸いて来てるが、家族・一族との間に何やら懸案事項でもあるのだろうか?
だとすれば、そこを突いてお目付けを煙に巻くという算段も可能かもしれないが、王侯貴族の実情に不慣れな他人の自分らが、その家中の問題に首を突っ込むには些かハードルが高い。
「まあ、俺たちの仕事に支障が無ければ無理に話すことじゃないわな」
「恐れ入ります。で、シノノメ卿はこれからどうされるのですか? 自分はどこへでもお供いたしますが」
「う~ん、今日は休養がてらこの町の観光でもしようと思ってたんだがな」
「休みにしようって言ってた一昨日が、カレンの一件でお預けになったもんね~」
「こ、この町でですか? いえ、この町は大して見るところなど……そうだ、これより北東のポータリア皇国と国境を接する、シーケン侯爵が治めますプロフィット市の方が大きいし、工業生産品も充実してますし……!」
「お主はよほど、この町に居たくないのだのう?」
「いえ、そ、そう言うわけじゃ!」
「プロフィット市かぁ。そう言や、ここはポータリア皇国とは国境を接して無いのかな?魔導王国とはくっ付いてるようだけど」
「はい、皇国とも国境線は構えておりますが、シーケン候の領地に比べて短い上に、魔導王国との国境線の方が長いですから、皇国もあまりこちらに兵を割いてはおりません」
「皇国より、魔導王国に気を使ってろや、てところかな?」
「仰る通りです。腹立たしい話ですが皇国にしろアンドロウム帝国にしろ、我が国を良いように盾代わりにしてますよ」
「小国の悲哀かな」
それらから脱するための勇者召喚、と言う訳であるし。
「残念ながらそんな感じです。我がアープはまだしも、シーケン領は大国であることを笠に着た皇国民の横暴な振る舞いに頭を痛めております」
「支援国でしょ? 友好的に見えないわね?」
「連中はアデリア国民を見下しております。皇国や帝国のお情けで独立国家でいられるのだと」
「それもあって魔導国を手中に収めて国力を……アリータさんの言った通りなのね」
「魔導国とは先の戦役の禍根もありますし、我が国は板挟み状態と言えましょう」
――この計画が功を奏しても、問題は山積してそうだな~
アリータらから話を聞いた時もそれらしいことは感じてはいたが、
――今はまず、魔導国だな。
と、龍海としては皇国の事は後回し、優先すべきは魔導国占領への道筋だ。
「魔導国との国境付近はどんな感じだい? 治安とか」
「南方ほどではありませんが魔族との小競り合いや衝突はそれなりにはあります。でもまあ、武力衝突と言うより相互の行き違いによるケンカ程度のものでして、その都度それぞれの官吏が出張って事を納めてますが」
「大きな争いには発展していないのか」
「魔導王国とは大規模とは言えませんが商取引もあるんです。先ほどのシーケン候領の工業製品は向こうでは人気が高く、我が領の農産物も好評でして。逆に彼の地の特産物や魔力を活かした魔道具も、こちらではそれなりの需要が有ります」
「敵国なのに商売してんの?」
洋子が小首を傾げた。
「俺たちの世界だって仮想敵国相手に貿易してるぜ?」
「そうなの? 敵国なら憎み合ってるんだとばかり思ってたわ」
「まあ、そういう思いを持っている連中も少なくありませんが、一般の兵士同士は憎くて戦い合う訳じゃありませんから。先の大戦でも終戦の報が前線に届くと、敵味方入り乱れて生き残れたことを喜び合ってた所も有ったそうですし」
「そうなんだ~。なんかあたしの思っていた戦争のイメージと違うなぁ」
「さて、そこで俺たちはどう動くかだが……まあ、観光は横に置くにしても……」
と龍海が提言したところで、
「お願いよ! 何とか力を貸して!」
ギルドの奥、事務所か応対室らしきところから大声が響いた。
龍海らも含めて、ギルドに居た冒険者たちが一斉にそちらを向いた。
「だから、まず軍か警吏に相談してくれ。あんたの依頼は国の方針にも触れてしまうんだ」
「行ったわよ! それで動いてくれないからここに来たんじゃない!」
「言っちゃあなんだが、越境しての商い中の事柄に関しては自己責任だろう? 軍にしろ冒険者にしろ、魔族との諍いは軍事衝突のきっかけになり得ることは国境沿いに住む者の常識だ。本来なら王都にお伺いを立てる案件なんだ」
「そんなことしている間にあたしたちの仲間が! ねえ、お願いだから!」
聞こえてくるやり取りに、龍海と洋子は思わず目を見合わせた。お互い、なんか強い既視感を感じたからである。故に二人の目線はついつい、カレンの方に向けてしまう。
向けられたカレンは「なんぞ?」とキョトンとしてしまったが。