状況の人、指南役を得る2
「人型で居続ける事に制約は無いのかい?」
「まあ本来は竜の姿が自然ゆえ人型で居る時は魔力を使い続けておるし、当然飛ぶことは出来んし、火球等の得意技も威力が落ちるな」
「じゃあ何で戻らないの?」
「あの口ではエダマメは食えんでな」
それはまあ確かに。
豆粒みたいな食べ物は、飲み込むことは出来ても咀嚼して味わうには竜の口では難しそうだ。
「やっぱりあたしたちと一緒に来るの?」
「餌場を変えると言ったであろ? タツミに付いとればこの世界のみならず、異世界の美食にもありつけるからの」
――呑兵衛で食い道楽の古龍さまかい? つか人を餌場扱いとか……
食料と言っても龍海のMPが吸われていくようなもので寄生・吸血に近い感覚になる。
「その代わり、先だって話したお主らの魔法修行の指南は我が引き受けるわけでな。天秤は吊り合うと思うが?」
龍海の出す食材を甚く気に入り、しばらく二人に同行したいとカレンに持ち掛けられ、一瞬戸惑う二人だったが龍海は一計を案じた。
銃による武装で、二人の戦闘力はこの世界ではかなりの優位性を持っている。
洋子の勇者としての素質が開花するまでは頼りになる火器類だが、それだけでは龍海以上の能力に伸ばすのは期待薄だ。
そこで今まで独学だった魔法の訓練をカレンに頼んでみてはどうかと思ったのだ。
洋子ほどではないが自分にも上位パックに含まれている再現以外の魔法のスキルはある訳で、それを伸ばしておきたいとは以前より考えていた。
科学より魔法がモノをいうこの世界で、一国の軍や体制と交えるには火器だけに頼っているわけにはいかない。
この世界の攻撃や防御、支援の魔法など、自分が使う時、使われた時の対処法は学んでおかねばならない。
「ほい、焼けたよ~」
「おお、待ってました! う~ん、このスパイスの香り・風味が食欲をそそるの~」
「タレ使う? それともソース?」
「両方所望するぞ!」
ホント、ハマったようだ。
塩コショウで一口、ソースで一口、タレで一口。舌鼓、タンドラム打ちまくりなカレンさん。
「じゃあ、取り敢えずはいったん街を目指した方が良さそうね。カレンの服とか揃えなくちゃ。いつまでもジャージって訳にもいかないでしょ」
「そうだな。俺たちもそろそろマシな寝床で体を休めたいし、明日はアープの町を目指そう」
「人の街は久しぶりだのう。偶に出歩いて名物などを食い歩きしたもんだが」
「ホント食いしん坊なのね」
「我らはお主らより長命でな。世界中を飛び回ってはいるが、見るもの聞くものの珍しさが無くなると食うのが一番の楽しみになっての」
「地図を見ると明日の朝から出発して、順調ならギリギリ日没までに到着するかな?」
「そうか。では明日に備えてビールはあと二本にしておこう」
「まだ飲むのぉ?」
「はは、まあ竜がビールくらいで潰れるとも思えないしな」
そう言うと龍海は二本目のビールをカレンに手渡した。
♦
アープへの道中は盗賊や魔獣の襲撃など大した障害も無く、順調に進む事が出来た。
その代わりカレンによる魔法のレクチャーを口頭・実践を交えて受けていたので、到着した時にはアープの町は既に夜のとばりに包まれていた。
一行は、王都のギルドで説明された通りに透かし入り登録証を提示すると、フリーパスで通過できた上、|今まで見た事も無い恰好《ジャージ姿》のカレンを訝しげに見るも「途中で雇用した案内人」と申告するだけで通門を許可された。
すでに小売店舗・露店は閉められる頃合いであり、カレンの買い物は明日に、と言う事でまずは宿を取った。
入室後に即晩酌、と決め込みたいカレンを「風呂上がりのビールは至高だぞぉ」と説得して、まずは風呂に入ることを優先する龍海と洋子。
しかし、この宿にはバスタブ付きの部屋は無かった。
とは言え部屋の広さは結構あって、自分はもちろん洋子やカレンの部屋もバスタブを出すには十分であった。水の処理を間違えて階下に漏水させなければ、まあ問題になることは無いだろう。
思えば龍海としてはこの異世界に来てから初の風呂らしい風呂であった。
広い部屋と言ってもそこはやはり一人部屋でもあるし、出せる浴槽も決して大きくはないモデルではあったが、足を縁に乗せて肩までつかり「極楽~」と目尻も口元も垂れ下がる程に入浴を堪能。
砲弾に触れる機会が無く、その火力は欲するものの再現しても役に立たない84mm砲の例もあれば、ホームセンターやリフォームコーナーでちょっと触れただけの浴槽は何種類も再現できるとか皮肉なものである。
洋子の方も前回の森でのドタバタみたいな心配のいらない屋内での入浴。森で使った浴槽よりは小さめだが、正に至福のひと時であった。
しかし万が一のためにG19を手元に置くのは忘れてはいない。銃がすっかり身体の一部になりつつある洋子さんである。
20分後、龍海が風呂から上がると同じく、風呂を済ませて頬を火照らせたカレンが部屋に押しかけて来た。
せがむ彼女にキンキンに冷えた350ml缶を渡す龍海。当然彼女は一気に、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、
「ぷっはあぁ~~~~! なるほどこれは至高よのお!」
と満面の笑みで飲み干した。
洋子はもうしばらく入っているという事で、龍海とカレンは一足先に一階の食堂へ向かった。
ここの食堂は宿泊客のみならず一般客も訪れる店であり、一日の労働の疲れを癒す冒険者や工夫、職人たちで賑わっていた。
龍海とカレンは階段近くのテーブルに座ると飲み物に地酒のエール、食事は店のお薦めを聞き、それを3人分注文する。
「まあ、この辺りじゃエールが普通だし止むを得んが、ビールで食いたいのう」
「すっかり病みつきだな。でもエールだってラガービールの先輩だし悪くないと思うけどね」
「喉越しや後味がまるで違う! 我はもうビール無しでは居れぬ!」
――随分と気に入ってくれたもんだ……
龍海も酒は嫌いではない。むしろ好きな方だし、しょっちゅう嗜んではいるが宴席や飲み会での「酒こそ正義!」みたいな飲んべぇのノリには賛同出来なかった。こちらは他にもやりたい事が有るんだよと。