状況の人、異世界に立つ!1
今が、何時くらいなのかは分からない。
しかし森の上方からの木漏れ日が昼間であることを教えてくれている。
目を覚ました龍海はまだ半分、異世界に転移したことに懐疑的な思いを残しながら起き上がると、自分の手足を確認した。
――身体は……戻ってる
服装は事故にあった仕事帰りの作業衣を模したデザインの綿のズボンに上着、そして革靴。色合いは上はグレー、下はコバルトブルーと、これも作業衣のそれによく似た雰囲気だ。
――麻じゃなくて綿なのか……
これがこの世界でも有り得る服装なのか、あの女神さまのチョイスなのかは分からないが、着た感触が生前(?)の作業用の服と比べてかなり軽い――生地が薄い事からしても、これまでの事が夢幻ではなく現実に自分に起こった事なのだろうと実感できた。
で、改めて見直すとこの服装、野獣や、まして魔獣との遭遇もありえる森を歩くにはいささか軽装っぽいとも思う。
生地にしても龍海が最初に感じたように、愛用の作業服よりも薄く、ワイシャツ、スラックス程度の強度しか無さそうなのだ。
とは言えそれも自分の持っている日本基準での話。この世界の常識に合わせて軽か重かは今のところは不明だが。
自身の確認を終えると、次は近くの太さ50cmくらいの樹に背中を預けて警戒しながら周りを熟視した。パッと見る限り日本でも見慣れた雰囲気の森であった。
しかしそこはそれ、異世界の森であるので木々や草花の姿形は若干違うような印象も受ける。
日本の樹と同等のつもりで背を預けたがこれがいわゆる魔獣・魔物の類とも限らず、いきなり触手攻撃! なんて可能性もあるわけで、そんな思いが余計に違和感を増やしているのかもしれない。
その辺りに注意しながら樹の枝や葉を見たり触ったり突いたりしてみたが変化は無く、日本と同じ単なる樹だと思って良さそうであった。
とりあえず周辺には、動物を捕食するような草木の気配は無く、自分にとっても馴染みの森林と違いは無かった。時おり吹く、樹々に冷やされた通り風も日本の森と同様でとても心地よい。
――ちょっと神経質に過ぎたかな?
龍海は一息つくと改めて周りを眺めてみた。
すると、足下近くに草が生えていない部分が線のように続いているのに気づく。
――獣道?
つまりこの辺りは、野獣や魔獣、もしくは人間が足を踏み入れているエリアだと言う事だ。再び緊張感が擡げてくる。
――武器がいる……
龍海はさっそく再現を使ってみる事にした。
異世界に転移して早々の、初めての魔法。果たして女神からの授かり物は如何ほどの効用か? そも、ほんとに魔法など使えるのか?
――支援起動!
龍海は眼を瞑り、脳内でそんな念を込めてみた。再現についての情報を求めるように。
……
……
……再現は対象物を思い浮かべながら念を込める。その際、再現物を出す方向に手を向ける……
……
脳内に文字とも音声とも取れない不思議なアナウンスが流れる、そんなヘルプ機能が起動した。
――これが……魔法……
結果として龍海にとっての初魔法はこのヘルプ機能と言うことになる。
あてずっぽうで行った念の込め方だったが、その要領で良さそうな感触を得た。
――よし……では本番……
過去に触れたものを再現できると言うこのスキル。ヘルプの指示をなぞって胸の前で掌を上に向けながら、再現したいものを頭に浮かべて先ほどと同じ塩梅で念をかけると……
掌にそれが現れた。ズシッと。
龍海は掌の上に現れた、ステンレスシルバーに輝くSW・M629というリボルバー拳銃。
龍海はそれを握りながらマジマジと見つめ………………感動した。
――マジで出たぁ!
付与された魔法、再現は見事に発動した。
現在、この状況下で最も必要と思われた護身のための武器が今、龍海の掌に。
足元に続く獣道を通るであろう獣の類はもちろん、人間とて話の通じる相手とは限らない。
龍海自身、海外渡航経験は観光目的で十回程度行っているくらいだが、日本のように深夜のコンビニに女が一人で出かけられるような国はそうそう存在しない。
ましてやここは魔法だの魔獣だのが闊歩する異世界だし、自分の身は自分で守るのが常識と考えるべきところだろう。そのための武器である。