状況の人、指南役を得る1
「行ったかな?」
「うむ、行ったな。そろそろ出ても良かろう」
「あ~、もう、狭いぃい!」
三人は瓦礫を積んで偽装した岩陰の中から這い出してきた。
手頃な岩の隙間に潜り込み、手前に瓦礫を積んで岩肌に見せかけたのだが、揺らめく松明の灯りでは彼らに気付かれる事も無くやり過ごす事が出来たようだ。
「まあ、これであの子たちも何とかなるかな?」
「でもいいのかな? いきなり、火竜が消えちゃった、で村民が納得するのかしら?」
「その辺は気にする事も無かろう。実際に我はここを去る訳だしな」
「しばらくはモヤモヤするだろうし、エミちゃんの人身御供候補は続くかもだが、肝心の火球被害は無くなるんだしな」
「あんなかわいい子を贄にしようとしたのだ。その程度のモヤモヤを背負うくらいの罰で済めば軽い方であろう?」
「そうねぇ、イーナさんにだけはエミちゃんが話しするだろうし。まあ、いっか」
窮屈さから解放された身体を伸ばしながら洋子が笑顔で答えた。
なんやかんやで依頼は達成されたわけであるし結果オーライであろう。
「さて、俺たちものんびりしてられないな。明るくなってきたら他の村人もおそらく、検証に来るからな」
「でも、どうやって山を下りるの? 来た道だと誰かにガチ合うかもよ?」
「竜に戻ってもらって火口から……はまずいな。しばらく、ここは監視されるみたいだし」
「それなら大丈夫ぞ。奥の火口を数m登ったところに横穴があってな、崖路の反対側に出られるぞ。入口は人が一人這い蹲ってなんとか入れる程度だが、すぐに屈んで歩ける程度までは広くなるから程無く抜けられるわ」
「そうか。じゃあ早速前進しようか」
善は急げ。
龍海と洋子はタクティカルベストや上着を脱ぎ、出来る限り軽装になって、カレンの言う横穴へ向かう事にした。
♦
ドガアァーン!
件の死火山から脱出後、距離にして10km以上離れた夕闇の迫る山間で、龍海はLAMの残弾処理を行った。
カレンの火球で瓦礫の下敷きになり、本体の損傷は大した事は無かったが、照準器等がイカレてしまったので実戦では使わない方がよいと考えて始末する事にした。
約300m先の岩肌を標的として、体験も兼ねて洋子に撃たせてみた。
当たるかどうかでは無く、射撃と威力の経験をさせようと言うわけだ。
「ほっほぉ~。一撃でこれほど岩肌を抉るとか大したもんであるな~。これを喰らっておったら我もタダでは済まんかったの~。と言うか、お主らはこんな外道な代物を我に撃ち込もうとしておったのか? 中々に悪逆な連中よのう?」
「火球で骨まで焼く! なんつってた奴に言われたくねぇよ」
「はっはっはっ、まあ、その辺はお互いさまで水に流そうではないか。で、その残りの筒を燃やせばいいのか? さっきのショウジュウとか言うモノと同様に?」
「ああ、頼むよ」
言われたカレンは残ったLAMのチューブに手を向けて念を送った。
ボウォ!
直後に炎に包まれるチューブ。
単に火を付けられただけでは無く、高温高圧のガスバーナーの炎に包まれる、そんな感じの火炎魔法だ。樹脂部分はもちろん、金属部分も見る間にドロドロに溶けていく。
LAMは使い捨ての兵器である。故に火器と言うよりは弾として扱われる。
残ったチューブは収納に放り込んでもいいのだが、これが重なると収納内がゴミ箱になりそうなので極力控えたかった。"無限"なのだから気にしなくても良さそうだが、工場内で5Sを怠ったツケを知っているが故であろうか?
しかし、野外へ滅多矢鱈に投棄するのも問題である。
――もしもこの世界で素材その他が解析されたら?
神経質になりすぎかもしれないが、異世界の文化や技術等に不用意に影響を与える可能性は無視したくなかった。
洋子と違って日本には戻れない龍海は一生ここで生きて行かなければならない。
下手に近代火器の、例えば火薬を燃焼して殺傷能力のある礫を撃ち出す道具を見て誰かが閃き、それがマスケットや火縄銃のような古典的な物であったとしても、回り回ってそれで自分が殺されるなんてのは何より願い下げだ。
この世界は魔法による攻撃があるためか銃やそれに類する武器は存在しない。そこが龍海の優位性であり、それは出来る限り崩したくないのだ。
同じく瓦礫の下敷きになった64式もカレンに溶かしてもらい、くず鉄にしてもらった。
引鉄室部を含む機関部は何とかなりそうだったが二脚や上下の被筒は潰れてしまい、銃身にも打痕があり、その上のピストン槓の動きも怪しかったので修理・修繕を諦めて破棄したのだ。
もっともこういう処理にも限界はある。
薬莢だ。
ゴブリン戦でもそうだが、使用済み薬莢を実戦中にいちいち回収というわけにもいかない。
――この辺はケースバイケースで折り合い付けるしかねぇなぁ
出来る事と、出来ない事。出来るけれどもやむを得ず出来ない事。その場に応じて判断し、回収できる時は回収。踏んづけて形を変えて済ます、埋める、等を選ぶしかなさそうだ。
「ようし、終わったぞ。ではタツミよ、報酬を貰おうか?」
パンパンと手をはたきながら龍海にニヤケ顔を見せるカレン。
「ほい、ご苦労さん。やっぱサーロインとビール?」
「あとエダマメな!」
昼食時、肉が焼けるまでの繋ぎで枝豆を出してやったのだが、これが大層気に入ったらしい。まあ確かに定番ではあるが。
「今朝もお昼も肉だったじゃない。良く飽きないわねぇ?」
「夜食を含めてもまだ四食目だ。この程度で飽きるべくも無かろう?」
洋子が呆れるも、どこ吹く風のカレン。500mlの缶ビールを開けて枝豆摘まんでさっそく始める。
「しかしお主ら、よもやの異世界人とはのう。なるほど、変わった武器や食材を操るのも得心が行くというもの」
龍海は、カレンには自分たちの身上を話していた。
彼女らは竜の中でも古龍と呼ばれており、竜の中では勿論、この世界全体でも一番高位に位置する存在なのだそうな(自称)。
だが、基本的に自由気ままに生きる生態であり、他種族を支配とか国家に干渉することは無いらしく、個体数も数えるほどしかいないとか。
「でも、ずいぶん簡単に信じたわね?」
「これほど異質のモノを扱えるのを見れば、それが一番信じ得る解と言うものであろ? 何よりこの世界には無い、このような美味な食材だけでも正に異世界人のなせるワザよの。まあ、異世界やら黄泉の国やらから、人だの魂だのを呼び出した、呼び出そうとしたって話は小耳に挟んだことはあるでな。目の当たりにするのは初めてであるが」
グビビビビ、ぷはぁ~っ! とビールを堪能するカレン。いかにも至福のひと時と言った顔をなさる。