状況の人、竜退治する5
「ねぇシノさん?」
「ん?」
「こいつ、喋ってなかった?」
「あ? ああ、喋ってたな。俺がエミちゃん見つけた時も、火竜はエミちゃんと話してたよ」
「こんな怪獣が人と話す事が出来るなんて……」
「ファンタジーでもドラゴンが高度な知性を持ってるって設定は珍しくないけどさ。でも、いざ話してる所を見たときは驚いたよ。なんか頭に直接響いてくみたいな声でさ。そこでエミちゃんを連れてきた村人と間違えられてよぉ。そんでもう火竜がメチャ怒り狂ってなぁ、この有様さ」
「え? エミちゃんと? 生贄と話してた? なにそれ? 何でそれでシノさんに怒ってんの? ワケ分かんないんだけど?」
「火竜は生贄なんて求めてなかったんだよ。それどころかエミちゃんみたいな少女を人身御供にするとか、外道だの人でなしだの言われ放題でよぉ」
「じ、じゃあエミちゃんは無事なのね?」
と、そこへ、
「火竜様!」
奥から軽い足音と共にエミがこちらに走ってきた。
彼女は龍海らには目もくれず、火竜の元に駆け付けた。
「火竜様、火竜様! 大丈夫ですか!? しっかりして下さい、火竜様!」
白目ひん剥いて倒れている火竜の顔に縋り、容態を心配するエミ。
「火竜……サマ?」
翻って龍海の方を見て眉を顰める洋子。
――もしかして、あたしたちって悪役?
と、そんな目で。龍海も口をへの字に曲げてうんうんと頷いた。
龍海は起き上がるとフラッシュライトのスイッチを入れて、エミに話しかけた。
「エミちゃん、だよね?」
エミはライトの眩しさに手を翳し、目を瞬かせながら、
「え、ええ。そうですけど……あなた方は誰なんですか? それに、なぜあたしの名前を?」
と逆に聞き返して来た。
フラッシュライトの眩い光のせいで龍海の顔は見えていなかったが、下半身は視認できた。
今までに見たことの無い龍海の迷彩柄の服を目にし、彼が村人ではないことはエミにも予想できた。
「安心して。あたしたちは王都の冒険者よ」
「冒険者? 王都の?」
「そうよ。それであなたのお姉さん、イーナさんに頼まれたのよ。あなたを火竜から助けてくれって」
「お姉ちゃんが?」
「ああ、それで火竜と一戦交えてでも君を助け出そうとしてたんだが、君と火竜が話しこんでたのを見て、聞いてた話と違うなって思ってたんだけどね。そしたら、こいつが俺を村人と間違えて激昂し始めて」
「あ、もしかしてあたしが、人なら村人だって言ったから……?」
「多分ね」
「ご、ごめんなさい! あたし、てっきり村の人だとばかり……」
「まあイーナさんにも、エミちゃんには言わない方が良いって言っておいたしね。俺らのこと知らなくて当然だし、気にしなくていいよ」
「でも話が違ってたわね。エミちゃんはてっきり火竜に食べられるものだって思ってたし」
「はい、あたしも手足を縛られて寝てる火竜様の前に放り出されたんですけど……目を覚ました火竜様は泣いてるあたしに優しく話しかけて下さって……何もしないから安心おしって……」
「その辺は俺も聞いてたよ。話しあえるなら手打ちが出来るかもって思ってたんだが……」
「うぐう……ぐふ!」
「あ、火竜様! 気が付かれましたか? 火竜様!?」
火竜が意識を取り戻したようだ。小さく頭を振り、呻き声を上げる。
「あぐ、あがご……」
「火竜様! 大丈夫ですか?」
「うう……うま、喋れん……しば、し待て……体形を、かえ、る」
――体形を変える? どういうことだ。
龍海が首を傾げたと同時に、火竜の身体が光に包まれた。
手持ちのライト以上の光に思わず目を細める龍海、洋子だったが、その細い視界の中で火竜の姿が人型に近い体形に変化していくのが見える。
――まさか、人体変化? 全身鱗の竜人か何か?
やがて光が収まり始め、火竜の変化した身体がハッキリ分かるようになった。
龍海も洋子もアニメや漫画ではよく見た魔物やモンスターの擬人化。
しかしそれはあくまで絵空事であり、今実際に目の当たりにすると唖然とせざるを得ない。おまけに、あのデカい竜の身体が、龍海ほどの身長程度に小さくなってしまったのだ。
そして三人の目の前に現れたその姿は…………全裸の人間……そして胸部に、大きなお椀的形状の物体が二つ。
龍海は言ったもんだ。
「おまえ! メスだったのか!?」
で、
「そっちかー!」
と、すかさず、コケる間も無く洋子も突っ込んだ。だが、エミはコケた。
「しかもレベッカさん以上の爆乳!」
「あほかぁ! 女がどうとかより、ドラゴンが人間の姿になった方を驚くのが普通でしょうに! どこまで非常識なのよこのエロオタ!? 胸の大小なんてそんなの二の次でしょうがー!」
その人型になった火竜の姿は実に妖艶な、人間で言えば30歳半ばから後半のいわゆる美魔女であった。
スラリとした細めの脚に、キュッと絞られた腰、甘い吐息専用かと思える妖しい魅惑の唇に切れ長の眼に加え、何と言っても龍海の眼をとらえて離さぬたわわな爆乳……確かにレベッカを超えてそうだ。形こそお椀的だが大きさは丼以上。
「うぐう……まだ頭が痺れておる。顎もズキズキするわ。少しズレたか?」
火竜が顎を摩り、どぶつきながら起き上がってきた。
さすがドラゴン、あんな近距離でも12.7mm弾の貫通どころか侵入も許さない防御力。しかしてその勢いまでは弾けなかったようだ。
洋子だと着るだけで体力錬成になってしまう防弾チョッキ2型の防弾プレートを竜の鱗と換装できれば重量もかなり軽く出来そうだ。
「うん、まあ楽に喋れるようにはなったわ。おい、そこの男。今、その娘と話していたことは真か?」
「え? 聞いてたの?」
「頭が痺れて動けなかっただけだ、意識は失っておらなんだわ。なら、まずは話すかと思ってこの姿になったのだ」
「そうなの? でも何でわざわざ人型に?」
「人の言葉を話すなら同じ体形になるのが一番楽でな。本来の姿だと魔力で喉を振わせて人の言葉に変換しておったからの」
「なるほど。エミちゃんと話してたから、てっきり普通に喋れるもんだと思ってたよ」
――そういや、妙な響き方の声ではあったな……
「竜の口や顎の動きでこんな複雑な発音が出来ると思うか?」
「まあ、そう言われりゃ……よく知らんけど」