状況の人、竜退治する4
「なに!? 失敗なの?」ザッ!
「とにかく逃げろ! 一目散に山を下りろ! おわり!」ザッ!
「ちょっと、シノさん! シノさん!」
応答は無かった。
しかし無線の龍海の指示からすると首尾よくエミを救助、とは行かなかった事くらいは分かる。
逃げろ! と言われたら即座に逃げる。龍海はそうやって念を押して自分に言い聞かせ、自分もまたそれを了承していた。
と、そうは言っても、龍海の身の上に何が起こったのか? どういう状況なのか? それを見ず、聞かず、知らずして踵を返すというのはやっぱり出来るものではない。得心も行かない。
もちろん自分には日本に帰るという悲願がある。
そう決意して、そのために日々訓練に身を投じていた。
すべての行動はそこを最終目標にしなければならない。
この場で逃亡という選択は正しい答えの一つだろう。
だが、しかし。
だとしても、唯一、異世界へ転移すると言う異常な経験を共有した者同士である龍海を置いて逃亡というのは簡単に踏み切れる訳も無い。
今後、ようやく銃の扱いに慣れてきただけの今の自分が、彼の指導・協力無くして悲願を成就出来る様になれるものなのか?
それは現段階においては甚だ怪しいと言わざるを得ない。
今、装備している服も武器も彼が居てこそなのだ。
その中で選ぶべき最適解。
――シノさんの状況を確認する!
軍人に準じた恰好をしてはいるが自分は軍人では無いし、龍海も決して上官ではない。軍と違って命令を無視する事は一向に構わない。自分が納得出来る行動をすればいい。
洋子は龍海の置いて行った重いM82A1を引き摺って洞窟入り口へ入った。
13kgあるM82も抱えて歩くのではなく、引き摺れば洋子でも何とか移動できる。
身体強化魔法を使えば持ち上げる事も撃つことも可能ではある。
しかし今のレベルでその状態を維持できる時間は30秒ほどと短い。故にこれを使用する状況になった場合に備えて、撃つ直前まで控えなければならない。
通常の筋力で、極力出せる速度で奥を目指す。
やがて、何かが歩く様な走る様な音が響き始め、時折オレンジ色の光が鈍い破裂音と共に奥の方から漏れてくる。
――やはり……戦闘になってる……
鈍く光るオレンジの揺らめき。それがイーナの言っていた火球であると考えて間違いはあるまい。
しかしLAMの爆発音はもちろん、銃の発砲音も全く無いのはどういう事か?
――でも、足音も炎も近づいてくる……
ガシャン!
洋子はM82のやたらストロークの長いチャージングハンドルを引き、全長14cm近い12.7mm弾を薬室に送り込んだ。
銃身を岩に預けて立てかけ、洞窟の奥を窺う。
――発砲はしていない。それで足音、炎が近づいてくるのは……シノさんが追われている可能性大!
ダッダッダッダッ!
足音が近い! 岩陰から伺って前方を見た。
と、容子の視界に、龍海が火竜の攻撃を避けながらこちらへ走って来る姿が飛び込んできた。
――え?
その龍海はLAMはもちろん、小銃すらも持っていない。
――丸腰? 追ってるのは……か、火竜!
洋子の暗視眼鏡に映る龍海を追い回す火竜の姿。
その前をジグザグに走り、石を飛び越え岩を乗り越え、龍海は全力で逃げていた。
そして彼を仕留めようと火球を吐きまくり追って来る火竜。
次々と放たれる火球を右に左に、上に下に避け捲りながらこちらへ逃げてくる龍海。逃げ回るのに必死で、とても反撃できる状況ではない。
――何かあったのか分からないけど……援護しなくちゃ!
今こそ強化魔法の使い時! そう思って念を込めようとした瞬間、
「うあ!」
龍海が転倒した。
――シノさん!
転んだ龍海との距離は洋子の位置から概ね7~8m。身体強化後、飛び出してこの岩陰に引き摺り込むか? しかしそれだと救助後にM82を撃つまで魔法の効果がもつかどうか?
洋子が一瞬、そう逡巡した直後、
「ここまでだな、この人でなし! 骨の髄まで焼き尽くしてくれようぞ!」
龍海を見下ろして仁王立ちする火竜。勝ちを確信した姿だ。
――喋った!? 火竜が!?
「く、待て! 血祭りに、すんじゃないのか!? 骨まで、焼くって……」
転倒した痛みが酷いのか、龍海の声はほぼ擦れ声だった。
洋子は喋る火竜に虚を突かれ、飛び出す機会を失った。
「あの少女の苦しみ、哀しみ、身をもって思いしれ!」
首を後ろに擡げて天を仰ぎ、火竜は口内に特大の火球を浮かび上がらせた。
――ヤバい!
身動き出来ない龍海にあんな火球がぶつけられたら影も残さず消し飛んでしまう! もはやイチかバチか、M82で攻撃するしか!
洋子は念を込め自分の身体に強化魔法をかけた。
――ふぅおぅ……
筋トレ時の、ダンベルやバーベルを持ち上げる時のような力の入れ方をイメージ。
発動した筋力強化魔法、洋子の五体にみるみる力が湧いてくる。
まるで全身の筋肉の量が2倍にも3倍にもなった感覚に覆われていく。
強化された筋力でM82を、軽量アサルトライフルでも扱うがごとく瞬時に持ち上げて膝撃ちで構え、照準を火竜の鼻先に向ける。
火球弾の充填が終わった火竜は、龍海に引導を渡すため火球を放つべく勢いをつけて首を振り下ろさんとする直前だ。
洋子は移動目標を撃つ時の訓練を思い出し……否、無意識の内に、動く標的を屠る状況モードに入る。
――動く目標に照準を合わせて追従、追い越した瞬間に……撃つ!
膝撃ちで構える洋子の指が引鉄を絞った。
ドグァーン!
洞窟内に大発砲音が響く。放たれた口径12.7mmの完全被甲弾は火竜に向かって驀地。
ガンッ!
命中!
龍海目掛けて火球が放たれる寸前、洋子の撃ち放った50口径弾は火竜の下顎に見事にヒットした。
火竜の火球発射寸前の口は、顎に命中した12.7mm弾によってカウンターを喰らったように閉じられてしまった。ついで、
ボンム!
行き場を無くした火球弾が口内で炸裂するオマケ付き。
「ブふぉぉ!」
口内に加え、逆流した炎が鼻腔を焼きつつ鼻の穴からも噴き出す火球炎。
洋子の、宛らアッパーカットの如き顎への銃撃と、口内での火球の暴発で脳をシェイクされた火竜は、
ドドドォーン!
と派手な地響きと共に、白目を剥いてその場にブッ倒れてしまった。
洋子がM82で火竜を仕留めてくれたのを見た龍海は、
「はあぁぁ~!」
と大きな安どのため息をついて、手足を投げ出して大の字に寝そべった。
「あ~、助かった~。洋子ちゃん感謝ー!」
ガッシャーン!
筋力魔法の効果が切れた洋子もM82を落っことすように手放し、その場にへたり込んだ。
「当たった~。良かった~」
反動を喰らって痛む肩を摩る洋子。
強化していたとは言え脚を使用しての伏せ撃ちならともかく、反動をほぼ上半身で受けなければならない膝撃ちでのM82の反動はそれなりに響いたか?
まあ、それよりも。