状況の人、竜退治する2
エミと男は上の二人と合流すると、そのまま洞窟に向かって歩き出した。
洞窟入口手前で松明持ちは止まり、一人がエミを連れて洞窟の中へ入って行く。
ギリギリ奥まで連れて行っているのか、男が洞窟から戻って来るのにちょっと時間がかかっていた。
再び集った三人は松明の明かりを頼りに道を下って来た。
「終わったな……」
「嫌な役目だ」
「お前らはマシだ。エミの手足縛らにゃならんかった俺の身にもなれや!」
――手足を縛った、だと?
おそらく彼らを追って逃げる事を阻止するためであろう。
「ファマスの家族より辛くはねぇだろ」
「そりゃそうだけどよ……」
「村のためだ。とは言え……俺、ろくな死に目に会えねぇ気がするよ……」
男たちはとぼとぼと麓へ下りて行った。
――まあ、誰も笑えねぇわなぁ……
エミの手足を縛り、竜の穴に置き去りと聞いた時は一瞬、頭に血が昇った龍海だったが彼らも好きでやっている訳じゃ無いのは今の会話でも十分わかる。連中もおそらく、くじ引き辺りで決められたのだろう。
――そろそろか?
三人が200m以上離れたところで龍海たちは行動を開始、洞窟へ向かった。
洞窟入り口に到達し、ここで収納から自分の64式と洋子の89式、そしてLAMを取り出した。
正直、小銃は威力的に全く効果がないだろう事は予想できる。
だが撤退時など、頭部や特に眼球狙いで怯ませて時間が稼げればそれでも良い。もっともそれすらも言葉通りに事が進めば、の話だ。
やはり一番頼りはLAMである。
圧延鋼板を70cmも貫くという貫通性能、これに期待するしかない。
洋子は入り口付近でバックアップについてもらう。
龍海はバレットM82A1を取り出して、そこに据えた。
エミを確保できればそのまま洋子と一緒に逃げさせてその間、これで怯ませられれば多少は時間が稼げよう。
13kgもあっては素のままの洋子だと持ち運ぶのは難儀だが、その重量のおかげで二脚を据えれば洋子でもその反動には耐えられる。
その上、まだまだ低レベルで持続時間も短く効果も薄いが、身体強化・筋力強化の魔法がかけられる様にはなって来ているので、30秒程度なら通常時の64式を振り回すくらいの動きがM82でも出来る。
「無線は聞こえるな?」
「大丈夫よ」
「いいな? 俺が逃げろと言ったら何もかも捨てて一目散に逃げろ。そのままどこかの町で例の透かし入りの登録証を見せて保護してもらうんだ。わかったな?」
「何度も聞いたわ。でもシノさんもヤバかったら逃げて来なさいよね。逃げるのだって一人より二人で逃げた方が逃げ切れる可能性、高くなるんだし!」
「うん、わかってるよ。じゃ、行って来る」
龍海は64式を背中に吊り、LAMを抱えて奥へ進んだ。
洞窟はあちこちから岩が突き出しており、身を隠しながらの前進が可能だった。
岩から顔を出し、前方の様子を窺いながら歩を進める。
――どれくらい奥まで連れてったんだ?
龍海は索敵+を起動していたのだが何故か火竜はそれに反応しなかった。
エミと思しき反応はあるにはあるのだが、なぜかボヤっとしていて位置もはっきり分からない。今わかることは、50m以内まで近づいてきている可能性が高いと言う事だけだ。
――もし、火竜が索敵魔法に対するステルス的なスキルを持っていたとしたら厄介だがな……
と、ボヤキが入り始めた頃、洞窟が左に折れる曲り道を越えたところで、
――あ、あれは……
岩肌とはまるで違う質感の、しかして巨大な物体が暗視眼鏡内に飛び込んできた。さらに目を凝らし、索敵+に注視する。
――居た!
そのデカい物体は、紛う事無き火竜であった。
眼鏡内に浮かぶ火竜の光る眼に龍海の背筋は一瞬で凍り付く思いだった。ついで心拍数も急激に跳ね上がった。呼吸も、喉に詰まるかのごとく乱れ捲くる。
曲り道で見えなかったが、距離にしてもう20mも無いだろう。
龍海は一旦、岩陰に隠れると、深く息を吸い込んで呼吸を整えた。
更にもう一つ息を吐いて気を落ち着かせ、LAMの準備にかかる。
火竜に気取られないように操作音を押さえつつ、LAMの弾頭のプローブをゆっくり伸ばした。これで準備はOK。
状況の人、戦闘モードにスイッチ。
しかし火竜の位置は分かったが、肝心のエミの姿はまだハッキリとは確認していないのに気づく。戦闘の巻き添えを食らわせてはシャレにならない。
龍海はもう一度首を伸ばし、エミの姿を探した。大体の位置は索敵で分かっているのでそこに着眼する。
――足元か!?
エミは手足を縛られた状態で、火竜の足元に転がされていた。
しかも火竜はエミに手の爪先を向けて彼女の脚辺りを狙っている。
火竜は龍海の目線からは膝を折り、前に屈んでいるような姿になっていた。
立ち上がってどてっ腹を見せてくれていた方が狙いやすいのだが、贅沢は言っていられない。火竜の爪がいつエミを捉えるか、一刻の猶予もないのだ。
幸か不幸か、エミは手足を縛られているので結果、地に伏せている状態だ。
狙うは腕の付け根をすり抜けた先の胸から腹の辺り。今、エミへの影響を最小限にして狙えるのはそこしかない。
頭に当てられれば一撃だが、フラフラ動き投影面積も少ない竜の頭部を狙って外してしまったら、もう次は無い。
後方を見て、LAMの反動を緩和させるために噴き出されるカウンターマスが岩肌等に跳ね返って自分に被ってこないことを確認し、火竜を照準に納めて安全装置に指をかける。
ここでもう一つ、深く呼吸。
そして安全装置を外すべく指に力入れる。
と、その瞬間、
――え?
……ひど……話……だねぇ……こ……わか……どもを……
龍海は自分の耳を疑った。
――話してる?
会話が聞こえる。
――ドラゴンが話してる、だと!?
火竜との会話? 新しい状況を受けて、LAMの照準を外し、再び岩陰に隠れる龍海。
――そりゃ確かにドラゴンが高位な生き物で、人と同じかそれ以上の知性があるって設定は多いけどよ……
だがそれはあくまで創作物での話。まさか実際にそんなマンガみたいな状況……
いや、今はそんな事で驚いてはいけない。何せ今の自分ですら、そんなマンガ以上にチートな存在なんだし、眼前の現実を率直に受け入れる姿勢であるべきでは無いのか?
とにかく耳を澄ましてみる。
「全く、何を考えてるのかねぇ人間は。我が人間の娘を差し出されて喜ぶとか、どこで勘違いしたのかねぇ」
「か、火竜様は人を、め、召し上がらない、の、ですか?」
――やはり会話している……相手は当然エミちゃんだな
目を凝らすとエミの手足を縛っていた縄は火竜の爪によって切られていくのが見えた。
エミが自由になった手で縛られていた手首を擦っているのも確認できた。
――言葉を交わしている上に、生贄の拘束を解いている……
これを見る限り、どうやら火竜はエミを捕食しようとも、敵対しようともしていないと思えるが……龍海はさらに聞き耳を立てた。
「ははは、人なんて不味いものは食わないよ。特に女は脂が多くてクドくてね」
――食ったことは有るんかい!