状況の人、依頼を受ける5
「でも、どうせ何もできない連中じゃない? 村に逃げ帰って、あたしたちの事を話したって邪魔しようにも、そんな余裕も無いと思うんだけど」
「それだと火竜を始末出来なきゃ、俺たちはともかくイーナさんの立場が無くなるよ。監視者のスキを突いての速やかな潜入・奇襲による短期決戦、これで行くしかないな。よし、イーナさん?」
「は、はい」
「先に言っておく。やるからには俺たちは全力を尽くすつもりだけど、結果として計画通りに行かなかった場合、俺たちは即座に撤退を選ぶ。もし、そうなったとしても恨みっこ無しでお願いしたい」
「……」
「詳しくは言えないが、俺たちには何より優先しなければならない事情があるもんでね、それだけは覚悟してくれ。その代わり成功不成功に関わらず、君たちからの報酬は一切受け取らない」
「そ、そんな。どうして? それじゃタツミさんたちが丸損で……」
「詳しくは言えないと言ったろ? あと、エミちゃんを救出できたとしてもやはり俺たちはそのまま現場を去る。君とも会わない。これが今回の依頼を受ける条件だ」
「で、でも……」
「駆け出しのあたしたちにとっては、そうね……竜退治も修行の一環……ま、そんな風にでも思っててちょうだい」
「ヨウコさん……」
「じゃあ、早速ここを撤収して現場に向かおう。出来るだけ早く現地の情報が欲しいからな」
「服も乾いてるわ。イーナさん、すぐに着替えてね? はい、シノさん回れ右!」
シャキン!
「ちょ! 回れ右はいいけど、なんで拳銃の薬室に弾込めてんだよ! 何か? 俺が彼女の着替えを覗くとでも思ってんのか!?」
「大丈夫よ。結果はシノさんの態度しだいだから」
洋子は龍海の身体を無理やり180°回転させ、自分とイーナに背を向けさせた。
「どこが大丈夫だよ! 危ねぇよ! 銃口、背中に当たってるじゃないか!」
「当ててんのよ」
「違ーう! 『当ててんのよ』はそういう使い方じゃ無ぇー!」
当てるならもっと柔らかいもの、柔らかいものを当てて! そんな固くて物騒なもの当てないで―! 龍海の魂の叫びが荒野に木霊した、ような気がした。
その後すぐに出発した龍海たち一行は目算通り、日没前に火山の麓に到着した。
イーナに示された件の火山は大した標高は無く、例の洞窟も説明された通りの位置に有った。
「大きな洞窟ね。もしかして火口?」
「マグマの状況次第で横に吹き出しちゃうってのはあるらしいけど、浸食や崩落で出来たか……まあその辺どうでもいいわな。高さは約17~18m、幅も10mくらいはあるか?」
龍海と洋子は麓から数百m離れた岩場の陰から双眼鏡を覗きながら現場を確認していた。既に火竜を見張るための村人が二人、洞窟に続く道の近くに張り付いている。
「イーナさんの言った通りね。もうすでに見張りが来てる」
「エミちゃんが来るまでに仕掛けるってのは出来んか……あの見張りはいつ村に戻るんだろう?」
「おそらくエミが洞窟内に入ることを確認してから……だと思いますわ」
「彼の戦力が不明でのぶっつけ本番……分が悪いなぁ」
龍海の大きな嘆息。
「あ、あの……」
そんな龍海に不安そうな顔をするイーナ。だが洋子は、
「大丈夫よ。ここまで来て投げ出したりはしないから」
とイーナの肩をポンポンと叩いた。
――随分と肝が据わってきたな……
涙目で震えていたあの日から僅か一週間程度、今の洋子は火竜との戦いを全然恐れていないようにすら見える。
勇者の素質が目覚めてきた――と好意的に見るならそんなところだろうか? それともゴブリンを射殺したことで何かを吹っ切ってしまったか?
とは言え自分とて、モンスターとしては最強級なのが相場のドラゴンと戦うというのにあまり緊張を感じていない。まだ、その実力・戦闘力を眼にしていない事による実感の無さや、携帯対戦車弾の様な近代戦車をも屠れる武器が出せる、というのもあるだろう。
――補給処で実弾の搬入を手伝った時に触れただけなんだけどな……
因みに似た用途の84mm無反動砲などは、火器班等で修理に回ってきた実物に触れる機会は多かったが砲弾を触った事が無いので再現できない、と言うか砲本体だけ再現できても使い様が無いのである。
散弾にしても出せるのはグァムで撃ったバードショットとOOバックの2種類だけで、大型野獣用の一発弾であるスラッグ弾は出せない。撃った事も触った事も無いからだ。
閑話休題。
「よし、これで場所は分かったし状況も概ね掌握出来たな。じゃあイーナさんはもう村に帰りなよ」
「え!? で、でも!」
「朝から俺たちの所へ来てたんだろ? 家族が心配してるはずだよ。何よりエミちゃんがね」
「……」
「エミちゃんは今日が家族との最後の日だと思ってるんだろ? 行ってあげな。あ、でも俺たちが動く事は言っちゃだめだよ? どこからか村民に漏れて邪魔されるかもしれないからね」
「は、はい……」
「成功、祈っててね」
洋子が微笑んで語り掛ける。
「タツミさん、ヨウコさん……私の無茶な願いを聞いて下さり、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません。どうか、どうか妹の事……よろしくお願いします!」
「まかせて!」
「ああ、全力を尽くすよ」
イーナは一礼の後、村へ向かった。と、その時、何かに気づき振り返って、
「か、火竜!」
上空を見上げながら彼女は小さく叫んだ。
龍海、洋子も彼女の目線を追って空を見た。
その先には竜が一頭、雄大に空を飛ぶ姿があった。
――あれが火竜か?
龍海は双眼鏡で火竜を追った。
火を飛ばす竜という事で勝手に赤色の身体を想像していたが、実物はミルクブラウンに近かった。
「イーナさんが言ってたのより、大きく見えるわね」
洋子も同じく双眼鏡で確認していた。
翼を広げた状態で飛ぶ火竜の姿は確かに巨大に見えた。しかし胴体だけならその大きさは近代戦車並み程度に感じる。
側の大きさだけで物事が決まるわけではないが、LAMの本来の標的と比較して、「全く勝負にならない!」とは言い切れなさそう――と言うか是非とも通用してほしいところ。
ともかく火竜は戻ってきた。これで今日、再び飛び立つ事が無ければエミの人身御供儀式が今夜実行されることが決定的になる。
――LAMが効くかどうか……最初の一発でその後が決まるな……
三人が注目している事を知ってか知らずか、火竜は頂上付近でゆらりと一周しながら減速して、火口の中へ降りて行った。