状況の人、依頼を受ける4
顔を伏せたままで震えるイーナの肩に手を当てて声を掛ける龍海。
恐る恐る、ゆっくり顔を上げるイーナ。その目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちており、女性と付き合ったことの無い龍海としては今の彼女の思いを突っぱねたり、あしらったりする術を全く持たなかった。力なく垂れているケモ耳の愛らしさが龍海のオタ心に思いっきり突き刺さる。
「とにかくもうちょっと話、聞かせてくれるかな? やるからには情報はいくらでも欲しいし、何か効率の良い方法も思いつくかもしれないしね」
パァッ! イーナの瞳に輝きが、涙にくすんだ顔に笑顔が浮かんだ。
「あ、ありがとうございます!」
ガバッ!
慶びいっぱいの声で心からの感謝を叫びつつ、イーナはいきなり龍海に抱き着いた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! あり、が……」
龍海の胸に顔を埋め、泣きながら礼を言い続けた。
女性に抱き着かれるなど生まれてこの方、初めての龍海。ついに、マジでやってきたお色気イベント!
が、薄いジャージを通じて、抱きつくイーナの胸の感触が自分の身体にも伝わって来る……なんて事を許すほど自衛隊迷彩服の布地は斯様に甘くはなかった。
おまけにタクティカルベスト着用。な~んも伝わってこない、いと残念。
しかし、
――ハッ!
背中に感じる負の波動。
振り返るまでもない、索敵+を使うまでもない。
昂る洋子さんが、影の下りた顔から眼だけを闇に浮かぶ猫の瞳のごとく光らせ、まるで道端に転がるハエの集った犬のクソでも見るような視線をくれているのを背中全面に感じていた。アホな妄想膨らましてんじゃねぇぞ、と。
これ以上、誤解を拗らせたくない龍海は、ちょっと早いが昼食の時間にしようと提案した。
まだイーナに名乗っていなかった二人は改めて自己紹介した。
名前と言えばイーナの妹はエミと言うそうな。
「あの、タツミ様、ヨウコ様……」
「様、なんていらないわよ? ところで何?」
「いえ、あの……依頼を受けて頂いた上に食事まで……」
「気にするところじゃないわ。今夜までに、あなたの村まで荒れ地を何kmか歩くんでしょ? 腹ペコじゃ歩けないじゃない」
「ありがとうございます。それに、すごく美味しいです!」
昼食のメニューはシチューだ。夕べの残りを温め直し、そのまま、もしくはパンを浸して食べる。
「そりゃ何よりだ。たっぷり有るから、たくさん食べてくれ」
このシチュー、例によって再現で出した食材と市販ルーを使用して龍海が作ったものだ。
4人分を作ろうと思っていたが取説を間違えて解釈し、ルーの分量半箱でいい所を一箱全部入れてしまったので薄めたら当然のごとく、8人分の具が少なめなシチューの出来上がりである。
故にイーナの分を入れても量は十分だった。
初めての実戦の後でもあり、殊に洋子のメンタルが気になっていたがイーナの参入で気が紛れたらしく、食欲にも影響していなさそうだ。
その辺はわざわざ蒸し返す必要も無いのでこのままイーナの依頼の件について話を持っていく。
「ただのくじ引きで生贄を選ぶって何かモヤモヤするなぁ」
「族長は、身の上、容姿、能力などに囚われない平等な選び方だと……」
前回の伝承に因み、差し出される生贄は13歳以上18歳までの少女が対象にされたと言う。
イーナは現在19歳で外れたが、しかしエミは15歳とド真ん中なので対象となった。
「私が変わると訴えたのですが、族長として、前例を違えて火竜の更なる怒りを買うような博打は打てない、と退けられました」
「まあ、村の責任を背負ってる長としてはやむを得ない沙汰かもしれんがなぁ」
「何が、やむを得ないよ! 他に方法を考えりゃいいでしょ、聞いてるだけでむかついてくるわ! 火竜の目的が捕食なら、男刻んで差し出したっていいじゃん!」
おいおい……
「その他の方法、国へ上訴したりギルドへ相談したりはやってんだよ。そのうえで決めたワケだしなぁ。とは言え、将来のある女の子を差し出すってのは……」
「第一、エミさんだっけ? その子を差し出したらホントに火竜が収まるの? 今回も伝承通りになるって決まってる訳じゃ無いんでしょ? こっちだって十分博打じゃない!」
まあ一理も二理もある洋子の言い分である。例え収まったとしても、火竜がそこにいる限りずっと生贄を差し出し続ける事にもなりかねない。
根本的な解決となると、やはり火竜をどうにかしないと。
「で、今日の深夜にエミちゃんが差し出されるわけだね?」
「はい。火山の麓から高さ100mくらいの山腹に火口に繋がる洞穴がありまして、そこから送り込まれます。道は崖路が一本だけなので逃げる事も出来ません」
「そっか……それじゃエミちゃんが向かう前にケリをつけなくちゃいかんかな?」
どうせ火竜との一戦が避けられないのなら、当然エミが連れ込まれる前に仕掛けるのが吉だろう。彼女が傍にいては巻き添えになるのは目に見えている。
出来れば気付かれずに火竜に接近し、洞窟内の戦闘で使用できる中では最大火力を持つ携帯対戦車弾を叩き込み、効果があれば連続攻撃、無効であったら即撤退と行きたいところだ。
だがその思惑は早々に崩れる。
「それが……」
「ん? なにかな?」
「今日は火口に火竜が居るかどうかを村民が朝方から監視しています。監視役から火竜が居るとの連絡が来たら、夜半にエミを洞窟内に連れて行き、そのあと村へ帰るという段取りを踏みます」
「それじゃあ前もってしかけられないし、監視が帰った後だと間に合わないかもしれないじゃない」
「……監視は何人だ?」
「多分、2~3人」
「う~ん、村民とはあまりガチりたくはないな」
「ねえイーナさん。やっぱり村の人にあたしたちの事を話して、例え一日でも待ってもらうってのは?」
「それは……」
イーナの顔が曇る。
「難しいな。村の人は今も火竜の脅威に怯えているんだ。名も無い駆け出し冒険者が、しかもたった二人でドラゴンの相手するなんて、話も聞いてもらえんだろ」
と龍海が解説。
得てしてこう言ったムラの慣習だの風習だの、決められた行事・計画等をいきなり、それも余所者が変えようなんて事は、大変嫌がられるのが相場である。
「監視が2~3人ならスタンガンで攻撃・拘束も出来なくは無いがな。しかし出来る限り村民には悟られず、関わらずに事を片付けたいところだ」
軍・警察用のテーザー銃とかならまだしも、龍海が触れたことのある市販のスタンガンではドラマのように一瞬で気絶、などは望むべくもない。