状況の人、依頼を受ける1
「まあ、俺も同じようなもんだけどな」
「シノさんも?」
「俺だってあんな言葉が通じる人間に近い生き物殺したのは今日が初めてだよ。初日に狩った角狼は獣だしな」
「気に……ならない?」
「うん、悪い事したって気が起きないんだよ。あいつらは人間と同じで群れて共同で狩りをするみたいだし、俺たち同様に家族や友人がいるのかもしれないけど、あいつらは同じ背景の俺たちを殺す気マンマンで。警告したのにそれでも襲いかかって来たんだから、そりゃ返り討ちにあったって……それがこの世界の理なんだろうなと思うんだ」
「そうなのかな?」
「殺す行為を躊躇するのは、自分が殺せるって事は自分も誰かに殺される事も有り得るってそう言うワケで……自分が殺されたくないから他者も殺さないって暗黙の縛りが出来上がるってこと……だけど、ここではそれがまるで逆って言うか、殺されるのが嫌なら殺していい、それが戦場の常識なんじゃないかって」
「そんな……ものかな?」
「言葉で言うほど単純じゃないとは思うし、町や村の中ではやっぱり、殺されたくないから殺さないってそんなルールになるんだし。状況次第なんだろな」
「状況の人……か」
「そだな。なんか結構、重い言葉になってきたな」
龍海は苦笑した。
訓練時は耳タコレベルで聞かされた言葉だったが、こういう解釈をするとは当然ながら思ってもいなかった。しかし、あながち間違ってはいない……龍海はそうも思った。
本来は忌避されなければならない命のやり取り、戦争下においてこれが行えるのは命令と言う形で軍、もしくは国家がその責めを負う事により末端の兵士たちは戦えるのだ。
今現在、龍海や洋子の責はアデリア王国が背負っている。だから龍海も洋子も引鉄が引けるのだろう。
更にここが地球の中世風の世相と同等ならば、征服地からの略奪・強奪・凌辱なんて行為も当たり前に行われる。報酬の無い徴用兵はそれが収入源であるし。そして、そういう手合いから身を守るために武力を行使する、それも当たり前の事なのだ。
とは言うものの、やはり引っ掛かりは……
「そういやあの子は?」
さりとて、お互いいつまでも思い詰めているわけにもいかない。
龍海は話題をケモ耳少女に逸らした。
「追われて気が張り詰めてたのかな? それともすぐ近くであたしが発砲しちゃったからなのか分からないけど、その時に気絶しちゃって」
「ケガとかはどうだった?」
「脚や腕とかに擦り傷はあったけど、切り傷とか大きな出血とかは無かったかな」
「犬か狼の獣人かな?」
「尻尾見ると狐っぽいけど……下のジャージ、どうすればいいか悩みどころだったわ」
――尻尾用の穴は開いて無いしな~
「あの子、どうするの?」
「放っておくわけにもいかんだろな。見れば旅の途中って感じでも無いし、近くに村か集落でもあるんだと思うよ。本人次第だけど問題が無ければ行軍訓練がてら送っていってもいいしな」
「あのう……」
テントの方から声がした。
件の獣人少女が、テント入り口から申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「お、気が付いたか。思ったより早かったな」
「あの、ここは……私、一体……」
「バスタブで気絶してたから、こっちに運ばせてもらった。濡れた服は今、乾かしているよ。体、動くかい?」
コクっと頷くと少女はテントから這い出してきた。
青いジャージを着た狐の獣人とは、まずまずシュールな光景ではある。
龍海が出したジャージは自分用の再現なので、この少女にはサイズオーバーであった。
再現能力は過去、龍海が触れたものなら何でも作成できるのだが、あくまで触れたものだけに限定される。
故に自分が着ていたLLサイズのジャージをSサイズで出す、なんて事は出来ない。
洋子が訓練で来ている迷彩服は彼女の身長にほぼほぼ合っているのだが、それは在隊中に洗濯物を取り込む時に、先輩隊員の分もついでに取り込む、と言う過去があったから様々なサイズが出せたのだ。
中学生時代くらいの服を出せばサイズ的には合ったかな? と今更ながら思うが、まあ後から気が付く何とかの知恵、と言う奴だろう。
あんまり体のラインがハッキリ出てしまうとエロい事になりそうなので、そこは正解だったかもしれない。
もっとも、このダブダブのジャージの中で彼女は、のぅぶら・のぅぱんなワケで……それはそれで妄想が捗るが今は自重自重。
三人は食事用に出しておいた小さなテーブルを囲んで座った。
洋子がコップに冷茶を注いで「どうぞ」と少女に渡す。
「あ、ありがとうございます……」
一気に、茶を飲む少女。あっという間に飲み干しコップを空にする。
ゴブリンに追われ、全力で森の中をかけていたなら当然、喉も嗄れていたことだろう。
洋子はもう一杯注いであげた。
「す、すみません……ん!」
その一杯も一気飲みする少女。呼吸も忘れて飲み干したせいか、二杯目を空にするとハァハァと少し息を荒げる。
「むせるといけないわ、いくらでも飲んでいいからゆっくりね」
「ど、どうも……」
「その様子だと、ずいぶん走ったようだなぁ」
「あ、はい。こちらに向かう途中で、折り悪しくゴブリンの群れに襲われまして……」
「ん? こちらに?」
「はい」
少女は持っていたコップを下げて姿勢を正して言った。
「私はあなた方を訪ねて参りました」
「え?」
「俺たちを?」
こりゃビックリ。
日本より召喚されてからこっち、自分らを知っているのは城内の一部と冒険者ギルドなど、僅かな人数しかいない。
アリータやレベッカ、ギルドマスターらは今の龍海たちの行動には緘口令を敷いているだろうし、龍海の戦闘力を知っているのはトレド達くらいで、彼らは全く正反対の方向の仕事に行っている。
「な、なんで俺たちを?」
「あなた方は冒険者なんでしょう? それも魔導戦士の!」
――ま、魔導戦士!?
「先日、森の陰から見させて頂きました。あなた方が修行しているのを!」
「し、修行?」
「あ、ああ訓練な。でもそれで何で魔導戦士って」
「だから見てたんですよ、あの魔法! 200mも離れた標的に、あんなに速く正確に火球を当てられるなんて! しかも標的の岩は見る間に次々削られていってたじゃないですか!」
「ああ、まあ……」
「魔法付与をされた弓矢や高速火球でも2秒は掛かる距離を0.2秒以下で! こんな魔法は見た事がありません!」
「な、なんで時間までわかるの!?」
「火球は目には見えませんでしたが、錫杖からの音と岩の砕ける音のズレで。え? 普通ですよね?」
――イヌ科耳スゲー……
「その実力を見込んで、お願いしたい事があるんです!」