状況の人、実戦する3
下手を打てば、今に奴らの仲間がわらわらと集まって、自分のみならず洋子やこのケモ耳少女も連中が持っている剣や斧の餌食にされてしまう。なによりこいつらは、自分らの命を奪う気満々でいるのだ。
バスタブに突っ込んできたケモ耳女の言葉に、龍海は口元を歪めながらもゴブリンどもに向けて二射目を放った。しかして大した躊躇もなく。
ドォン!
弾は右にいたゴブリンの腹に命中、小柄なゴブリンは体をくの字に折り曲げて転倒し、叢の中に沈んだ。
次いで左側の二頭を照準、即座に二連射。
ドォン! ジャカ! ドォン!
三頭目は最初の一頭目と同様に胸に着弾。四頭目は頭部に直撃し、顎から上が吹っ飛んでしまう。
「ひぃ!」
残り一頭。
さすがに身の危険を感じたか、その一頭は、踵を返して一目散に逃げだした。
龍海も追うが、さすがに森に慣れているのか、逃げ足は素早かった。だがジグザグに走るのではなく、ほぼ一直線に逃げるだけであった。
空になった銃の排莢口から弾薬を直接薬室に放り込んだ龍海は足を止め、20mくらいまで開いたゴブリンに狙いを定め、正確に引鉄を絞った。
ドォン!
30mも離れると散らばる散弾は1m近く広がる。真っ直ぐ逃げるゴブリンに当てられなければ射撃経験者の龍海としては問題であろう。
「ぼぶ!」
背中一面に弾を喰らったゴブリンは、その場に崩れた。
だが距離が離れれば当たるペレット数も威力も減少する。
龍海は銃に弾薬を補充しながら倒れたゴブリンに近づいた。
「げ……ごぶぉ……」
やはり、かなりダメージを受けてはいるが死んではいなかった。
龍海は自衛隊で触れた九ミリ拳銃――SIG・P220をショルダーホルスターから抜き、
バン! バン!
尚も這いずるゴブリンの頭を慎重に撃ち抜いた。後頭部に二発撃ち込まれ、同時に動かぬ肉塊と化すゴブリン。
彼の殲滅を確信した龍海はフーっと一息ついて安堵した。が、
バン!
と、今度は九ミリ拳銃によく似た発砲音が後方で響いた。
――まだ残っていた? 洋子!
龍海は抜けかけた緊張感を取り戻して、急ぎ洋子の元へ向かった。
バスタブの所へ戻ると、彼女はローブをまとったまま半身を湯船に着けて、G19を構えた状態で固まっていた。
「洋子ちゃん! 大丈夫か!?」
龍海の声に一瞬ビクッと体を震わせて振り向く洋子。そして、
「あ、うん。大丈夫、よ」
と答えるも、返事はまるで棒読みに近かった。眼もちょっと虚ろだ。
どうしてかは大体想像はつく。
龍海は銃口を下げさせ、身を乗り出してバスタブの反対方向を覗き込んだ。
そこには蟀谷から血を流して絶命しているゴブリンの残骸が転がっていた。
――回り込まれていたか……
「い、いきなり後ろ、から……その子に、襲い掛かって、来て……思わ……ず……」
洋子は龍海に、言葉を詰まらせながらも意外に淡々と状況を説明してきた。
「そっか……お疲れ様、よくやってくれたね。おかげでこの娘も無傷で……ん?」
見ると、飛び込んで来た女は湯船の中で気を失っていた。
バスタブの収容は後回しにして、龍海は気絶した女を露営地に運び、テントの中に寝かせた。
頭からバスタブに突っ込んでしまった彼女は言うまでも無く、全身ずぶ濡れである。
当然、このまま寝かせて放っておく事は出来ないが、さりとて洋子の前で龍海が着替えさせる訳にも行かず逡巡していると、
「あたしが着替えさせるわ。女の子でも着られる服、出してくれない?」
洋子が志願してくれた。
洋子の心理状態も気になったが、とりあえず今はその言葉に甘えようと思い、中から出される服を受け取り、代わりの服をテント内に入れ込んだ。
「……何でジャージなの?」
中から洋子が呆れ声で聞いてきた。龍海が再現した服は青地に白線の典型的なジャージだった。
「ごめん、女向けの服なんて、ろくろく触ったこと無いし……」
「もう! これだからオタは!」
返す言葉もない龍海であった。取り敢えず、濡れた少女の衣服を脱水してテントのロープに引っ掛けて干し始める。
――思ったより堪えてないか?
ゴブリンを倒したあとに駆け付けた時の洋子の表情。
いくら異形の魔物であっても言葉の分かる、人の形と同じ五体を持つ相手を殺害したのだし、ショックがあってもおかしくはない。
しかし彼女は意外と普通に会話をしている。女の着替えも気丈に申し出て来たし。
と言うか、当の自分……5頭のゴブリンを殺害した龍海自身が殊の外、冷静な気分なのだ。
「終わったわ」
洋子がテントから出てきた。
「あ、お疲れさん。気分はどう?」
「どうって?」
「あ、いや……初めての実戦、だったからさぁ……ショックとか受けたかな? とか」
「ショック?」
洋子は一度龍海の顔を見ると、すぐ視線を落とした。
「うん、まあ……ショックだな……」
「……」
「あたしね、初めて生き物を銃で殺しちゃった……」
「そう、だろうな」
「ゴブリンが剣を振りかざしてあの子に襲い掛かってきて……あたしが何もしなければあの子は殺されるか連れていかれたはずで……だから撃たなきゃ……今、撃たないとって……」
「……」
「そう思うと同時……ううん、そう思う前に、あたし、もう引き金を引いていた。うん、撃った後に……撃たなきゃダメよね……ここ、撃つところよねって……今思えばそんな感じ……だった、かな? でもさ」
「でも?」
「あたし、平気なの……」
「……」
「ま、まるで平気って訳じゃ無いのよ? ゴブリンの死体とかグロいし、気持ち悪いし。でも、そう言う事したのあたしだし。なのに……ほら、ドラマとかであるじゃない? 人を殺したりした時の罪悪感とか? 良心の呵責って言うの? 取り返しのつかない事しちゃったぁ! って震えて苦しんでる……そういうのが無くて、さ」
「うん……うん」
「だから……あたしって、可笑しいのかなって……」
――そっちの方かあ……
確かに戦争映画など、戦火に身を置く事を拒んだり、敵に向かって引鉄が引けずに先任兵が射殺して助けられたり、殺してしまった敵兵の死体の前で錯乱するとか思い悩むとかは定番の演出である。
当然そういう人間も多いだろう。
だが果たしてそれはどんな人間でもそうなるのか?
龍海はそれに関しては懐疑的であった。
自衛隊で受けた訓練。そしてそれを反復し続けて、状況次第で考えるより早く身体がそれに合わせた最適の動きを示す。
それを実感していた龍海は、今日でもほぼほぼ躊躇なく引き金を引いた。
一匹で済まそうと思っていても、皆殺しにするのが最適解との状況が出来てしまった後は、それに合わせて体を動かした。いや、自然にそう動いた。そして洋子も……
図らずも今の龍海の心境は、洋子のそれに近かったのだ。