状況の人、勇者に指南する3
――気楽に言ってくれるなぁ……
玩具も含めて銃なんてシロモノとは、まるで縁の無い生活をしていた洋子としてはボヤキたくなるのは当然であろう。
しかし魔導軍と戦う云々はともかく、生き延びるためには覚えておく必要のある能力だ。
何より自分が望んだ事でもあるし、堪えて引鉄を引き続けた。
バアン! バアン! バアン!
龍海が渡した弾倉に装填されていた弾は10発。何とか頑張って撃ち尽くすと、残弾0を示す開いたままの排莢口からは煙が僅かに漂っていた。
「ほい、安全装置掛けて、弾倉抜いて」
「SAFEに合わせて……どう? 当たったかな?」
「ああ、一番上に一発当たって、一発は掠めたよ」
「ええ~、それだけぇ~? 10発撃って、たったの2発ぅ~?」
「この程度の訓練で当てたんだから上等だよ。自衛隊じゃ最初は25mで15cmくらいの的で体験したけど一発も当たらない奴だっていたしな」
「的も小さいのね」
「200m換算でちょうど人体と同じ大きさになるそうだ。その後は実際に200m先を狙って訓練したよ」
「200m!? 20mでも当たらないのに~。そんな事出来るの?」
「ふ~む、んじゃまあ……お、あの岩、分かるかな? 大体200m弱ってとこだけど」
洋子は射撃用保護メガネを上にずらし、龍海が指差した方向を渡された双眼鏡で覗いてみた。
ちょっと開けたところに幅1m、高さ1.2m程度の岩がぴょこんと立っている。
「え? あれ狙うの?」
200mも離れれば幅が1mあっても肉眼で見ると、まるで豆粒だ。
「見てなよ?」
そう言うと龍海は64式を取り出して寝撃ちの姿勢を取った。
ドバァン!
M4より野太い銃声に耐えながら洋子は標的の岩を見つめた。
すると着弾を示す土煙が見えた。
「当たった! 凄い!」
思わず龍海を見る洋子。
その龍海も双眼鏡で着弾点を確認しており、
「右にズレたな。んじゃ左に2クリックほど調整……」
と、なにやら照門部分を弄ったのち、再び構える。
ドバァン! ドバァン!
照門が調整された64式小銃から放たれた弾丸は、次々と岩の中心付近に着弾した。
「すごぉい。よく当てられるね?」
「固定目標に安定しやすい寝撃ちだからね。直径30~40cmくらいには纏まるさ」
「あんなに銃口が跳ね上がるのに何で当たるんだろ?」
「反動ってのは弾が銃身内を通過するところから始まってはいるけど、銃を蹴飛ばすような本格的な反動は弾が銃口から飛び出たあとから始まるんだ。だから最初の狙いさえしっかりしてれば空を撃つなんて事は無いよ。だから『受けとめるように』って言ったのさ」
「あたしに出来るのかなぁ?」
「焦る必要はないさ。それに接近戦なら散弾銃も有効度高いから、それを使うのも手だし」
「サンダン?」
龍海は「これさ」と言いながら収納から散弾銃のモスバーグM500を取り出した。
連発の散弾銃でよく見られるポンプアクション式のタイプである。
「弾薬の中に丸い球が直径に合わせて、大きいものなら数発、細かい球なら数百発入ってるんだ。弾が広がりながら飛んでいくから当たりやすい」
「いいじゃん、それ。なんでみんな散弾にしないの?」
「ある程度距離があると、途端に威力を無くしちゃうんだよ」
「ふ~ん、そうなんだ~。一長一短なのね」
「試しに撃ってみるかい? あの薪なら絶対当たるよ」
「ホント? うん、やってみる!」
当てられると聞いて、洋子は俄然興味が出てきた。龍海からM500を受け取り、M4と同じく構えてみる。M4より大きく重いのが洋子にもわかる。
「照門が無いの?」
「狙いは大体でいいんだよ。散らばるんだから」
なるほど、と思いながら洋子は薪に狙いを定めて引き金を引いた。
ドバァン!
「わ!」
M500の反動はM4に比べて重くて強いので、洋子はまたも悲鳴を漏らした。しかし、
「お見事!」
という龍海の言葉に薪の方を見ると、積まれていた薪は跡形も無く吹き飛んでいた。
「あ、当たった!? マジで!? やったぁ!」
吹っ飛んだ薪を見て大はしゃぎの洋子。まあ、この距離で余り細いチョーク(拡散範囲を制御する部品)を使わない散弾なら、よほど下手な狙い方・撃ち方をしなければ外すのは逆に難しい。
例えそうであっても、洋子に「当てる事が出来る」という自信を持ってもらうことが何より望ましい。
恐らく偶然ではあるだろうが洋子の今の一発は、着弾のパターンからして標的のど真ん中を撃ち抜いていた。
ゆえに龍海は洋子を拍手で称えた。
その後、基本的に午前は火器、午後は戦闘訓練&体力錬成と言った行程で一日の課業を予定立てて錬成の日々を重ねた。
課業中のみならず、食事中や寝る前の小銃の手入れ中にも「東方向、敵襲!」など適度に状況を入れて、即応訓練も行った。
二人は一所で留まって訓練をしているわけではなく、一応はアープの町を目指して前進はしている。
その場その場の地形・状況で様々な想定を設け、例えば土手などの目標物に敵兵がいると想定して、背を低くしての前進。
そこから迎撃されているという状況を差し込み、いきなり伏せて即座に寝撃ちの姿勢を取る――からの、速度重視の第一匍匐から低姿勢重視の第五匍匐までの流れでの接近訓練。最後に目標の制圧等々。
自衛隊で受けた訓練さながらに、龍海は洋子に基礎的な戦闘訓練を指導し続けた。
初心者の洋子には、あまり無理はかけず、さりとて甘やかさず、時折り肩で息をするくらいまでは攻めてみる。そんなこんなで日が暮れる。
さしあたっての問題点としては入浴だ。仕事(訓練)を終えた後に食事を済ませて風呂に入ってさっぱり……と言う日本での日常生活の様には行かず、再現で出したウォッシュシートで汗と汚れを拭きとる程度しか出来無い。
一日の終わりはお風呂で! それが習性と言っても良い位の日本人にはちょっとキツいモノもあるが、いつ何者かに襲撃されるか分からない荒野のど真ん中で、バスタブを出して露天風呂ってのもそうそうやれるものでもなく、今のところは堪えている状況。
近くに温泉でも沸いている所は無いものか? 日を追うごとに龍海も洋子もそんな事を思う様になった。