状況の人、勇者に指南する2
「ハァ! そうだなぁ。最初は冒険者にでもなって、日銭稼ぎながらそこそこ暮らすか? とか思ってたのに今や国家の未来を左右する計画に組み込まれてしまってるんだもんな。でも何故かな? 不思議と面倒だな~とか、おっかねぇ! とかは思ってないんだよなぁ」
「……」
「なんだろな? やっぱ女神さまにチート貰ってるせいかな。俺の取柄は自衛隊での訓練と海外での銃火器の体験だし、それを活かせる仕事としては悪くないとも思ってる。田舎でのんびりスローライフやるつもりは無かったし」
「迷惑じゃないの、ね?」
「正直なところさ、俺も驚いてんだ。世界観も分からないし、実感も全然湧かないとは言え、一国の宰相相手に交渉とかな。終わった後の方が脚、震えちゃったりしてよ」
「あ、あたしも。テンパってたって言っても、よく『謝れ!』なんて言えたなあって……」
「そうそう、そんな感じ」
龍海は笑って応えた。
「でもなぁ、何て言うか……妙な充実感もあったんだよなぁ。国の重鎮相手に『え? 俺、意外とやれるじゃん!』てな感じでさ。まあ、そんな風にこの案件を乗り越えられりゃ俺自身にも大きな前進になるからね。この先、ここで生きて行く自信も持てる。それに城でも言ったけど、負け戦になりそうならバックレればいいんだし、この国に居る事に拘る事も無いさ。選択肢はいろいろあるんだし、もっと気を楽にしてもいいと思うよ」
「そうなの……かな?」
「君が日本に戻れる事、それが最優先なのは変わらない。でも君さえ良ければ命を最優先に考える、この世界で気ままに生きるってのを目指しても良いワケでさ。今はいろんな可能性を信じて、お互いその時のための鍛錬を当面の目標にしようや」
「うん、そうだね」
「……食べなよ」
「うん!」
やがて食事も終わり、食後に洋子はジュース、龍海は続いてビールを飲みながらしばし談笑を続けた。
缶やペットボトルは取り敢えず収納庫内にゴミ箱を作って保管して良い処分方法が見つかった時点で処理することにした。ホント、アイテムボックスは重宝する。ステータス画面等と並んで定番スキルとされるわけである。
夜も更け、二人はそれぞれのテントに潜り込んで明日に備えて眠ることにした。
本来なら魔獣や野獣の襲撃に備えて交代で不寝番をするのが最適なのだが、龍海はオプションで選択出来るスキルから選んだ索敵+というスキルを起動していた。
最大半径50m以内のエリアに侵入してきた動物を感知するというスキルなのだが、+バージョンを選ぶと寝ている時でも起動出来る上、侵入を感知すると脳内でアラームが鳴って知らせてくれるという便利スキルだ。
索敵範囲や対象とする侵入してくる相手の大きさも調整できる優れもの。薬指の二関節分の支払いに見合った能力と言えよう。
これで不寝番を立てずに済むので、龍海も洋子と同じく、疲れた身体をしっかり休める事が出来る。
明日からは早速、洋子に対する銃器訓練を始めなければならない。
「よし、俺の目を狙って……そうそうそんな感じ。ん~、ちょい上、そこそこ。はい、ゆっくり引鉄引いて」
カチッ
「おっと力入れすぎ。ガク引きしてるよ~」
龍海は翌朝からさっそく洋子の訓練に入った。
「そりゃ力も入るわよ。さっきまで銃を扱う時は、撃つ寸前まで引鉄に指をかけるな、銃口を人に向けるなとか言っといて、いきなり目を狙えとかさあ」
膝撃ちの構えでM4カービンの装填ハンドルを引きながら洋子がぼやく。
正面にしゃがんでいる龍海の目を標的に、空撃ちでの訓練。龍海の位置から、狙っている洋子の目・照門・照星が適正に揃っているかを確認していたのだ。
訓練はまず、銃の取り扱い方、構え方、狙い方だ。
軍、民間問わず銃口を人に向けない、不用意に銃口を覗かない、撃つ寸前まで引鉄に指をかけない等々は共通の作法である。
強い破壊力を持つ武器はそれを行使する時、しない時のメリハリはとても重要だ。
服装も龍海同様に迷彩服を着用し、鉄鉢を被って保護眼鏡をかけ、心身ともに銃を扱う状況に切り替えるようにしている。
「まあな。そうやって普段は使わないことを心掛けながら、それでいて必要な時は躊躇なく相手に照準できる気持ちの切替えが要なんだ」
それが自然に出来るように成るには飽きるほどの反復練習が必要なのだが、残念ながら今はそれほど悠長には構えてはいられないのが残念なところ。 初歩的な訓練を多少は端折っても、洋子には実戦で生き延びる術を覚えてもらわないといけない。
今この瞬間にも、魔獣の襲撃を受けてもおかしくは無いのだから。
「よし、次は実弾での訓練に入るか」
銃を手渡したその日の内に実弾経験。
いささか拙速ではあるが今は時間が惜しい。洋子には出来るだけ早く武器の扱い方に慣れてもらう必要がある。
まずは銃声に馴染むために空砲での射撃体験を行う。
空砲が装填された弾倉を装着し空撃ち訓練同様に装填ハンドルを引く。
「空砲射撃は反動が無いから気を楽にな」
耳栓を着けて銃口を荒野に向ける。
姿勢が安定するのを見計らった後、龍海の発した「撃て!」の号令と同時に洋子は引鉄を引いた。
バァン! アン、ァン……
M4の銃声が荒野に鳴り響く。
「み、耳栓してても結構大きいのね……」
初めての銃声に目を丸くする洋子。
龍海に促され、ハンドルを引いて空薬莢を吐き出させ、次弾を装填する。
龍海はM4用の、空砲でも作動させるアダプターには触れた事が無いので再現する事が出来ない。なのでM4では空砲使用時は一発ごとに、手動で排莢・装填動作を行わなければならない。
バァン!
これを十数発続けて音に慣れ、撃発音にビビることなく引鉄が引けるようになったところで実包射撃に移る。
20mほど先に、昨夜使った薪の残りを井桁に積み上げて標的とし、それを狙わせた。
「銃床をしっかり肩に当てて。浮いてると反動で殴られる形になるからな」
一つ一つ注意点を教える龍海。重要な事柄ではあるが、あまり並べられると素人の洋子は余計に委縮しそうだった。
だが一発奮起し、極力冷静さを保ちながら引鉄に力を込める。
バアン!
「きゃ!」
激発と同時に、肩に突き刺さるような衝撃を受け、洋子は思わず小さい悲鳴を上げた。右側方で空薬莢が地面に落ちる「チーン」という音が僅かに聞こえる。
「OK、OK。じゃあ続いて撃ってみようか? 空砲と違ってそのまま引鉄引きゃいいからね?」
初めての実弾射撃に洋子の息は荒れた。小さくハァハァと口呼吸。
それでも頑張って2射目を撃つ。
バアン!
2発目は的のかなり手前に着弾した。
「ガク引きしてるね~。反動が怖いんだろうけど、抑えるより、受け止めるって感じでやってみて。引鉄も一気じゃなくて絞るように力を入れてごらん」